第43話

 キャリオン山脈の空に一筋の光が舞い上がると眩い光を放つのを追撃部隊にいるリリーたちが見上げる。

 その光の狼煙は帝国軍を発見したという合図であり周囲にいる追撃隊の進行も加速していった。


「あれって……お姉さま?」


 空を見上げながら進行していくリリーはその上空でグローリーとマルティナスが後ろにいる竜騎兵たちを引き連れて羽ばたいて向かっているのが見える。

 曇天の空の中で白い輝きを放つグローリーは地上から見ても目立っており、そのまま敵の方へ向かう様は閃光のようであった。

 リリーたちは進み続けると狭い山道から少しずつ景色が変わっていき、やがて切り立った渓谷へと景観が変わっていった。


「だいぶ近づいたと思ったけどまだ遠い感じだな。やっぱり帝国の奴ら、自分たちしか知らない道を使ってたっぽいか?」

「でしょうね。でも最後尾に辿り着けば余力のないあいつらをそのまま一気に先の叩ける」

「奥の方で、なんかすごく光ってます!」


 リリーが進行する先、空の部分を指で示し、それをピークコッドたちが目で追うとそこにはすでに竜騎兵たちが戦っている光景が見えており、その中にベリルとアイリスの姿も見えた。


「みんながいるってことはもうすぐ追いつくってことね。アンタたち気を引き締めなさいよ」


 ヴィヴィの言葉にリリーたちは緊張で唾を音を鳴らして飲み込む。

 渓谷の下を力強く走っていくリザードバックに揺られながら、空ではドラゴンに乗った竜騎兵たちが上空から攻撃を開始している。

 そんな中、空に一筋の翡翠の色をした光が立ち上る。

 その光はリリーたちがいる場所よりもさらに先の方からであり、その光を見たヴィヴィが一瞬だけ顔を強張らせた。


「なんだあの光!? 見たことない色だったぞ!?」

「あの輝く緑色……。だとしたらがここにいるってことね……」

「いるって、何が……?」

「ベイオ・グランツよ」

「……っ!」


 ヴィヴィから発せられた名前を聞いたピークコッドは思わず顔が恐怖で引きつった。


「あの……。そのベイオ、っていう人ってどんな人なんですか?」

「ああ、リリーは知らなくても仕方ないわね。ベイオ・グランツ。帝国最強の将軍であり最も警戒しなければならない存在。帝国側の切り札……ていう表現のほうがわかりやすいかしら」

「切り札……」

「ああ、噂じゃそいつ一人で戦況をひっくり返すらしいし、そいつに対抗できるのは現状マルティナスだけっていうのも聞いた。こっちに竜騎兵団がなければ戦争にすらならないほどの戦力とかそういうのばっかだった」

「多分、アンタが聞いた噂のほとんどは大体当たっていると思っていいわ」

「じゃあやっぱりそいつの力も……」

「団長とは今のところ互角……ってところね」

「マジかよ……」

「……っ。お姉さま……」


 ヴィヴィからベイオのことを聞いてリリーの顔は青ざめ心が不安でいっぱいになる。

 そんな不安を増長させるかの如く、遠い空から二色の光がぶつかり合っているのが見えた。

 それらは輝きを放ちながら白と翡翠の色が曇天の空の中で混ざり、弾けあっていた。


「始まったようね」

「っていうかなんだよアレ!? あいつ空飛んでねぇか? ドラゴンもいないのにどうやって……」

「ベイオの持つ魔装の能力よ」

「魔装? なんだそれ、魔導アーマーとは違うのか?」

「似ているけどあんなものとは比べ物にならない。というか魔導アーマーが魔装の贋作みたいなもんよ。空を制してきた竜騎兵団を真正面から立ち向かえるほど強力な鎧よ」

「一人で大勢と戦うってことか!?」

「そうよ。単騎の戦力がとんでもないせいで、下手に人数で対応しようとするとかえって被害のほうが大きいこともあったわ。だからアイツが出てきた場合、マルティナス一人で対処することになってる」

「まじかよ……。人間じゃねぇなそれ……」

「そんなに暗くならなくても大丈夫よ。こっちには団長がいるんだから。アタシたちがそいつの相手をするわけじゃない。だからアタシたちは団長が頑張ってくれてる間にアタシたちの出来ることをするだけよ。わかった?」


 ヴィヴィの言葉を聞いたリリーたちは静かに頷く。

 灰色の空で輝きながらぶつかり合う二つの色。

 その光景を見たリリーは心の中でゆっくりとざわめきが沸き上がっていったのだった。


 ―― 


 心の中で不快なざわめきが沸き起こり、体が落ち着かなくなっていく。

 自分を抱いていたラティムもそれに気が付いたのか心配そうな表情でリリーの顔を覗き込んだ。


「……!」

「だ、大丈夫だよラティム……。ちょっと変なだけだから……」

「…………」


 戦場が近くなっていくことの緊張感なのか、先に進むにつれて少しずつざわめきが大きくなっていき、リリーは思わず辺りをキョロキョロと見渡す。

 自分たちが進んでいる道は両側が崖になっており、一本の道になっている。

 山道とは違い、進みやすいこの道はリザードバックの足も自然と速くなっていた。


「見つけたわよ!」


 やがてヴィヴィの声が聞こえると、近くにいた追撃隊の一人が角笛で大きな音を響かせる。

 それは撤退している帝国軍に追いついたという合図であり、別の方向を探していた後ろの部隊に対しての合図であった。


「あれってしんがりってやつか?」

「それだけあっちは必死ってことよ」


 目の前にいる帝国軍は幅広い渓谷の下で隊列を組んで待ち構えているのが見える。

 数は少ないが迫りくるこちらに対して魔導ガンで狙いを定めていた。


「おい! あいつら狙ってる感じだよな!? これ、このまま突っ込んでいるけど大丈夫なのか!?」

「大丈夫……じゃないわね。どう考えても」

「は? じゃあどーすんだ!?」

「どーするって……こういうときはね……」


 こちらを待ち構えている光景を見てパニックになるピークコッドだったがヴィヴィは不思議と落ち着いており、そのままポケットで待機しているボボンを風の魔法陣を使ってふわりと浮かばせると、そのまま帝国軍の方に向かって投げ飛ばした。


「こーすんのよ!」


 ヴィヴィが放った風の魔術によってボボンの体は放物線を描くように投擲され、それを見た帝国軍は思わず投げ飛ばされたボボンに注目してしまった。


「なんだあれは!?」

「撃てー! 撃ち落とせー!」

「ボボン! アンタの力を見せてあげなさい!」

「……ッ!!」


 寡黙なドラゴンであるボボンが本体化を開始し、その体が一気に巨体に変化していく。

 放たれる魔導ガンの弾はボボンの体に雨の如く降り注がれるが、ボボンは何事もなかったように本体化を終えると四つん這いになって着地した。


「グルル……」


 ズシンと重い音を立てながら本体化を終えたボボンは前方の帝国軍を睨みつける。

 そのまま前脚を力強く踏みつけると、ボボンの体が薄い光が浮かび上がると、それがボボンを中心として左右に広がっていった。


「ドラゴン!? こっちにもいたのかよ!」

「とにかく撃て! 時間を稼ぐんだ!」


 再び攻撃を開始した帝国軍の攻撃は前にいるボボンと背後から迫る追撃隊に向けて魔導ガンの弾が撃ち込まれていく。

 だがその攻撃はボボンが展開する光によって遮られていき、リリーたちはその手前まで近づくことができ、ヴィヴィは乗っていたリザードバックからボボンの背中へと飛び移った。


「よっと……。よくやったわボボン。やっぱりアンタのバリアは役に立つわね」

「グオォ……」

「ボボンちゃん……すっごくおっきぃ!」

「コイツこんなにデカいのかよ……」

「……!」

「ふふん! この子はね。やるときはやる子なの。さーてボボン。可愛い後輩のためにやるわよ! 気合いれなさい!」

「グオオッ!!」

「……!」


 腹に響くような野太い鳴き声とボボンはゆっくりとバリアを展開しながら進んでいくき、ヴィヴィはボボンの背中の上で彼から魔力を貰いつつ両手から魔法陣を展開させ始めていった。


「不味いぞ! アイツ魔術師だ!」

「やばい! 早くアイツを! ……ああくそっ! こんなときに弾切れ……」

「魔導グレネードもありったけ投げろ! とにかく死ぬ気で止めろ!」

「やれ! やれぇ!!」

(派手なヤツを使うと、周りが崩れて逆効果になりそうね……。それじゃあ……)


 帝国軍の必死の抵抗もボボンのバリアによって無力化されていき、それによってゆっくりと詰め寄る追撃隊にパニックになっていく。

 そんな様子を静かに見ていたヴィヴィは茶色い魔法陣を展開させると地属性の魔術を発動させていった。

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