第29話
手紙の内容に思わずピークコッドは目を丸くする。
彼の口から洩れた一言を聞いたリリーは一つの疑問が頭に浮かび上がる。
それは竜騎兵の一員になったということはパートナーになるドラゴンがいるはず。
だがピークコッドにそれらしいのはなく、そもそもドラゴンと接点があったかさえ疑問だった。
「ピーコってドラゴンさんと仲良かったんですか?」
「そんなわけないだろ。あそこは聖竜教に認められたエリートが集まる場所なんだぞ。そもそもドラゴンと関わったことないのに」
「じゃあなんで……?」
「この手紙に書いてある……ほら……」
ピークコッドから手紙を受け取るとリリーはとりあえず開いてみてその内容を確認してみる。
その場の勢いで手紙の内容を目で追ったが書かれていたが、そもそも学がないリリーにとってまず何が書いてあるか分からないということもあり、複雑そうな文字列を見てとりあえず難しいことが書いてあるんだろうな、ということしか理解できなかった。
「う~~~ん……」
「……もしかして文字読めない?」
「まったく!」
「あ~……。じゃあそれ、貸して。えっとね……」
手紙がリリーの手から再びピークコッドの手に渡ると、ピークコッドが渋々といった表情でその内容を言葉にする。
その手紙にはピークコッドを正式に竜騎兵団の一員として迎え入れると書かれており、その理由としてリリーとラティムのサポートをしてもらうためだった。
(いやいや、どう考えてもおかしいだろこれって)
手紙には短い文章で簡潔にまとめられているが、それが単純なことではないのはピークコッドには分かった。
この手紙は聖竜教からでありその立場は竜騎兵団よりも上だ。
恐らく彼らは帝国からやってきたラティムの存在を危険視しており、不要な混乱を避けるため彼を知っている者をまとめて管理するためなのだろうと推測できる。
自分に宛てられたこの手紙からきな臭さを感じるのに十分であったのだ。
「つまりピーコがわたし達と一緒にいられるってことですか?」
「まぁそういうことだけど……うーん」
「どうしたんですか?」
「竜騎兵団ってことはさ……。要は戦いに出るってことだろ? 俺みたいな奴が出ても命がいくつあっても足りないよ」
「そ、そんなことないですよ!」
「今はまだ戦争が起きてないけど、それもいつ終わるかわかんないしそうなったら絶対最前線に行くじゃん? はぁ……」
頭を抱え蹲ってしまうピークコッドにリリーはどうすればいいかあたふたと焦っていると部屋の外から誰か歩いてい来る者の気配を感じる。
やがてその者がこの部屋の前に立ち止まると、その扉がゆっくりと開いていった。
「ああ、やっぱりここにいたのね」
それはヴィヴィの姿であり、蹲っているピークコッドとリリーを見て呆れたような顔をしながら部屋の周りを見渡した。
「え、何ここ……ガラクタだらけじゃない。……その様子じゃ手紙を見たって感じ?」
「えーっと……ヴィヴィさんこれは……」
「まぁその様子見ればなんとなく事情は分かるわよ。アンタみたいな奴に聖竜教が直々に手紙を出すなんてよっぽどだし。大方ラティム絡みでなんかあったんでしょ」
「…………」
「図星のようね。ちょっと見せてみて……。……なるほどねぇ。パートナーになるドラゴンも必要なしとはある意味かなりの待遇ね」
「俺だって別に好きでなるわけじゃ……」
「ふーん……」
いじけたような態度をするピークコッドを見下ろすヴィヴィは呆れたような表情をすると手に持った手紙を彼に向かってポイッと投げ捨てた。
「あっそ。じゃあいいわ。リリー行くわよ」
「えっ!?」
ひらひらと手紙が舞い、ぽとりとピークコッドの体に落ちたのを見てヴィヴィはリリーに声を掛けて部屋を出ようとする。
ヴィヴィの言葉に思わず立ち上がったがどうすればいいかわからずリリーは両方をキョロキョロとするだけだった。
「で、でも……ピーコが……」
「何? あんな奴庇う気? 言っておくけどこういうことに優柔不断な奴は何してもうまくいかないわよ。それにこなくても聖竜教に睨まれて息苦しい生活送るだけだから」
「そ、そんなこと……」
「ここって無属性の魔術を研究してた場所でしょ? まぁ何を研究してたかは詳しくないけど、なんか失踪したらしいしここも時期に不要になるわね。空き部屋になるのも時間の問題だわ」
「不要じゃねぇ……! 先生の研究は……間違ってない……!」
「間違ってない? だったら結果を出せばいいじゃない」
「そんなの先生がいなかったらっ……」
「だったらアンタがその先生を見つけるしかないじゃない」
ヴィヴィの一言にピークコッドは顔をあげて彼女の方を見る。
「な、何を言って……」
「アンタがリリーとなぜあんな場所で発見されたか調べたわ。そしたらアンタの先生が消息を立った場所まで同じルートを通っていた。そしてその先は帝国の領域。だから密入国しようとした。違う?」
「…………」
「もし帝国に連れ去られたなら、誰がその先生を助けるの?」
「……!」
「もしこの機会を逃せばこんな事もう二度とないのよ。それにリリーもラティムもアンタと同じ目的を持って戦いに赴こうとしている。もしもリリーたちのサポートが誰でもよいって選択あっても、たぶんアンタを選んでたわよ。そうよね?」
「そ、そうですよ!!」
「…………」
「今選びなさい。その手紙をなかったことにして、何もせずカビ臭くなるまでここに居続けるか。それとも腹を括ってリリーたちをサポートするのか。で、どっちなの?」
「…………」
「ピーコ……」
「……俺は……」
ピークコッドは限られた時間の中で考える。
頼りにしていた先生は失踪し、この研究も行き詰っていたのは事実だ。
自分一人の知識だけではどうしようもなく、この後に起きることはヴィヴィのいった通りになるだろう。
竜騎兵団としての地位を利用すれば少なくともここは空き部屋になるまで時間は稼げる。
そうなればここにある資料も残ることになり先生の功績も無駄にならなくて済む。
さらに帝国と強く関わればそれだけ先生の消息について知ることができる。
――だったら。
「俺は……やる……」
「……何を?」
「決まってんだろ……。この手紙の書いてあるとおり、リリーたちのサポートをしてやるって言ってんだよっ!」
「ピーコ!」
両手で頬を思い切り叩き、気合を入れてピークコッドは立ち上がる。
その堂々とした態度はさっきとは別人のように変わった様子にリリーは喜んで握手するように彼の両手を握る。
ピークコッドの元気になった様子に喜んでいるリリーの笑顔を見たピークコッドは少し照れながら視線を逸らしたのだった。
――
外はすでに夕暮れになっており、肌寒い風が三人を撫でていく。
先を行くピークコッドにリリーとヴィヴィが彼についていくように歩いていた。
「ヴィヴィさん」
「なに?」
「ヴィヴィさんって厳しいけど優しいんですね。まるでわたしのおじいちゃんみたいです!」
「なにそれ。意味わかんない」
例えに祖父を引き出されたことによくわからないという顔をしつつもリリーから向けらた優しい表情を見て思わず視線を逸らすように被っていた帽子を目を隠すように指で隠すようにずらした。
「あいつ……」
「?」
「あいつ見てると、昔の私を思い出すのよね」
「……?」
「なんでもない。ごめん忘れて」
何か誤魔化すように少し早歩きになっていくヴィヴィを不思議そうな顔でリリーは見ていた。
やがて中庭に到着すると、先に歩いていたピークコッドが立ち止まる。
そこには先ほどリリーたちを中傷していた生徒たちがいた。
「お、ピークコッドじゃん。子守りの仕事は終わったのか?」
「子守りじゃなくて篭もりだろ?」
「アッハッハ! たしかに!」
言いたい放題のピークコッドが苦虫を噛んだような表情をし、その場から離れようと歩き出そうとした瞬間、ピークコッドの後ろからヴィヴィが彼らの前に立っていった。
「何アンタたち。邪魔なんだけど」
「……! お前はヴィヴィネル……」
ヴィヴィの姿に生徒たちは一瞬で黙り、思わず後ずさりをする。
「はぁ……。誰だか知らないけどアンタたちってなんだか頭悪そうなんだからさ。さっさと帰って勉強すれば?」
「お前……!」
「おいやめろって……」
「こいつに喧嘩売るなよ……。消し炭にされるぞ……」
「ッチ……」
「何その舌打ち。聞こえたわよ。なんか文句あるの? そういえばアンタたちって何か決闘とかそういうの好きだったわよね。時間はまぁ遅いけど……アンタたち程度ならそんな掛からないでしょ。ムカついたらなら
「…………」
「あぁ~……あとね、今のうちに言っておくけど」
「……?」
「こいつ、ピークコッドは今日から竜騎兵団の一員になったら。よろしく」
「……は?」
ヴィヴィはピークコッドの肩に手を置いて彼が竜騎兵団になったことを生徒たちにバラすと、それを聞いた生徒たちは思わず目が丸くなった。
「おいおい……コイツが? さすがに嘘だろ」
「首席様にこういうこと言わせるなんて、お前一体何したんだ?」
「あら。アタシが嘘つきって言いたいの? ほらピークコッド、早く"アレ"を出しなさいよ」
「あ、あぁ……」
ヴィヴィのいう通りピークコッドは懐からさっきの手紙を取り出すと、ヴィヴィはそれを取り上げて彼らの目の前で見せつけた。
「おいこの封蝋……。マジか?」
竜騎兵団の上には聖竜教が存在している。
それは手を出せば厄介ごとになるという意味もあり、これからピークコッドに下手にちょっかいを出すことができなくなるということだった。
「…………」
「分かった? 分かったらさっさと前開けてよね。ほらリリーも、何後ろに突っ立ってるのよ。さっさと行くわよ」
「あ……は、はい!」
強引に前を歩くヴィヴィを見た生徒たちはそそくさと道を譲るように広がっていく。
その中をヴィヴィは堂々と、リリーとピークコッドは少しオドオドとした態度で通り過ぎて行った。
後ろから歯ぎしりや舌打ちのような小さな音がリリーの耳に入ったような気がしたが、それだけであり彼らがこちらに対して何もできなくなっているということに驚いていた。
「あ、それと……」
通り過ぎた後、何かを思い出したかのようにヴィヴィは立ち止まり彼らの方に振り向いて言った。
「アンタたちどうせ暇でしょ? アタシたちこれから忙しくなるから。校舎の奥にある研究室にコイツがいろんな器具借りてきたの代わりに返しておいてね」
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