第45話

 追撃していた地上の部隊が撤退する帝国軍に追いつく少し前の時、空では先に見つけていたマルティナスが苦い顔をして帝国軍を見ていた。

 空にいるこちらに向かって撃ち放たれた斬撃。その正体は帝国の切り札でもある将軍ベイオ・グランツが切り立った崖の上で竜騎兵たちを睨みつけていた。


「…………」


 その場にいるのはこの男ただ一人。しかし、この場にいる者全てがこの男の実力を知っている故に下手に動くことはできない。

 鋭い眼光を向けられただけで空という広い空間を支配していた竜騎兵たちは金縛りにあったような気分であった。

 ズン、と先ほど斬撃を放った大剣の先をベイオは地面へと突き刺す。

 以前としてこちらに警告するような目を向けているが、その視線は明らかにただ一人の人物に向けられていることを、彼女の近くにいた騎士たちも察していた。


「一発、アレを撃っただけで何もしてこない……? 一体何を考えて……」

「……ちょっと彼の所に降りてくる。グローリー、お願い」

「えっ!? だ、団長!? 待ってください! 団長!!」


 いつ次の攻撃がくるか分からない張り詰めた空気の中、突然マルティナスは彼のところまでゆっくりと降りていく。

 他の騎士たちの静止は彼女の耳に入らなかったが、マルティナスは彼が無防備に近づこうとするこちらを攻撃する気はないと、なんとなく感じていたのだ。

 それは戦場という場で何度も互いの刃を交わし合い、そして生き残ってきた両者の間に生まれた不思議な感覚。その直感にマルティナスは賭けたのだ。


「久しぶりだな。マルティナス」


 グローリーが地上に降り立ち、静かな着地音と共にベイオは騎乗しているマルティナスに声を掛ける。

 簡素な挨拶の言葉も、その低い声質も相も変わらずといった様子であり、そして読み通り、今のところベイオは戦う時に起こすを一切出していなかった。


「久しぶりねベイオ。ガルダ平原では貴方がいなかったから、今回の戦いはてっきり参戦してないかと思ってた」


 空ではマルティナスの行動にハラハラしている竜騎兵たちが落ち着かない様子であり、マルティナスとグローリーも念のために伏兵がいないかを横目で警戒を怠らなかった。


「ああ、前にお前と会った時は休戦条約の時だったか……。お互いにとって実に珍しい、戦場以外だったな」

「そうね……。またこうして対峙するなんて、正直嫌だったけど……」

「そういう因果なのだろう。仕方あるまい」


 大剣から手を放し、腕を組みながら他愛のない会話をする二人。

 だがその時ですらマルティナスが乗っているグローリーは鋭い視線でベイオの動きを最大限に警戒をしている。

 いくら得物を手から放しているとはいえ、相手は帝国最強の将軍であり、その実力はグローリーも知っている。

 ドラゴンという生物の中でも最上位に位置する存在に睨まれれば、大抵のものは畏怖し、慄くものであるがベイオはそのことに全く動じずにいた。


「一つだけ……、貴方に聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ? 答えられるものであるなら、答えてやろう」

「……さっきも言ったけど……貴方、なんでガルダ平原の戦いの時に姿を現さなかったの? いや、正直な所、今も出てきてほしくないんだけど……」

「…………」

「こう言っちゃ何だけど、もし貴方が出てくれば帝国側にあれだけの損害は出なかったはず。そもそも休戦条約を破ったとかいう帝国そっちの身勝手な主張で起こってるんだったら猶更でしょ。この帝国の意図なの? それとも貴方の、意志なの?」


 マルティナスの言葉を聞いてベイオの表情が僅かに動く。

 腕の組んでいた手に力が入っているのが遠目で見ていたマルティナスも気が付くほどであった。

 二人は両陣営にとって個人としての最高戦力という存在故に何度も戦い合っている。

 両者が交わした言葉よりも刃の方が数が多いという間柄であり、背中には国と信念が重く伸し掛かっていた。

 戦場の中で似た境遇にあったマルティナスとベイオの間には奇妙な信頼関係が生まれていたのだ。


(だからこそ、前の戦いで出てこなかったのが分からない……。貴方は一体、何を考えてるの……?)


 もし、あの時にベイオは現れていたら結果はどうなるかは分からなかったし、あそこまでの惨敗にはならなかった。

 戦局の行方を決める大事な一戦。自分も現れるということは彼も知っていたはずだ。

 彼の口から、これも作戦の内と言われればそれで引き下がるしかないが、もしそれ以外の理由があったとすればマルティナスはそのことを知りたかったのだ。


「…………」


 ベイオはマルティナスの問いを聞くと、相手が目の前にいる状態であったがゆっくりと両目を瞑る。

 暗闇の中、その奥から沸き起こっている"滾る炎"を抑えながらベイオはある事を思い返していた。



 ────


 記憶の中、思い出される場面は場面は前回の戦い、ガルダ平原に移り変わる。

 ベイオは戦いには参加しなかったが、その身はたしかにそこにはいたのだった。

 だがその場所はガルダ平原を遠くから見渡される場所であり、ベイオは静かに戦況を見守っていただけであった。


「いやぁ、凄まじい性能だねぇ! さすがはボクがね、造った魔導アーマー!」


 ベイオの横では同じように戦況をオルトランがはしゃぎながら見ている。

 自分が製作した魔導アーマーを装備させた兵士たちが練度の高い連盟軍と互角以上の戦いを繰り広げていることに興奮している様子は流石のベイオも苛立ちを隠せないでいた。


「さっきからうるさいぞ。もう少し静かにしたらどうだ?」

「何言っているんですか。これを見て静かにできるわけないじゃない。やっとボクの成果が表に出られたんだから!」


 横目で見る彼の顔は、その模様がグニャグニャと変わっている。

 その様子は喜びを表しているのだろうか。あまりにも模様の変化が不規則に変わっているためにそれだけではそうは見えないが、彼の身振りと声色で嬉しさによる興奮というのが嫌でもわかってしまう。


「誰もがボクの造ったモノを疑いの目で見ていたからね。こうして実戦でお披露目できればくだらない考えをしていた奴らは改めると想像するとゾクゾクするね! ……最も、陛下だけはボクを信用してくれたけど」

「だがお前が造った自慢のアーマーも、もう限界に近いようだぞ」

「……ぇゆ?」


 顎を動かしてオルトランの視線を誘導すると、その空には竜騎兵団の姿が見えている。

 いくら地上で強くとも竜騎兵団による空からの制圧攻撃の前では意味を成さない。

 目の前で繰り広げられる戦いは次第に帝国軍が不利な状況になってきていた。


「例え魔導アーマーが凄まじい性能の持つ鎧であったとしても、空を支配する奴らをどうにかしなければ勝ち目はない。そしてこの作戦にはそれがない。この戦いは負け戦みたいなものというのはお前も分かっていたはずだ」

「そりゃあ、その作戦を提案したのはボクですし」

「なっ! 貴様……! ならば何故、俺を出さない! 今も我が兵たちが死んでいるんだぞ!」

「それはこちらの考えがあって……」

「──ッチ! もういい! 貴様はそこではしゃいでろ!」

「……何処に行くんですかい? ベイオ将軍殿……」

「決まっている。俺の兵団を連れていく。俺が介入すれば今からでも遅くはない……!」

「おい、勝手に動くんじゃねぇよ」


 オルトランから背を向け、今からでも戦場に出ようとするベイオを泥のような粘つく、低い声が彼を静止させる。

 顔だけを振り返るとそこには、先ほどまではしゃいでいた顔模様はなくなり、怒りと警告を表すような模様に変化して見つめているオルトランの姿であった。


「なんだ貴様、お前如きが俺に何かを言える権利があるというのか? この場で刃の錆にしてもいいんだぞ?」

「おお~、怖い怖い。帝国最強の将軍様は血の気が多いことで。確かにボクの作戦だけだったらそういうことも出来そうだけど、これって皇帝陛下の"お墨付き"なんだよねぇ……」

「……なんだと?」

「この作戦の目的はボクの魔導アーマーの性能テストの最終段階でもあるんだ。アレは改良の余地はまだまだあるからねぇ。 今後の戦いのためにあそこにいるのは実験みたいなモンさ。そこにベイオ将軍、貴方ほどの実力がある者が介入しちゃあ純粋な結果にならないんだよ」

「貴様……!! あそこにいる兵たち全員が、お前の犠牲になれってことなのか!? お前の、そんな都合で!!」


 怒りのあまりにベイオはオルトランの胸ぐらを片腕で掴み上げて睨みつける。

 だがそんな状態でも苦しそうな様子は一切なく、へらへらとした態度でオルトランは

 上からベイオを見下すように顔を向けた。


「いいじゃないか別に。あそこに君の部下は一人としていない。君たちにとって全く痛みなどないはずなのにどうしてそんなに怒る?」

「そういう問題ではない! 貴様、イカれてるのか?」

「ベイオ将軍……もっと先を見ましょうよ。さっきも言ったけど魔導アーマーはまだまだ進化する。膨大な暇があれば少しずつだが性能は上がるが、今は戦争中ですよ? そんな悠長なこと出来るはずがないのは分かっているはずさ。急激な成長には痛みは伴う。これはっていうもんですよ。陛下もコレに同意してくれました。……ご理解できたのであれば、いい加減、この手を放してくれませんか? ベイオ将軍?」

「ぐっ……」


 いい加減な存在であるオルトランの口から陛下の言葉が出ればベイオもそれに従うしかない。

 胸ぐらを掴んだ手を下すとオルトランはやれやれと言った様子で着ているローブを手ではたきながら再び戦場の方に目をやる。

 すでに戦場は竜騎兵による活躍で戦況は傾いており、撤退を開始するのも時間の問題だろう。

 そんな様子をまじまじと見ているオルトランの背中を見てベイオは疑問を思う。

 なぜ皇帝陛下はオルトランの言葉に耳を傾けるのか。

 なぜそこまで彼を贔屓にするのか。

 そして始まったこの戦争に意味はあるのだろうか、と。

 だが全ては皇帝陛下の為という言葉で疑いの心に楔を刺す。

 そうでもしないと先の光景に映る兵たちがやられていく様子を背かないで見ていることが出来なかった。

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