第6話 恋する少女VS影ある少女
(side 千代久奏)
「……皆さん、明日もまた大穴に潜るので今日はこの先にあるホテルに泊まります。配った冊子に自分の部屋番号が書かれているので各自そこに荷物を置くように。では、解散」
「……ふぅ」
ぞろぞろと死の大穴の入り口から人が離れていく。それを私は静かに見つめていた。
この死の大穴周辺は埋め立てられており、そこには探索者が長い時間過ごすためのホテルなどが建てられているのだ。
「奏。行こうぜ」
「うん」
私のそばに彼──関次菅十がやってきた。彼は私の幼馴染で、本来だったらここに来させないはずだった。なのに、私の反対を押し切って入ろうとしていたから慌てて私も彼の後を追う形でこの学校に入学した。
私が立てた計画に、ここに入学するなんてものはなかった。でも、他でもない彼がここにすると言ったのだ。
私には、それを止める手段はあった。でも、それを使って彼を困らせるようなことはしたくなかった。
「どうだった?今日の」
「どうだったって言われてもな……まぁ、普通にあの先生より速く動けそうだなとは思ったな。それ以外は特に」
「……そう」
確かに、大穴の中での彼だったら間違いなくあの先生よりも速く動けるだろう。だが、それがおかしいと言う事に彼は気づいていない。
彼にとっての当たり前とは、あのレベルなのだから。
鉄骨三本を片手で持つのは当たり前。
人よりも数倍速く動くのは当たり前。
二階建ての家の天井に一回で飛んで乗るのは当たり前。
そしてその当たり前のハードルは、死の大穴に入る事によって更に上に上がる。彼は、少し、いや、だいぶおかしいのだ。
それがスキルのせいだと分かれば納得できる部分はある。だが、果たして本当にスキルの効果が1000分の一にまで下げられていたのだとしたら。
おかしいのは彼のスキルか、それとも──
「ん?どうした?」
「別に?あなたの努力の方向性をもう少し勉強にシフトしてくれたらなって思っただけよ」
「それは、奏がしてくれるだろ?俺の分も」
「あなたの分私が勉強をしたって、それがあなたの成績には全く関係のないことに気づいていないのかしら」
「教えてくれるだろ?その分」
「まぁ、そうだけど」
「奏って、めっちゃ教えるのが上手いよな。俺が分かっていないところをすぐに見抜くんだから」
「それは……あなただからできることよ」
「そうなのか?」
「そうよ。あなたって単純だから」
「そっかぁ、単純かぁ……悪口やめてくんね?」
「悪口じゃないわ。れっきとした事実よ。それすらも分かってないのかしら?やっぱり、あなたの脳は大事な栄養素が全て抜けきっているのね」
「俺にだってな、少しくらい考える力ってものがあるんだぞ?逆に奏の体力の無さは、成長するために必要な栄養素が全て体から頭に行ってるんだな」
「それ、女子に対して禁句じゃないかしら?」
「俺はどこ、とは言ってないぜ?まぁ、馳寺さんと比べたら──「え?」──……あ、すみません」
「もう一回、言ってくれるかしら?」
「え、えっと……あ!俺は属道のとこ行ってくるから!んじゃ!」
「あ、ちょっ!?」
私が圧をかけつつ近づけば、彼は慌ててあっという間に私の目の前からいなくなり、どこかへ行ってしまった。
圧をかけたせいではあるのだが、もうちょっと一緒にいたかった。
「……もう」
「あはは、どんまい!奏!」
「……何がよ」
すると結構前から後ろに立って気配を消していた馳寺さんが声をかけてきた。
「私は知ってるんだからね!奏の、関次くんに対する、それはそれは大きなな愛情を!」
「……」
「今日同じ部屋だから、色々教えてもらおっかなぁ〜!」
「……戻るわよ」
「あはっ!可愛い!」
私はなんだか恥ずかしくなって馳寺さんから逃げようと早歩きでその場を後にしようとする。
そんな私の後ろを馳寺さんがついてきているが、間違いなくニヤニヤしているだろう。彼女の好物は他人の恋愛事情。特に、私たちみたいなのは彼女の格好の餌に違いない。
ちゃんと私の、彼に対する気持ちは隠しているはずなんだけど……こう言う人種にはすぐにバレてしまう。
でも、逆に言えば、彼女みたいな人はこちら側に引き込むことができる。
要は協力者に仕立て上げることができる、と言うことだ。
──あぁ、そう言えば、大穴にあれがあったわね。
「……ん?」
私の纏う空気が変わったのを察したのか、馳寺さんは私の方を怪訝な顔で見ていた。彼女はこのように、一瞬でも空気が変わればすぐに察することができる人でもある。
昔に何かないと、こうやっていらない気配りができる人になることはまずない。
好都合だ。
「ねぇ、馳寺さん──いいえ、今から明里さんと呼ばせてもらうけど」
「……何?」
1000分の一にまで下がってはいるけど、それでもスキルはスキルだ。それをフル活用して、彼女の一挙手一投足から彼女が今何を思っているのか判断する。
「ちょっと、協力してほしいことがあるの」
「……それって、いい事?悪い事?」
「うーん……そうね、人によってはいい事かもしれないし、悪い事かもしれない。でも、そんなのどうでもいいでしょ?」
「──あはっ!確かにそうだね!どうせあれでしょ?彼を籠絡するのを手伝ってとか、そう言った事でしょ?」
「そうね。だから──」
──彼に気がありそうな女子を、潰す手伝いをして欲しいの。
そう私が言った瞬間、いつものように明里さんは笑ったが、その笑みはどこか影があるような、そんなおどろおどろしさがあった。
それは私の好きな、笑顔だった。
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