第39話

 お互いに一戦を交え、間合いを保っていく。

 マキスは強引に稼働させた魔導アーマーが落ち着くまでその場で立ち止まり、ラティムも腕に響く鈍痛を堪えながら次の出方を伺っていた。


「マキス隊長を援護しろ!」

「魔導ガン、撃てぇ!」


 ラティムの動きが止まったのを見て帝国兵たちが手に持った魔導ガンを撃ち放っていく。


「……ッ!」


 青い粒子がラティムに降り注いでいくが、ラティムは落ち着いた様子で放たれた魔導ガンの弾を受け入れるように体に食らわせていく。


「なんだ!? 抵抗しないのか!?」

「いや待て! 撃つな! 撃ち方止め!!」


 帝国兵たちはラティムの様子を見てすぐに魔導ガンのトリガーから指を離す。

 そこにはラティムの紫色の体が青い膜が薄く纏っているのが見えた。


「魔導ガンが効かないのか……?」

「ぬぅ……吾輩の耐魔バリアと似た能力を持っているということか……」

(……なるほど。これが噂に聞いていた魔力の吸収というヤツか。モンスターの中にもそういう事ができるのがいるが、魔力が込められた攻撃は分散するように吸収するのはコイツだけだな。しかもドラゴンの強靭な体のおかげで生半可な物理攻撃は通用しない。しかしなんというか、とんでもない魔術師殺しが出てきたもんだ……)

「…………」


 ラティムは攻撃を吸収した分の魔力が自分の力になるのを感じていく中、マキスの持つ大斧の刃がゆっくりと青く光っていくのをしっかりと観た。


「ならばっ! これならどうだっ!」


 マキスは大斧に魔導アーマーの魔力を込めていき、その斬れ味を増していく。

 そして先ほどと同じように魔導アーマーから粒子を発生させ体を一気に加速させた。


「ぬおおおっ!」


 大斧を振り上げながらラティムに向かってマキスの巨体が急接近する。

 通り過ぎるときに発生したその風圧は距離を十分に取っていた両軍の兵士たちが思わず吹き飛ばされないように堪えるほどであった。


「まずいぞ!」

「ラティムッ!!」

「……ッ!!」


 両者の間合いが一気に迫り、加速した勢いを乗せた大斧がラティム目掛けて振り下ろされる。

 あの猛進なる一撃を食らえばひとたまりもないというのは誰の目から見ても明白だった。

 だがあの速度を見てから避けられるほど甘くはない。自身の直感を頼りに避けるだけで精一杯というほどであった。

 だがラティムはあえて、立ち止まりその攻撃に対して受けに回った。


「なんだとッ!!」

「グゥッ……!!」


 振り下ろされた大斧の刃を両手でしっかりと掴み、マキスの勢いに後方に擦り飛ばされながらもそれを受け止めた。


「!!」


 この一瞬に皆、何が起こったのかは理解できなかった。

 ただ一人、攻撃を行った者を除いて。


(両手が青く光っている……!?)


 マキスが見たのは大斧を受け止めたラティムの両手から凄まじい勢いで放出される青い粒子であった。

 鋭い爪を中心に青くコーティングされ、それらが両手を護っているようにも見える。


「グアアアッ!」

「――ッ!!」


 後方に下がっていく勢いが完全に止まったのを見てラティムは咆哮と共に反撃に出る。

 両手で押さえつけた大斧の刃を強く振り払いマキスの体勢を崩す。

 ぐらりと大きくよろけ、無防備になったマキスをラティムは逃さない。

 右手を、そのまま勢いよく竜爪りゅうそうを振り下ろした。


「ぐっ!」


 大型のモンスターが行う鋭い爪による引っ掻く攻撃は生半可なものではない。

 ましてや相手はドラゴン。無防備になったマキスの胴体を肩から腰に掛けて振り下ろされたその一撃、その瞬間だけ全ての感覚が無くなってしまうほどであった。

 マキスはそのまま後ろへと下がり、我に返りながら食らった攻撃を手でなぞり確認する。

 そこには攻撃を食らった箇所だけ抉り取られている魔導アーマーの姿があった。


「……ッ!」


 幸いにも体は引き裂かれてはないが、抉られた鎧の内側から響く鈍痛によってあの攻撃がもし、直撃を受けていたらと思わずゾっとした。

 魔導アーマーは物理面も優秀だが、基本的に耐魔力攻撃に特化した作りになっている。

 さらにマキスの場合は彼専用の特注品だ。通常よりも頑丈に作られているはずなのにこの有様であった。


「あの動き……まさか吾輩のマネを……?」

(……なるほど。己の魔力を手に高密度に発生させて、あの筋肉バカの攻撃と同等にしたのか。だが……)

「……ッ」


 ラティムの青い粒子で纏った両手の内側から血が噴き出していくのをマホは勘づいた。


(あの手……あんな量の魔力を強引に出し続けているからか。いくらドラゴンが強靭な体だとしても無茶をすればさすがに体が持たないようだな。あの様子じゃ恐らくはこれを行うに今回が初めて……。無尽蔵に出しまくっているのがその証拠だろう。しかし……もしあれがコントロール出来るようになってしまったら……)

「ううっ……」

「おいリリー、大丈夫か!?」


 リリーは蹲りながら両手から発する痛みを抑え込もうとする。

 内側から肉が裂けていくような感覚に、それがラティムのものだと解った。

 だがリリーにはどうしようもできない。ただ両手でラティムの無事を祈るように握るしかなかった。


「……ッ」


 ラティムも自分の血が噴き出る両手を見てそれを理解していた。

 目の前の敵の真似をしたがそれだけでは勝てない。

 裂傷による鋭い痛みが体に響いていく、そんなときだった。


「ふふっ……ぶわっはっはっはっ!!」

「…………」


 突然、目の前にいるマキスが大きく笑い出す。だがその笑いには嫌味のようなものはなく、見ているこちらも清々しさを感じてしまった。


「はっはっは! いや失敬!! 吾輩、こういう相手をするのは久々でな。なんせ相手をしてきたのは弱弱しい雑兵ばかり。お主みたいなのとは帝国周辺に現れるモンスターぐらいしかおらんかった」

「…………」

「ドラゴンとも戦ったがほとんどが空からの攻撃ばかりでな。いつかはそういう者たちとこううやって正面から戦ってみたいと思っていたもんだ。まさか吾輩の思いがこういう形で叶うとはな! お主の名は?」

「…………」

「うーむ……そうかパートナーがいなければ名前は分らんか。だがこの胸の高鳴り、マルティナスと戦った時と同じだ。お主の名は分からなくともその姿、吾輩は忘れんっ!! では再び、り合おうぞ!」

「……ッ!」


 マキスが再び大斧を構えた瞬間、ラティムは咄嗟に体内の息吹袋からせり上がった青い火球を奴目掛けて吐き出した。


「ぬっ! ついに来たか!」


 巨大な青い火球が迫りくるのを見てショルダーガードから耐魔バリアを展開し、受け止める。

 自身を中心に球体に張ったバリアが青い火球とぶつかり合い、バチバチと音を鳴らしながら通り過ぎていく。


「……!」

「お主たちお得意のブレスの対策は出来ておる! 吾輩には通用せんぞ!」


 いつも通用していた青い火球がマキスに対して効果が薄いのを見たラティムは思わず動揺する。

 この攻撃が通じなければ竜爪りゅうそうによるあの攻撃をもう一度行わなければならない。

 だが両手はすでに傷だらけであり、裂傷の痛みが今も響いている。


(さっきのように攻撃を受け止めて反撃、なんてあの傷の様子じゃ同じことをするのは難しいだろうな。筋肉バカといっても相手はマキスだ。当然このことを勘づいているだろう。牽制が通用しなければこちら側が一手遅れているこの状況、覆すには戦いの経験が必要だがそれもまだ浅い様子……。つまりこちら側の不利か。……ふむ、一応こちらも準備をしておくか)


 使い魔を通して状況を分析したマホはリリーたちに気づかれないように背後にいた部下に手で合図を行う。

 だがそんなマホの思惑とは裏腹にマキスも兜の裏では焦りを感じていた。


(う、うむむ……、あの様に言って見せたがさすがにあの火球には耐魔バリア張るだけで精一杯ですな……。攻め手に掛けた様子を見るに吾輩の言葉は効いているようだが、だからといって下手に突っ込めばあの一撃が待っている。中途半端な一撃をすれば防がれ、即反撃される故にこちらも一撃で仕留めなければやられるだろう。問題はその間合いにどうやって入るか……だ。バリアと刃にエネルギーを込める動作は消耗が激しすぎて同時にはできんぞ……。しかも中央の部隊と今すぐ合流せねばならぬのに、ここで時間を食わされたらこちら側の負けになってしまう……!)


 両者が出方を伺い硬直した空気の中、先に動いたのはラティムの方だった。


「スゥー……。グガァッ!!」


 腹の位置にある丹田に力を込めながら大きく息を吸い込んでいく。

 そこから内に秘めた魔力を凝縮し、それを吸い込んだ息と同時に思いきり吐いた。


「――ッ!」


 ラティムの口からは火球ではなく、青い火炎の波が広がっていく。

 その炎はガルダ平原の地表を焼き付くように広がり、その波がマキスを襲い掛かった。


(なるほど、恐らくはあのバリアは無尽蔵ではない。それを見越して消耗戦を仕掛ける気か。しかも両手には同じように魔力を纏い始めている。確かにバリアを展開している間はあいつは十分に立ち回ることは出来てはいない。身動きを封じれば逆にこちらが必殺の間合いに入ればよい。悪くはない発想だ)

(この炎、ま、不味いであります! 吾輩はバリアで無事だとしても後ろの兵たちに広がって被害が来てしまう! このままでは――)


 マキスがバリアを大きく展開しようとし迫りくる火炎を防ごうとした瞬間、脳に直観する。

 この行動は逆に自分の首を絞める行為。

 ――ならば、どうするか。


「……ッ」


 ラティムが青い火炎を吐きながらゆっくりと間合いを詰めていく。

 手では魔力で鋭さを増した竜爪りゅうそうを準備しており、攻撃の体制は整ている。

 すでに手から響く痛みは消え、目は血走っていた。

 ――これで終わらせる。

 ラティムが仕留めに掛かろうとしたその時であった。


「……ッ!」


 蒼い業火が広がる中に揺らめく一つの影。

 それは紛れもなくマキスのものであった。

 だがその影は徐々に大きくなっている。

 ラティムが近づいているからだけではない。

 マキスの方からも迫ってきているからだ。


「ぬおおおおっ!! 肉を切らせてぇ――」

「――ッ!!!」

「骨を、絶ぁぁぁぁつ!!!」


 この業火の中をバリアを展開せず突き破り、体に蒼炎そうえんを纏いながらラティムの眼前に現れる。

 ラティムの想定外の行動に思わず体が僅かに硬直し、竜爪りゅうそうによる攻撃が遅れる。

 その隙を見逃さまいと、握る大斧の刃は青く光るとマキスの怒号と共にラティム目掛けて振り下ろされていった。

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