第38話

「ラティムお前の出番だ。今すぐ準備にかかれ」

「……っ!」


 マホの言葉を聞いたラティムは頷くとリリーの方を見る。

 その顔に怯えはなく、リリーから魔力の供給を今かと待ちわびている様子であった。


「ラティム……」


 彼から手を差し出されるのを見てリリーは一瞬だけ躊躇ったが、意を決してその手を両手で握り挟む。

 お互いの手が触れるとリリーとラティムの体が青い粒子と共に発光し、ラティムの体が徐々に強く輝いていく。


(ふむ……あの膨大な魔力、常人がやれば魔力どころか命をも根こそぎ奪い取りそうな勢いで吸収しているな。それでもあの娘は何ともない様子、アノマリティーと言われるだけある)


 リリーから魔力を十分に受け取ったラティムはそのまま戦場へと赴こうと皆から背を向けた時に何かの感触を感じた。


「……?」


 その方向を見るとリリーが俯いた顔でラティムの裾を掴んでおり、その手は僅かに震えていた。


「ラティム……」

「…………」

「……無事に、帰ってきてね」

「……っ!」


 リリーの言葉を聞いてラティムは彼女の瞳を見つつ頷く。

 その顔を見たリリーは名残惜しそうに手を離すとラティムは戦場の方へと走り去っていった。


(おじいちゃんを助けたいってわたしが言ったからラティムはあんな場所に……でも、そうしないと助けられないし……わたしはどうしたらいいんだろう……)


 リリーの心の中で答えが出ない思いが複雑に絡み合い濁していく。

 そんなリリーの気持ちを感じりながらラティムは与えられた魔力を全身に巡らせると、着ていたマントを突き破りながらその体をドラゴンへと変えていった。


「……っ!!」


 足に力を入れ、地面を蹴り上げて前方にジャンプする。

 宙に浮いた巨体はその翼を羽ばたかせて距離を伸ばし、着地をするとまた同じようにジャンプする。

 走り幅跳びのような移動で戦場の中に飛び込んでいくラティムをリリーたちは静かに見守っていった。

 あの巨体が小さくなるほど遠くに向かっていくラティムを見てマホはこめかみに二本の指を当てながら魔法陣を展開させると、向かっていくラティムの近くに待機させたウサギ型のモンスターとフクロウ型のモンスターが同じ魔法陣が体を包み込んでいくと、ラティムと一定の距離を保つように動き始めた。


(よし、使い魔にしたラビットフットとミスティックオウルとの共有リンクはうまくできているな。これでこいつらの目と耳とあいつから出る魔力波長がこちらにも解るようになった。さて……お前がどれほどの存在なのか、お手並み拝見といかせてもらおう)



 ――


 撤退をしている連盟軍に追撃をしていた一部の帝国兵は突如として背筋が凍る。

 それを知っている者は前の戦争を経験した者たちであり、そしてそれがを嫌ほど理解していた。


「むっ、空の顔色が変わった……!」


 一番前を行くマキスも同じであり、咄嗟に顔を空に見上げる。

 煙漂う以外、一見変わりようのない空の様子であったが、マキスは目に見えない空気の震えを感じ取っていた。

 それはまさしく、忌々しい"あの"兵団が来た合図であった。


 ――ドォォンッ……。


 進軍していた先を阻むように降り立ったその姿は紫色のドラゴン。

 二本の脚で力強く立つその姿を見た帝国兵は全て震え上がった。


「お前……」


 紫色のドラゴンの背中を見た部隊長はそれがあの子供というのを直観で理解する。

 ラティムは背後にいる部隊長にゆっくりと顔を向けると、彼の目をジッと見つめた。


「先に行けと言うのか……」

「……グルル」

「……っ。恩に着る!!」


 部隊長はそのまま負傷した兵士たちを守るような位置を保ちつつ撤退を再び開始する。

 その間、ラティムは前方にいる帝国兵、その中で最も目立つマキスの姿を睨みつけた。


「……ッ!」

「ぬう……。さすがにこのまま易々とうまくいかないものであるな。しかし……お主でかいなっ……!」


 マキスの目の前に仁王立ちをするかのように立ちふさがるラティムを見てマキスは思わず素直な言葉を呟いてしまう。

 マキスも並みの人よりは大きいがあくまで人の種の中である。

 世に蔓延るモンスターにはマキスよりも大きいのが存在し、その内のドラゴンも例外ではなく巨大だ。


「その二本脚で立つその姿、他の竜騎兵のドラゴンとは違うようだな。お主、特殊固体か?」

「…………」

「それにしてはそのパートナーがいないようだが……。はてそういうものなのか? ……まぁよい。ここでお主を倒さねば進めぬと言うならば、斬り伏せるまでよっ!」


 マキスは大斧を構えるとそれを見たラティムも身構える。

 僅かな隙を生めば両者が襲い掛かる。

 騒がしく熱波が溢れていた戦場の中で二人が対峙するこの場だけが静まり冷えた。


(他の者がいないのは気がかりだが、同じように遠距離で間合いを取られると厄介であるな……。だが、この間合いならばっ!)

「ぬんっ!」


 マキスは大斧を構えつつ魔導アーマーを一気に稼働させ出力を上げる。

 分割された装甲の隙間から再び青い光の線が通り、さらにはショルダーガードに展開していた耐魔バリアも自分に集中させた。


「先手必勝!!」


 背中にある部位から魔力の粒子が放出され、それに押し出されるようにマキスの体は一気に加速していく。

 バリアは前方に展開し、魔術に対する抵抗もある。

 距離を詰めることに特化したこの行動は瞬く間にラティムに近づいて行った。


「……ッ!!」

「なにっ!?」


 ラティムはマキスの予想を裏切るように自分も同じように正面から向かっていく。

 まさかの展開にマキスの間合いのまで逆に接近された。


「ぬううっ!」


 大斧を振るう前に内側に入られた以上、マキスはやむを得ず握っていた柄でラティムの両手を抑える。

 マキスに前のめりで伸し掛かるようにラティムはこの巨体を押し付けていく。

 マキスよりも図体が大きいラティムに抑え込まれるこの光景を見た帝国兵たちは思わず子供と大人のような体格差を感じてしまった。


「グガァッ!!」

「ぬうううううっ……!!!」


 ドラゴンと人間。いくら魔導アーマーを装着していたとしても生物として圧倒的な差を思い知らせるかのようにマキスの体はどんどんと背が反り返っていく。


「ふぅー……ふぅー……!!」


 マキスは魔導アーマーをフル稼働させ出力を一気に向上させていく。

 廃熱部から熱した煙が勢いよく吹き、その体に輝く青色も増していく。


「おおおおっ! どぅわああああ!!」

「……グッ!?」


 ドラゴンの巨体で抑え込まれていた体を反発させるかのように押し返していくマキスの底力をラティムは思わず怯む。

 両手で握った柄でラティムを振り払うと、その巨体がバランスを崩す。

 マキスはその隙を見逃さまいと、大斧を横なぎに振り払った。


「……ッ!!」


 ラティムは襲い掛かる大斧を見て咄嗟に腕でガードをする。

 ――ガキィン……と、刃と鱗がぶつかる音が鳴り響いた。


「くっ……。通ってないか!」

「……ッ! ガアアッ!!」


 強靭な鱗で大斧の刃を受け止めたラティムはすかさず体を振って尻尾を横に叩きつけた。


「ぬうぅ!」


 叩きつけられた尻尾は想像以上に重く、マキスは後方に吹っ飛ばされたが体勢を崩すまいとなんとか耐える。

 だが無茶をしたのか魔導アーマーからはバチバチと青い火花が散り始めていた。


「きゃあっ!」

「な、なんだ!?」


 ラティムの戦闘を見ていたリリーが唐突に両手で体を抱きながら蹲る。

 ピークコッドは驚きながらもリリーに近づき、背中に手を触れるとその小さな体は震えていた。


「リリー、どうしたんだよ!?」

「あっ……ラティムから、嫌な気持ちがきて……」

「えっ? でもここからだとあいつの攻撃を止めただけのような……」

「…………」

(何……この気持ち……怖い……? ラティムが感じたことがわたしにも分かる……?)

(なるほど、この娘も私が今やっている感覚の共有が同じようなことが起きているのか。恐らくはあの魔力を与えたからだろう。これもアノマリティーの特異体質故か)


 リリーの心の中に入ってきたこの感情は明らかに自分のものではなくラティムのものであった。

 そしてこの感情は恐れが渦巻いており、その理由は自分の攻撃に耐え、反撃した存在を初めて目の前にしたからだろう。


「ラティムが、怖がっている……!」

「おい待てって!」


 リリーは思わずラティムのいる場所へと駆け寄ろうとしたところをピークコッドに体を抱き抑えられる。


「は、離して!」

「お前バカか! 今あんなところ言ったら危ないだろ!!」

「でもっ!」

「こいつの言う通りだ。あいつはあのマキスを相手にするために戦場に出たのだ。こちらの陣形が立て直せるまでは時間を稼いでもらわねば困る」

「そんなっ……」

「お前があのドラゴンのパートナーならもっと信用したらどうだ? 竜騎兵とドラゴンの関係ってそういうものだろう?」

「信用……」


 マホの言葉を聞いたリリーは大人しくなり、それを見たピークコッドも彼女を腕の中から解放する。

 リリーは自分という存在がここまで無力な存在であると思い知らされることに胸が締め付けられたが、それを受け入れるしかできなかった。


(最も、あの程度でやられればそれまでの存在ということだがな。こちらとしては不穏分子は消えてもらうのがありがたいが果たしてこの状況、どう転んでいく?)

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