第46話
『今回の戦いでまだまだ改良の余地があることを十分に知れました。ボロボロとはいえ、この魔導アーマーが持ち帰れば更なる強化が期待できる。ベイオ将軍、この成果は必ず持ち帰りたい。だからお願いしますよ?』
ここに来る前に言われたオルトランの不愉快な言葉を思い出しながらベイオはゆっくりと瞼を開いていく。
時間にして僅かであったが、そんな彼の答えを静かに待っているマルティナスが見るとその問いに答えていった。
「マルティナス……、お前とは幾度も刃を交わしてきた。それも言葉などいらなくなるほど、数多くな……」
「…………」
「俺の答え、それは全て帝国の為だ。この戦争で勝てば連盟国を屈服させれば帝国はこの大陸を統べることになる。あの時、多大な被害を生み出したが、それも長年かけたこの願いの成就の為ならば帝国にとって些細なことなのだろう。だがこれ以上はやらせん」
地面に突き刺した大剣の柄を握りしめ、勢いよく引き抜くとその刃先をマルティナスに向ける。
ベイオの気が明らかに変わったのは言うまでもない。
空で様子を伺っている竜騎兵たちもその気迫に思わず怖気づくほどであった。
「お前も、俺と同じように国を背負った立場であろう! ならばこの信念を言葉にする必要はないはずだ。まだ語りたければ、戦いに身を置け!」
「……っ! 不器用な人!」
「……よく言われる」
突き出した翡翠色の大剣の柄を両手でしっかりと握りこみ、自身の顔に刃を近づけるとベイオは強く叫んだ。
「
細かく砕かれたそれらはベイオの全身を包み込み、欠片一つ一つが彼の着ていた鎧に付着していき、やがて光は徐々に収まっていく。
その姿はオリーブ色と深緑色を基調とした装甲に身を包まれており、その装甲はベイオの体に絶妙にフィットした感じに仕上がっており、僅かに全身が大きくなっている。
この世界でよく見る騎士鎧とは違い、無駄な部分が削ぎ落されたかのような鮮麗された機械的なデザインは初見の者であればその異質さに度肝を抜かれるほどだ。
刃を失くした柄からは、再び翡翠色の光が伸びてくると硬質化し再び大剣としての存在を現した。
光沢のある翡翠色の大剣を慣らすように軽々と振り回すベイオ・グランツ。
帝国最強の将軍の前にマルティナスは息を飲み、震えそうな体を強く抑えていたのだった。
────
「行くぞ! マルティナス!」
大剣を握りしめ、構えに入ったベイオを見て咄嗟にグローリーから魔力を流してもらうと自分の目の前に白い魔法陣を展開させると同時にベイオは大剣を力強く振り下ろした。
「でえぇぇいっ!!!」
地面へと叩きつけられた大剣の先から衝撃刃と共に青い刃がマルティナスに向かって
その勢いは一撃目を放った先ほどとは全く別物であり、地面を抉りながら突き進むその衝撃に対してマルティナスは展開させた白い魔法陣を宙に浮かべると、その外側から自分たちを包み込むように光を発現させていった。
「
マルティナスの声と共に白い魔法陣から発せられた光は彼女たちを守るように白い壁が縦方向に伸びていく。
グローリーの聖なる力で発現させたこの防壁はあらゆる攻撃を受け流すことができ、何よりも魔力を込めた攻撃に対してめっぽう強い。
しかし──。
「──っ!!」
ベイオの放った斬撃は
「……惜しいな」
そこには間一髪のところで空中へと逃げ延びたマルティナスの姿があった。
「空の方で何か起こったかと思ったら出てきたのか……、ベイオ・グランツ……」
先行していたベリルが後方の只ならぬ雰囲気を感じ、様子を見に戻ってくる。
周囲にいる竜騎兵たち全員が地上にいるただ一人の男に釘付けになっており、そのプレッシャーだけでベリルは冷や汗をかくほどであった。
「……やっぱり、あいつのあの姿……似てるよな……?」
「せ、先輩? 急にどうしました?」
緊張が解けたのか二人の様子を見ていた竜騎兵がベリルに向かってぽつりと漏らす。
「ベイオのあの姿、今帝国が装備しているあの鎧だよ。魔導アーマーって呼ばれてるヤツ」
「そういわれれば確かにそんな面影が……。もしかして帝国ってアレを作り上げようとしてるってことですか!? でもあの鎧って確か
「そうだ……。アレは外から来たこの世の原理から外れている未知なる存在。でも……、やっぱり俺にはアレを複製しようとしてるって、そう考えちまう……」
「……っ!」
遥か昔に空にあるグレーターフォールが開き、そこから落ちてきたと言われる外の異物、
ベイオの扱う
柄から伸びている翡翠の刃はアルゴライトと呼ばれ、現在この世には存在していない鉱物で形成されている。
アルゴライトは特殊な魔力を帯びており通常の魔力は青を基調としているが、アルゴライトから放たれる色は明るい緑色になっている。
不思議なのはこの大剣には意思が宿っているのかグランツ家のみがこの大剣を扱え、
「あの刃に触れたらかなりヤバい! お前も巻き込まれる前にもっと距離を取れ!!」
「りょ、了解!!」
ベリルは他の竜騎兵と共にマルティナスから距離を取り始める。
地上の部隊に追撃を行うことも考えたが、もし地上にいるベイオから目を逸らしたら斬り捨てられてしまう。それほどの威圧が彼にはあった。
「間一髪、上に避けたか……。だが、逃がさん!!」
空に逃れたマルティナスを見上げつつベイオは両足に力を籠める。
踵の部分から青い光が集まっていき、ベイオはそのまま蹴るように高くジャンプしていく。
ジャンプしたベイオはそのまま落下することなく、踵にある青い光を集めて固めたのを足場にして再び昇っていく。
軽快にジャンプしていくベイオは瞬く間に空にいたマルティナスたちと同じ位置までに辿り着いた。
「空中にある魔気を集めて足場にするなんて、いつ見ても掟破りよね」
「空を常に支配している
「たしかに、そうかもね!」
マルティナスはすでに両手からいくつもの白い魔法陣を生み出し、そこから白い矢を生成するとベイオに向かって放っていく。
「甘いぞ! このグランツェの力を忘れたのか!」
ベイオは降り注がれる白い矢を翡翠の刃の腹で受け止めると、白い矢が接触したと同時に粒子となって四散し、大剣に吸収されていく。
白い矢を吸収するたびに刃が輝きを放ち、十分なエネルギーを蓄えるのを見て今度はベイオの番であった。
「貴様の力を我が力にして返してやろう!」
ベイオが握る両手に呼応するかのようにバチバチと電撃が大剣を纏い始め、それを目の前に叩きつける。
大剣に込められたエネルギーが刃先から振り落とされ、ベイオの目の前で緑色の球体が現れたと同時にベイオはそれに向かってすでに大剣を横薙ぎに振っていた。
「──掛けろ! 【魔閃撃】!!」
大剣に弾き飛ばされた緑色の球体は周囲の魔気を取り込みながらマルティナスの方に向かっていく。
初めは小さな球体であったが、マルティナスとの距離が半分までに迫るとその大きさはドラゴンであるグローリーの胴体ほどに肥大化していった。
「嫌ほど知ってるよ。グランツェの魔力を吸収する能力。……まるであの子みたいのをね。それでも、そんな相手に戦い方はある……! グローリー!!」
「──グオオオッ!!」
咆哮と共にグローリーは口から白い業火を思い切り吐き出す。
ましてやこの場所は魔気が淀み集まったキャリオン山脈。
大量の魔気を利用し、かつドラゴンの持つ膨大な魔力はベイオの放った【魔閃撃】をあっという間に包み込んでいった。
「やった! このままあの炎で後ろにいるアイツにも──」
「──……。……ッッ!!」
白い業火が眼前で広がる中、ゆらりと蠢く黒い影。
吐き続けるグローリーが感じ取ったそれはベイオが放ったあの攻撃ではない。
この影は
「いつも通り近づけさせねば脅威ではないと、思っていたのか?」
「なっ──!!」
「貴様ら相手に! この身を焼かぬ覚悟が無ければ、勝利などあり得ぬ!!」
グローリーの白い業火の中を初めに放った【魔閃撃】を盾にして突っ込んできたのか、灼熱の中からベイオは飛び出してくる。
その両手はすでに大剣を振り下ろそうと構えに入っており、意表を突かれたグローリーは身動きができない。
今動けるのはマルティナスのみ。すぐさま白い大槍を生成してその迎撃に備えた。
(どっちだ……!?)
振りかかろうとしているベイオの刃は下にいるグローリーの首か、それとも前にいるマルティナスのどちらかに向けられている。
ベイオの動きは直線的であったが、この後の動きが読めない。
時間がゆっくりと進むような感覚、だが選択の時は確実に迫ってきていた。
「ぐっ!!」
マルティナスは自身の直感を信じ、手に持った大槍の刃をベイオに向ける。
直後、ベイオもまたマルティナスを狙っていたようであり、お互いの刃がぶつかり、弾け、そして鍔迫り合いの状態になった。
「ぐうう……!」
「やるな! だがっ!!」
「──ッ!!」
翡翠の刃に触れている大槍の刃がパキパキと音を鳴らしながら緑色の結晶になっていき、その勢いは大槍全体に広がる勢いであった。
魔装剣グランツェの最も恐ろしい力。それは魔力を帯びた物はこの刃によって緑色の結晶となって浸食されることであった。
(流石にコレはヤバい……!!!)
「グオオオッッ!」
結晶化の影響で力負けしそうになったマルティナスを下にいたグローリーが思い切り頭を振り回してベイオを彼女から突き放す。
それを見たマルティナスは吹き飛ばされたベイオにすぐさま浸食されかけた白い大槍を思い切り投擲した。
そんなベイオはまるで空中を引っ掻くように片手と両足でふんばるように体勢を立て直し、投げ飛ばされた白い大槍を大剣を振るって粉々にする。
それら全ては細かい粒子となると、ベイオの鎧に吸収されていきその鎧も輝きを増していった。
「大丈夫!? グローリー!」
「グオ……」
「そう……よかった。でも、やっぱりあの大剣は厄介ね。魔力があれば何でもかんでも結晶にして自分のものにしちゃうんだから。……でも──」
「……?」
マルティナスは視線を自身の手に向けて先ほどの感触を思い出す。
ベイオの刃と交わしたあの感触。そこには彼に迷いがあったのを確かに感じた。
思い返せばあの一振りは一瞬、僅かに遅れたように見える。
選択を間違えればどちらかが斬られていたあの場面。この状況で帝国最強の将軍がそんな手を抜くと思うか?
(やっぱり、言葉に出来ない何かがあるのね……!)
「グローリー、もう一回だけ今の接近戦、できない?」
「……!!」
「分かってる。十分危険だって。普段なら絶対しないわ。でも、この戦いにはそれぐらいやる価値はあるってことよ……!」
マルティナスの言葉を聞いてグローリーは静かに頷く。
直後、白い翼が大きく羽ばたくと瞬く間にベイオに向かっていった。
「は、速い!!」
「……──ッ!!!」
それは周囲で戦いの行方を見ていた竜騎兵たちが警戒を解いてしまうほど息を呑むほどであった。
がむしゃらのようにベイオに襲い掛かる竜爪。勢いに任せたこの攻撃は触れれば魔装ごと抉り取るほどであり、その気合に圧倒されたベイオは避けられるものは大剣で防ぐ以外に方法はなかった。
「グオオオオッッ!!」
「ぬううっ!!?」
大剣でグローリーの攻撃を防いだと思った矢先、そのまま力いっぱい振り下ろすとベイオを地上に向かって叩き落とされていく。
魔装の背中から魔気をかき集めて固めていき、それによってなんとか落下の速度を緩和していく中で上からはグローリーの白い火球の追撃が放たれていく。
「ちぃっ!」
落ち着く暇もない怒涛の攻撃にベイオは大剣を大きく振るって白い火球を斬り払うしか出来ずにいた。その白い火球の背後に迫る一人の影に気づくことなく……。
「おおおおおっっ!!」
「なっ!?」
火球を振り払った、その奥から白い大槍を握りしめたマルティナスが落下していくベイオに刃を突き立てているのが見えた。
「さっきのお返しよ!!」
「ぐっ……!!」
ベイオは大剣で強引にそれを振り払い、弾かれた白い大槍はマルティナスの手から離れる。
地上に墜落する前にベイオはなんとか落下の勢いを止め、マルティナスはグローリーが拾い上げて難を逃れていった。
隙を見せればどちらかが敗れるギリギリの戦い。
空の上で再び対峙した二人であったが互いは息を切らしての満身創痍の状態。
だが両者の瞳には眼前の敵しか映っていなかった。
「……いつもこうだな。お前と戦うとこうもなるのは……」
「……そうね。でもグローリーはまだまだやる気よ?」
「主人のお前が危険な状態になれば、そのドラゴンがどれだけ元気でも下がらざる負えまい」
「……今回はいやにお喋りね。ベイオ」
「そういう時も、ある」
ベイオは大剣を構え直し、大剣を強く握りしめると翡翠色の刃とその鎧が強く輝き始める。それを見てマルティナスも警戒を強くし、身構えた。
「お前たちを足止めしたおかげで地上で撤退している兵たちの時間は十分に稼げた。そろそろ終わらせてもらうぞ」
「それはこっちの台詞よ」
(結局、貴方の迷いが何なのかわからなかった。でも確かに何かがあるのは分かる。ベイオ、もしかしてそれはこれから分かるっていうの……?)
ベイオの全力の攻撃が来ることを予感したマルティナスもグローリーから魔力の供給を受け、静かに目を瞑る。
その状態で大槍を両手で天へと突き上げると、彼女たちの頭上から巨大な白い魔法陣が発現し、そのまま全身を包み込んでいく。
それは白いベールのようなものであり、全身に白い魔術文字が刻まれた姿になったマルティナスは大槍を構えた。
「来たな……!!」
この一撃に掛けるようなマルティナスを見てベイオも魔装の出力を限界まで引き上げると翡翠色の大剣を横向きに構えた。
「勝負……!!」
魔装の各部からアルゴライト露出し、それらから緑色の粒子を放ちながら一気に駆けていく。
緑の輝きを更に強める大剣を握りしめ特攻していくベイオに対し、マルティナスは静かに白い大槍を前に掲げる。
刃の先端から白い魔法陣が幾重にも生まれ、それらが重なっていく。
迎撃の形になったマルティナスをこの場を見ていた誰もがそこに注目していた。
──バギャアァァァンッッ!!
「えっ……?」
「なっ……!?」
あともう少しで相手の懐に踏み込む。その瞬間、ガラスの音が割れたような高い音と共に横から赤黒い一閃がグローリーを貫いていったのだった。
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