第41話
帝国兵たちが戦場から姿を消し、リリーたちは一安心をしている間、同じ時でガルダ平原から離れた丘の上に立ってその状況を見守る人物が二人いた。
一人はオルトランがであり戦場の様子を背中からでもわかるような楽しそうな雰囲気を出している。
そしてもう一人がベイオ・グランツでありその表情は楽しそうなオルトランとは対照的で険しく、彼の背中を睨みつけていた。
「いやぁ~……凄まじいですねぇ竜騎兵の力は。まさか私が造った魔導アーマーがあってもんな簡単にやられちゃうなんてねぇ……」
「……解せんな」
「……あ?」
「なぜ今回の戦いで私に出撃の命令がこなかったのか、ということだ」
「それはもう……皇帝陛下の命令では……」
「それが解せんのだ……!」
戦場の様子を見ていたオルトランの肩を掴んで強引に振り向かせる。
ローブの襟を強く握りながらベイオは睨みつけたが、オルトランの顔は模様のように蠢いており彼が今どんな表情なのか見当もつかなかった。
「わざわざ負ける戦など、陛下はそんなことは決してしないお方だ。お前が入れ知恵をしたのではないのかっ!?」
「仮にそうだとして……それがなんなのですベイオ将軍」
「帝国の兵が、人が死んでいるのだぞ……!」
「……それが?」
「……っ!」
「戦場に出れば人が死ぬことは当たり前でしょう?」
「無暗に人を死なせる意味がないと言っておるのだ!」
「でも今回の戦いではベイオ将軍が率いる兵は出ていないはず。ほとんどがこちらの兵ですよ? いいじゃないですか、死んでいるのが貴方の兵ではないんですから」
「貴様っ……。戯言も大概にしろよ……!」
「今回の戦いは私が開発した魔導アーマーと魔導ガンの実技試験だと思ってください。実際彼らはよくやったと思いますよ。正直、これだけの被害で済むならかなりマシなほうかと……」
「……っ!」
「ベイオ将軍、熱くならずに冷静になって大局を見ましょう。これのおかげで私が開発する兵器も進歩するというものです。これは一種の投資なのですよ。命の投資、ですがね。フフッ……」
「……貴様のせいで我が軍は帝国領に撤退をしなければならない。それらが終わった後を覚悟しろよ」
「ええ。お好きに……」
オルトランの襟を忌々しく離し、怒りの形相でベイオはこの場を後にする。
そんなベイオを見てやれやれと言った態度でローブを手で払った後、再び戦場に目をやった。
その先にはラティムがいた場所であり、オルトランの表情の模様がグニャリと歪む。
(アレの出来はかなりいいな。だけどあの感じを見るに僕の想定以下ってことか。この程度なら必死こいてアレの回収はしなくて済むねぇ。さーて……こちらも動くとしますか)
――
「うーむ……」
ガルダ平原の戦いを終え少し時間が経った後、各国を代表する人物バスクト、ヴォ・リック、フレデリックの三名が一つの部屋に集まってきていた。
密集した狭い部屋の中でバスクトは目を凝らした顔つきで低い声を唸らせている。
その理由は帝国兵から鹵獲した魔導ガンが握られており、バスクトはそれに釘付けになっていた。
「どれどれ……ほう……それで……?」
ブツブツと小さく独り言を呟くバスクトの目は年老いたような枯れた目ではなく、新しい物を見つけた少年のようなキラキラとした目で魔導ガンを舐めまわすように見続ける。
トリガーに太い指をくぐらせてカチカチと音を立てて引いてみたり、サイトの部分を片目で覗き、そのまま壁に向かって狙いを定めてみたり、銃口の部分を奥まで覗いてみたり、魔結晶が入っている銃身を折って出してみたり、そのまま内部機構を指で触ってみたりと触って知れることは出来る限りしているように見えた。
「それでバスクト殿。手に入ったその魔導ガンとやらはどういうものなのか分かったのか?」
魔導ガンを弄り回してすでに数十分の時が過ぎている。
バスクトの低い唸り声と魔導ガンが弄り回される音だけの空間にはさすがのヴォ・リックも痺れを切らしたようだった。
「……いや全く。全っ然わからん」
魔導ガンを弄り回して数十分後に返ってきた答えにヴォ・リックは深いため息をつく。
部屋の空気が徐々にヒリつくのをフレデリックは感じ取ると、ヴォ・リックが大きく深呼吸をしている間にバスクトに疑問を訪ねた。
「それはつまり……どういうことなのだ? ウエスメイムの方ではこういう
「うーむ……なんて言えばいいのか……。正確にはこれはワシらが知っている得物ではないというじゃな」
「……? ではなんだ? 未知の武器を帝国側が拾ってきたとでもいうのか?」
「そうじゃ」
ヴォ・リックの疑問にバスクトが即答で返す。
「なんだそれは、馬鹿馬鹿しい……。ウエスメイムですら知らぬモノがあるとは"ウェポン商会"の名が呆れますな」
「いやそうでもないぞヴォ・リック殿。確かにワシらウエスメイムはこういった武具に対しての知識と技術は他よりも優れていると自負しておる」
「それだけは、ね」
「だからこそ未知の武器の出現という可能性は否定せん。この世界はワシらが思っている以上に知らぬ事がまだまだ多い。それは魔術でも同じことが言えるじゃろう?」
「……それは確かにそうですな。ではこの魔導ガンはどこから来たのか、あなたはすでに分かっているのか?」
「……そうか。グレーターフォールか」
「正解だ、フレデリック殿。大昔に開いたという空の大穴。あれから降り注いだモノは魔術に関する文献も含め数知れず。この魔導ガンも魔導アーマーもあそこから降り注いだ代物なのだろう」
「では何故それを我々は知らない? 我々はそこから降り注いだ痕跡を調べ上げている。そういう文献があればモノはなくとも存在自体は知っていてもおかしくはない」
「ヴォ・リック殿、それはこちら側だけではなく帝国側にも降り注いだというこは否定しきれない。帝国はそれを見つけ出したというのが自然ではないか?」
「恐らくだが、降り注いだ時に出来た遺跡の中にあったか、それとも単純に完全に腐食されなかった"コレ"が見つかったのどっちかだろう」
フレデリックとバスクトの言葉を聞いてヴォ・リックは渋々といった表情で納得をする。
「しかしのぅ……。これはホントによく出来ておるというか、見たことない技術で造られているな。ワシらが知る従来の武器とは全く別物と考えてもよいの」
「青い弾を出す道具程度なら弓などとそう変わらないのでは?」
「いやそうでもないぞ。確かに弓は材料にしている矢の質も高めれば遠距離から放つ攻撃は相当な脅威になる。しかしこれは違う。そもそもこのトリガーを引いていればずっと攻撃が続くのじゃ。弓よりも取り回しがよい感じも武器として評価できるな。
幸いにも弓ほどの飛距離は出ないにしても近接戦闘を仕掛ける相手に対して制圧力は十分じゃろう。特に……」
バスクトはそう言うと銃身を折ってそこから露出した魔結晶を取り出す。
テーブルに置かれた魔結晶は銃身に合うように細長く加工してあり、内部にある魔力が枯渇しているのが色褪せた状態なので分かった。
「これだ。これが一番ありえんのだ。いや、そもそもこの武器自体がかなり異質なんだが……」
「ただの魔結晶だろう? こんな代物、我がイースメイムでも見つかる。それがどうかしたのか?」
「いやのぅ……。魔結晶はそもそも自然界において大量の魔力が鉱脈などに長い年月をかけて蓄えられ、それが圧縮されたものだ。ヴォ・リック殿の言う通り別に珍しいモノではない。特にウチの方はそれを生業とする鉱山都市があるからな」
「ではなんだというのだ?」
「不純物が一切見られないんじゃ。内部に蓄えられる魔力の量がその純度で決まる。これはほぼ純粋な魔結晶といっていい。こんな代物はウチの方でも滅多に見られん」
「帝国側にたくさん存在していたという線は?」
「それも考えた。じゃがそれはありえん。仮にこの希少物質が大量にあったと仮定しよう。しかしこれは見た目に反してデリケートな物質だ。下手に刺激すれば内部に圧縮して蓄えられた魔力が反応して爆発してしまう。そんなモノを刺激せずに加工するなんてウチの方でも数が限られるわい。しかもそれを利用するにしても精々武器や防具ぐらいにしか思いつかん。じゃがこれは違う。丸々一個をエネルギー源として利用してる」
「それが本当なら帝国はとんでもないことしている、ということになるな」
「じゃろう? この希少物質をたかがエネルギー源程度なんて勿体ない。もっと生かせる方法なんていくらでも考えられる。しかもあの戦場でこれを持った兵の数を見たじゃろ? 魔導アーマーにも同様の機構が見つけたからのう。それらを全て補うのためにどれだけの山を無くせばいいんだ?」
「…………」
話を終えるとバスクトは露出した魔結晶を魔導ガンに装填しなおすとそれをテーブルに置く。
テーブルにポツンと置かれた魔導ガンを見つめるバスクトの顔を見ると、腕を組みながらもその様子はお手上げといった表情をしていた。
「現実的に考えられるならこれは人工の魔結晶だ。恐らく魔鉱石を何かしらで加工して純度を高めたモノなのじゃろう。その技術を利用してコレを生かす兵器も開発……。全く! こんなものを作った帝国の
バスクトの高笑いが部屋の中で響き渡り、それをフレデリックとヴォ・リックは少し引いた表情で彼を見つめる。
バスクトは満足するまで笑った後、太い手を魔導ガンの上にドンという音を立てながら叩く。
先ほどまで高笑いをしていた彼の様子は一瞬にして変わり、その目は戦意に満ちていた。
「あっちがとんでもないモノを造ったとはいえだがこちらも勝機はある。それは帝国兵がコレを扱いきれてないということだ。しかも見たところ魔導ガン自体も完全とは言えないぐらい穴はある。今回のガルダ平原での勝利がいい証拠だ」
「例えば?」
「まずヴォリック殿が先ほど言った通り射程距離の問題だろう。その射程距離は長いが弓ほどではない。しかもその射程も距離が遠くなればなるほど精密に狙うのは難しくなっている。しかも無属性の魔力による攻撃だ。耐魔性能がある盾や鎧でも対処は十分に可能であった。しかもエネルギーが枯渇すれば再度魔力を注入しなければならん。あの魔導アーマーからそれを供給しているようだが、魔導アーマーを見る限りあれも魔結晶の動力を利用している。やりすぎれば魔導アーマーのエネルギーも無くなって機能が停止するってことだな。扱いが意外と難しいコレを戦場で投入するためにそれなりに訓練はしたんだろう。だがそれでも下手に撃ち続けたりして魔導アーマーごと機能が停止したり、得物の反動のデカさのせいでしっかり狙いを定めなければ命中率も低い。故に奴らの懐に飛び込めれるほどの隙も意外と生じる。さらに魔導アーマー自体デカく重すぎて小回りが効きにくかったりとあの戦場でもそういうことが起きていた」
「……つまりはこの高度に造られた武器に兵が追い付いていない……ということか?」
「そういうことだ。奴らはこの武器を扱い切れておらん。だからこそ次の戦いが最も重要になるんだ」
そう言ってバスクトは地図を取り出してテーブルに広げていく。
そこにはガルダ平原の戦いを終えた後、帝国側に向かって赤いピンがすでに一定間隔に刺されていた。
それはこの赤いピンが帝国の撤退ルートを予測しているものだった。
「奴らはあの戦いを勝つつもりだったらしいが結果は惨敗。ワシらにケツを叩かれながら撤退という状態になっている」
「まぁエリウムの竜騎兵と我がイースメイムの優秀な魔術詠唱者がいれば当然といえば当然か……」
「……話を戻すぞ。これを見る限り奴らは一旦帝国側に戻って再起を図るのは明白だ。こちらとしては当然それは許されない。これを許してしまえば帝国は劣勢な今の状況を立て直してしまう。下手に戦争が長引けばあの魔導アーマーや魔導ガンの精度や練度が上がることに繋がることもある……。それに他に兵器を生み出してしまうかもしれん」
「コレがこの戦争の決定打になる……ということですかな?」
「そうだ。ここで叩き潰せれば我らの勝利は決まったようなものだ。故にここを全力で叩く」
そういうとバスクトは短い指でその場所を示す。
地図に書かれていたそこはエリウムと帝国が山脈によってちょうど別れている箇所、キャリオン山脈であった。
「今の撤退ルートでは奴らは必ずここを通る。ここを超えればすぐに帝国領だからな。最短で生きて帰りたければここを通るしかないが、この辺りは渓谷になっていて道が狭い。士気が低い兵が固まっている状態なら致命傷を与える場所としては十分だ」
バスクトが懐から新しい赤いピンを持ち出して地図に書かれているキャリオン山脈にそれを刺し込んでいく。
赤いピンが立たれたそこはランプの明かりで影がゆらりと揺れているのをこの場にいる全員が静かにそれを見つめていた。
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