第42話
帝国と連盟軍との戦争が始まり、最初のお互いの軍がぶつかりあったガルダ平原での戦い。
その戦闘に敗北した帝国側は軍を再起させるために自国の領土へと撤退を始めていた。
当然、この隙を逃す気はない連盟軍は直ちに部隊を整えて追撃戦を開始する。
連盟軍の勢いは最初の勝利から増し続けており、ついには撤退している帝国軍が一か所に集まっているキャリオン山脈へと追いついた。
「わあぁ……。ここ、すごく茶色い山です!」
「あんまりはしゃぐなよリリー。もしかしたらすぐ先に帝国の奴らがいるかもしれないだろ」
空は不愉快な生温かさを感じさせる曇天がキャリオン山脈を包み込んでいる。
進んでいる道も荒れているがそこを力強く歩くトカゲ型のモンスター、リザードバックにピークコッドが一番前で手綱を握っておりその後ろにリリーとラティムがそれぞれ前にいる人の体に腕を回して抱き着いていた。
リリーたちの周囲には武装した連盟軍の兵たちが同じようにリザードバックに乗って進んでおり、その中に詰め込むように乗っているリリーたちはかなり浮いている存在であった。
「でも、全然雪とかないんですね。それになんか天気も悪いっぽいです……」
「そりゃあ、ここはリリーが知っている山と違って魔気がたくさん溜め込んでいる場所だからな」
「なるほど……。でも、それはなんでですか?」
「噂だとここの魔気は帝国が垂れ流してるらしいぜ。そのせいで魔染もかなり酷い。枯れた山みたいになっているのもそのせいってわけさ」
「はぇ~……」
「ちょっと。何お喋りしてるのよ。ちゃんと緊張感を持ちなさい」
ピークコッドと話していたリリーにリザードバックに乗っているヴィヴィが近づいて
注意をしてきた。
「アンタさっき自分が言ったこと覚えてないの? それに帝国兵じゃなくてもモンスターが出てくる事もあるんだし気を抜いちゃだめよ」
「お、おう……。すまん」
「ごめんなさい……」
「全く……。ところでラティムの方は大丈夫なの?」
ヴィヴィの一言にリリーとピークコッドは少し困ったような顔をしつつ、リリーの後ろにいるラティムにチラりと顔を振り向く。
そこには顔を俯かせているラティムの姿があり、その表情は気が重そうであった。
「ラティム……」
「…………」
ガルダ平原で起こったマキスとの戦い。
あの戦闘でラティムはマキスの攻撃でやられる寸前まで追い詰められ間一髪のところでマルティナスに助けられた。
だがあの戦闘でラティムは初めて大きなダメージを負い、死ぬ寸前まで追い詰められた。
その時に経験した恐怖は数日程度の休息では払拭することは出来ず、今回の追撃戦に参加したラティムの体は僅かに震えていた。
「あの、ラティムを戦いに出さないって本当にできないんですか?」
ラティムの心の傷を感じたリリーはヴィヴィに向かってラティムを今回の追撃戦から外せないかと頼む。
だがその頼みはヴィヴィが顔を横に振ったことことで空しくも却下されてしまった。
「無理ね。今回の戦いは私たちにとって大事な戦いになる。ここで帝国軍に逃げられればこの戦争は泥沼になってしまうから。しかも今回の編成はエリウムとウエスメイムを中心としてる。ガルダ平原と比べてここは狭い場所だからね。イースメイムの魔術は扱えない以上、戦力が前よりも落ちている。だからこそこの追撃戦で出来ることは全力でやらなきゃいけない。空からいける
「あぅ……」
「ところでヴィヴィは他の竜騎兵たちとじゃなくて俺たちとついてきてよかったのか?」
「……アンタそれ、わざと言ってるの?」
「あ、いや……その……」
ピークコッドの疑問にヴィヴィは目で睨みつけて返す。
睨みつけられたピークコッドは思わず身震いをして言葉に詰まらせているとヴィヴィは大きくため息を吐いた。
「……はぁ。この子はね飛べないの。自分が重すぎてね」
「……へ? 飛べないってそんなドラゴンいるのか?」
「特殊個体だからね。そういうもんだとアタシは納得してる。だからアタシはアンタたちがいる地上からの部隊にいるってわけ」
「なるほどなぁ……」
「まぁ見てなさい。今回ラティムが動けなくてもアタシとボボンがいれば問題ないから。ね? ボボン」
ヴィヴィはそういうと幼体化して小さくなっているボボンが名前を呼ばれたことに反応して彼女のポケットからゆっくりと顔を出してヴィヴィの顔を見上げた。
「……グゥ?」
少し気の抜けた表情をしているボボンと自信満々な表情をしている二人を見たリリーたちは不思議と心強く感じながらキャリオン山脈の山道をゆっくりと進攻していった。
――
地上ではリリーたちがいる追撃部隊が進軍していく中、空の方では竜騎兵団が先にいるであろう帝国軍を見つけるためにキャリオン山脈を飛び回っていた。
(うっ……。ここまで魔染が酷いとさすがに見つけづらい……!)
地上に目を凝らしながら帝国軍を探すマルティナスは思わず歯噛みする。
その視線の先はこの山脈に淀んでいる魔染のせいで地上と空の間に魔気の層が出来ており、その光景は屈折しているような錯覚を起こしていた。
(帝国には季節風とかないのかしら……。こんなに魔気がここに溜まることなんて普通ありないわよ)
本来ならば大気中に含まれる魔気は風と共に流れていき、これにより一か所に魔気が集中することは滅多にない。
大量の魔気の影響によってその箇所が魔染によって汚染され強力なモンスターの発生や環境の急激な変化などは珍しいケースになる。
例外として土地自体が膨大な魔力を含んでおりそれによって大量の魔気が発生することで集中してしまうということがある。
東にあるイースメイムの地がそれに当てはまるが彼らはそれと向き合うことで逆に豊かな生活を送っている。
とはいえそれらは珍しいことであり、通常よりも魔気が多い場所があっても"ここまでの事"はなかった。
(帝国の方に近づくごとに魔染の状況が酷くなってる。これってやっぱりバスクトが言ってた人工の魔結晶のせいっぽい?)
「団長、こんなに見つからないならあいつらはもう抜けた可能性が高いのでは?」
一人の竜騎兵が後ろからマルティナスに声を掛ける。
振り向くとそこには一人だけではなく、別の方向で探していた部隊も合流しており、作戦開始から飛び回って索敵していたその顔に疲れが見え始めていた。
「撤退ルートを絞ったとはいえここはあまりにも広すぎです。こんなに探しても見つからないってことはそういうことなんでしょうか?」
「いや、それは考えにくい。相手はあの重い武装でこちらに仕掛けてきたんだ。いくらなんでもこの短時間でここをすでに超えるなんて不可能よ」
「じゃあ帝国軍は何処に? ……もしかしてこちらを搔い潜るために潜伏してるとか?」
「そんな余裕があるなら私たちを搔い潜ってすでに地上の部隊に待ち伏せしてるはずよ。地上からの接敵の合図もないからね」
「……だとしたら……奴らしかしらないルートがあったとか……?」
竜騎兵の言葉を聞いてマルティナスは静かに頷く。
「恐らくそれね。ここの知識は帝国の方がよく知っているはずだから」
「それじゃあもう……逃げられてしまったのか……?」
「それはない……と、思いたいわね。ともかくバスクト殿も言っていたけどここが正念場よ。これを逃せば私たちは戦争の沼に嵌っていくわ」
近寄った竜騎兵に持ち場を戻らせて帝国軍を再び探させたがマルティナスの心に焦りが見え始める。
こちらの進行を邪魔するかのように入り組んだような山脈に魔染によって視界が悪いため高度を低く飛ばざる負えない。
この二つの影響は大きく帝国軍を探すのに苦労していた。
そんな時、遠くの方で灰色の空に向かって明るい光が照らされるのをマルティナスは見つける。
その方向にいるのはベリルがいる部隊であり、その光は帝国軍発見の合図であった。
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