第33話

 リリーたちがエリウムで過ごして数日、連盟国と帝国との休戦状態が終わりを告げると膠着していた情勢は一気に変化していった。

 エリウムを中心にウエスメイム、イースメイムから兵士たちが招集され開戦の準備が整っていく。

 決戦の地はエリウムから南に位置する"ガルダ平原"という場であり、リリーとラティム、ベリルとピークコッドの四人はその陣営にいた。


(なんだか、いつの間にかすごいことになってる……)


 急ぎ足で歩くベリルの後について行っている三人は周囲をキョロキョロと見渡す。

 状況が変わる速度はリリーたちの想像以上であり、そのせいか現実味がないフワフワとした感覚があり落ち着きがなかった。


「こうしてみるとなんだかすごいことになってるな……」

「いろんな人がいて、なんだか不思議な気分です」


 リリーたちを通り過ぎていく中には人の姿ではない亜人の種族も見えていた。

 ベリルよりも背がやや高く、赤みがかった肌とむき出した八重歯が特徴的な兵士や、逆に背は少年のピークコッドと同じぐらいでありながら、顔に生えた髭は濃く、鎧から見える筋肉は力強さを感じさせている。


「あれはキジン族とドワーフ族の兵だね。どちらもウエスから来てくれたんだ」


 先を歩くベリルが物珍しく見ていた三人に説明する。


「ウエスメイムはああいったバラバラだった種族たちが一つになった場所なんだ。彼らは強いよ」

「へぇ~」


 やがて一つのテントに辿り着くとベリルは中に入る手前で一度立ち止まると姿勢を正していると手前の兵士が声を掛けてくる。


「ベリル殿、指揮官がお待ちです」

「わかっています。失礼します。竜騎兵団のベリルです。只今到着しました」


 挨拶を済まし、テントの中に入るベリルに続いてリリーたちも恐る恐るついていく。

 テントの中にはテーブルの上に地図が広げられており、そこに二人の姿があった。

 一人は見事な鎧を身にまとったキジン族であり、もう一人は箱の上にのってテーブルを見ている小さな人であった。

 肉団子のようなドワーフとは違い、耳は長く、華奢な体つきをしている。

 癖がある茶髪に丸眼鏡をかけたその者はベリルたちを目を細めて彼らの顔を見た。


「やっと来たか。作戦の話はすでに始まっているというのに」

「すみません……。中央の方で急に言われたものでして……」

「ふん……。ここがだから甘く見ているのかね。竜騎兵団は呑気な連中ばかりだ。それで、ここに来たのは竜騎兵は他にどれくらいいる?」

「僕とラティムの二名だけです」

「……は?」


 ベリルの言葉にテーブルにいる二人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてこちらを見た。


「おいおい。冗談じゃねぇぜ。いくらガルダ平原の中央が激戦になるからって、こっちには戦力を回せねぇってか?」

「落ち着いてください部隊長、中央側にも考えがあるのでしょう」

「……ッチ!」


 部隊長と言われたキジン族は舌打ちをするとベリルの肩にわざとらしくぶつかりながらテントの外へと出て行ってしまう。

 そんな態度を見たアイリスは部隊長が出て行った後に軽く威嚇する顔をして非難したが、テント内に漂う雰囲気の悪さにリリーたちも肌で感じ始めていた。


「やれやれ……部隊長が怒るのも無理はないな……。それで、もう一人っていうのは何処にいるんだ?」

「それはこちらの、ラティムという少年です」

「うん?」


 残された者はベリルの言葉を聞くと丸眼鏡を掛けなおす。

 木箱から降りてトコトコと近づき、ラティムと対面する。

 その身長はラティムよりも背が低く、遠目で見れば兄弟同士にも見えてしまうだろう。


「……なるほど。コイツが例のドラゴンか。話は聞いている。私の名はここの指揮を任されているマホ=メモリックだ。よろしく」

「…………」


 マホ=メモリックと名乗り、ラティムに向かって手を差し出しすがその小さな手をラティムはじっと見つめていた。


「……?」

「……?」

「あっ、握手! 握手だよ!」

「……っ!」


 リリーの言葉と仕草を見るとラティムはそれに気が付き、マホの差し出された手を両手で握り返した。


「……なんだこいつは。ところで君は?」

「あ、えーっと。リリーっていいます。こんにちわ」

「こんにちわ。そうか君がこの子のパートナーってことか。なるほどね。で、君は?」

「あ、俺?」

「そうだよ。君しかいないだろう。で、誰だね」

「俺はピークコッドっていいます。リリーとラティムのなんていうか、お守り……の命を受けました」

「ふーん……」


 ピークコッドについてあまり興味を示さなかったマホはそのままテーブルにある木箱の上に戻り昇っていった。


「さて……。挨拶も済ましたことだし君たちに作戦を伝える。まずはここの地図を見てくれ」


 マホの言葉を聞いて四人はテーブルに近づくと広げられた地図をマホが身を乗り出して指で示していく。


「現在、我々がいる位置はガルダ平原とその横に広がる森林地帯の中間にある通称"端"という場所だ。我々はこの位置を防衛しなければならない」

「ガルダ平原の中央に対して横から奇襲させないためですね」

「そうだ。帝国領はガルダ平原を南に下ればすぐそこにある。だがこの中央を除いて森林地帯に埋め尽くされている。移動も悪くモンスターも無視するのは難しい地帯だ。だからヤツらの戦力は中央そこに集中せざる負えない。――しかし」


 マホはガルダ平原の地図に示している指を端に持っていく。


「この我々がいる位置、ここは森も深くなく軍を進行しやすいだろう。ここを突破されれば中央にいるこちらの軍は横からの奇襲を受けなければならない。だからなんとしてもここを防衛する必要がある。幸いにもこちら側の視点からすれば森を抜けた先は見通しがいい草原と丘になっている。地理的には有利だろう。問題があるとすれば……帝国の新武装だな。情報によるとかなり厄介な武装をしているらしいが……」


 テーブルに乗り出した身を戻すとその視線をベリルとラティムに向ける。


「そこは君たち二人に任せよう。君たちには空から周囲を哨戒してもらう。先にヤツらを見つければ先手が取れる。こういう広がっている場所なら我々イースメイムの魔術師が大いに活躍するだろう」

「マホ指揮官……大変言いづらいのですが……ラティムはその、まだ飛ぶことができないのです」

「……なんだって? ……それじゃあここに来た竜騎兵は実質君だけじゃないか……!」

「申し訳ありません……」

「~~~ッ。……ここガルダ平原は三つの国の中継地点に位置する場所だ。ここを失えば連盟軍こちらにとって戦況は大きく不利になる……。主戦力は中央に集めるのは常識……いやだからとって……」


 口元に手を当ててブツブツと呟くマホだったが、何か吹っ切れたような顔をしながらベリルの方を見る。


「……飛ぶことができないだけで戦力としては問題ないんだな?」

「はい。それは大丈夫です」

「……よし。それならばウエスの部隊と一緒に動いてもらおう。戦線さえ維持できればこちらの魔術師による魔術による広範囲攻撃で一網打尽にできる。できるな?」

「……っ!」

「よし。作戦は以上だ。各自持ち場につき帝国兵に備えろ」



 ――


 作戦内容を聞き、リリーたちはテントから出ていく中ですれ違う形でイースメイムの魔術師が入りマホの近くまで寄ってきた。


「あの紫の子供が例のドラゴンって本当なんですか?」

「ああ。そうらしい」

「人がドラゴンになれるなんて、そんな存在がいたなんて未だに信じられませんよ」

「私もだ。まぁそれも今回の戦いで分かることさ。いや、やってもらわなければこちらが困る」


 丸眼鏡に指を当てるとマホは目つきを変えながらクイっと持ち上げる。


「ヴォリック様も無理難題を押し付ける。あの子供、例のドラゴンのことについて調査しろなどと……」

「しかし竜騎兵団も力が落ちましたね。あの子供とベリルとかいう若造しかこちらに呼ばせないなんて」

「中央は激戦になると予想はされている。帝国の切り札であるベイオ・グランツが来ればそれに対処しなければならないのは当然のこと。しかし、それでもこれしか寄こさないとは……」

「情報では彼の使役するドラゴンは特殊個体であると……」

「ならばそれ相応の地位に付かなければおかしいではないか。聖竜教もキナ臭くなってきたもんだ。……そうだ。あの他の二人、あれについて調べたか?」

「ピークコッドという少年は特に目立ったことはありません。しかしもう一人はかなり興味深い」

「ほう……? それはなんだ?」

「リリーとかいう少女。アノマリティーの可能性があります」

「アノマリティー……。なるほど、例のドラゴンを使役させたのはそのおかげかもしれんな。しかしアノマリティーがエリウムにも存在したとはね。聖竜教はあの子を"飼う"つもりなのか?」

「そこまでは……。いや、最近の聖竜教の状況を見ても可能性は否定できないですね」

「ふん。いつまでたっても傲慢なヤツらだ。あんな厄介な存在を手に収めようなんて、そこまでの器量があるとは思えんがね」

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