第28話
ヴィヴィに手紙を見せてピークコッドに会いに来たということを伝えたが彼女は首を横に振るのを見てリリーは残念そうな顔をする。
「まぁでも。
「セミナー……」
ヴィヴィ曰く、学問の分野に特化した先生を中心に学生が集まるセミナーというのが存在しているという。
"先生"という単語を聞いてリリーはピークコッドと最初に出会ったときに話していたことを思い出していた。
(そういえばピーコはそういうこと言ってた気がする……)
「あの……」
「ん? まだ聞きたいことあるの?」
「えっと……。この青い魔術っていうのをいっぱい勉強しているところって知ってますか?」
「青い魔術……。無属性の魔術のこと? それだったらここよりも奥にある校舎にそういうのを研究している人がいるって聞いたことあるけど」
「そうです! たぶんそれです! ヴィヴィさん、ありがとうございます!」
ヴィヴィからピークコッドの手がかりを掴むとリリーは早速彼がいそうな所へ向かうことにする。
「おっとっと……」
走り出す直前、マッツから図書館の中は静かにというのを思い出すと、早歩きの速さで出口の方に向かっていく。
階段を降り、出口へと向かっていくとその横には持っていった本を元の場所に片づけているのマッツの姿が見えた。
「マッツさん! あっ……」
いつものように挨拶をしようと思わず大きな声を出してしまったことにリリーはしまったという表情をする。
怒られてしまうと思ったリリーだったがマッツはそれについて何も咎めることはせず、作業を中断してリリーのほうに静かに近づいてきた。
「何かわかりましたか?」
「はい!」
「それはよかった。しかし探していた人がすぐ見つかるといいですね。もうそろそろ太陽が傾いてくる時間です。この時期の夕方はまだ少しだけ暗く冷える。帰るときは遅くならないように気を付けてください」
「わかりました!」
「それと……」
「……?」
「ここには貴重な本もございますから、今後は魔術の発現は控えてくれると助かります」
「あ~……」
ヴィヴィの先ほど見せてくれた魔術が実はバレていたことに驚きつつも、マッツにペコリと頭を下げて別れの挨拶を済ませて図書館を後にする。
外に出ると先ほどまで暖かった空気が少し冷えているのを肌で感じつつ、ヴィヴィが言っていた校舎の奥側へと向かっていく。
校舎側まで一旦戻り、そこから奥の方を目指していると講義が終わった時間なのだろう。
ここに来たときよりも周囲に見える人の数が少し多くなっていた。
(そういば奥ってどこまでいけばいいんだろう……?)
リリーに通り過ぎる何人かの生徒から不思議な目で見られつつも、リリーはその視線にあまり気にしないで学院内を探索する。
奥まで行ってみると中庭が広がる場所にリリーは到着する。
リリーは足を止めて周囲を見渡すと、この広い中庭は講義を終えた生徒たちの休憩所になっているのかたくさんの人が談笑している姿が見える。
ふと隅の方に目をやるとこの落ち着いた雰囲気の中に一人だけコソコソと体を小さくして端を通っている者が目に入った。
「あれって……」
目を凝らして見るとそれは間違いなくピークコッドの姿であり、両手にはいくつかの器具入った箱が抱えられていた。
「ピーコ!」
「……あ?」
探していた彼をやっと見つけたことにリリーは嬉しくなってピークコッドの方へと走っていく。
自分の名前を呼ばれて反射的に振り向いたピークコッドはリリーの駆け寄る姿を見ると思わず足を止めてしまった。
「やっと見つけました!」
「え、ちょっとお前、なんでここに?」
「ピーコを探してたんです。それでヴィヴィさんからいそうな場所聞いてここに」
「へ? 俺を探してたの?」
「はい! えっとですね……」
リリーがポケットの中をまさぐって手紙を取り出そうとした時、二人の後ろから声が聞こえてきた。
「おいおい。あそこに何かいるぜ?」
その声の主は男性のものであり、二人は思わずそこに顔を向ける。
そこには複数の生徒がこちらを見ており、その内の一人がこちらに指をさしていた。
「うわ……めんどくせぇ奴来たな……」
「ピークコッド、お前今までどこいってたの? ずーっと講義サボってたっぽいけど。あ、そういえばなんか珍しい薬草探しに行くとか、そういう理由だったっけ?」
「…………」
「で? そんなもん探してさ、研究の方は進んだか? どうせサボるための口実だろ?」
「……そんなんじゃねぇよ」
「へぇ~。おいお前ら、違うってよ。じゃあなんだ? 理由ぐらい言えるよな?」
「それは……」
「……ほら。結局何も言えないじゃん。無属性の魔術なんて今時誰もやらないモノを研究してなんの意味があるんだ? あの研究室だって部屋の無駄だろ。他の人に譲ったほうがマシってことにいい加減気づけよ。落ちこぼれのための席なんてここには必要ないんだよ」
「……っ」
「ピーコはそんなんじゃありません!」
言いたい放題の生徒たちに黙って耐えるピークコッドを見かねたのか、リリーが彼らの前に立った。
彼女の放った言葉と態度は堂々としており、それは中傷をする彼らに対して全く気後れてなかった。
「ピーコはわたしとラティムを助けてくれました! だからピーコは凄いです!」
「なんだ急に?」
「何こいつ? てかピーコって誰?」
「こいつのことじゃね? ピークコッド、お前の名前覚えづらいってよ」
「お嬢ちゃんさぁ、こいつといると君もバカになっちゃよ~? そうなる前に早くおうちに戻りな?」
ピークコッドの前に立つリリーに生徒たちは一瞬だけ戸惑ったが、この状況の中では明らかに場違いなリリーの存在に対して逆にそれを茶化し始める。
初めのほうは気後れしなかったが、複数の生徒から受ける言葉にさすがのリリーも少しずつ心が蝕んでいくのを感じる。
リリーも何かを言い返そうとしたその時、彼女の後ろにいたピークコッドは箱を片手と体で支えると、空いた手でリリーの手を掴むとその場から走り去っていった。
「ピーコ!?」
「うるせぇ! とにかくこっから逃げるぞ!」
リリーの手を力強く掴みながらその場を走り去るピークコッドにリリーは黙って彼についていくしかなかった。
その背後では先ほどの生徒たちが罵倒と嘲笑のようなのが聞こえてくる。
ピークコッドの背中を見るとその悪意の塊から逃げているようにも感じた。
しばらく二人は走っていくと、やがて校舎からかなり離れた場所に部屋があり、その一室にリリーたちはたどり着いた。
ピークコッドは素早くその一室の扉を開けてその中に入ると、ピークコッドは息を切らしながらゆっくりと器具の入った箱を机へと置いた。
リリーも息を整えながらその部屋を見渡すと、その部屋はお世辞にも広くなく、また何に使うか全くわからない道具が散乱していた。
「ここまで来ればさすがにこないだろ……」
そう言いつつ箱の中に入った器具を取り出すと、空いている床に置いていく。
棚からはいくつかの薬草が入った瓶を持ってきて、それをガラス製の容器に入れていった。
「今の人たちって誰なんですか?」
「お前には関係ない……。無視していいよ」
「でも、ピーコに意地悪してました……」
「いいって……」
「あの人たち……」
「いいっていってるじゃん!」
ピークコッドの大きな声でリリーは思わずビクりと体を大きく震わせる。
「……わりぃ、大きな声で」
「ううん……」
「……とりあえず座れよ。結構走ったし。ここ、あんまそういうスペースないから」
リリーはピークコッドの隣に座るように促されるとゆっくりと腰を落とす。
気まずい雰囲気の空気であったが、ピークコッドは作業を淡々と進め始めた。
静かな部屋の中で響き渡るガラスの器具が擦りあう音、アルコールランプに火が着火した音、火が揺らめいている音……。
正確に取り分けたいくつかの薬草や粉末が入った入れ物の中に水を流し込み、それを火に掛けて抽出していった。
やがてその部屋には水の温度が上がっていくあげていく気泡の音が鳴り響いていった。
「……あいつらの言うことも納得してるから、お前はこういうことにあんま首突っ込まなくていいよ」
静まり返った空気の中、最初に口を開いたのはピークコッドの方からだった。
「でも意地悪とかそういう悪いことをしたら、ごめんなさいをするっておじいちゃんが言ってました」
「悪いことって……、あー……」
隣に座っているリリーの顔をちらりと見るとその顔は少し不貞腐れているような表情を浮かべている。
リリーのこういう感情をした顔を見たのは初めてであり、少しだけ驚いてしまった。
「…………」
納得してないような、そんな顔を見たピークコッドは視線を沸騰していく水溶液に移す。
やがて水溶液が沸騰したことでその色が変わっていく様子を見ながらゆっくりと口を開いた。
「俺って地方の孤児院からの出身でさ。小さい時からから意外となんでもできたんだよな。そこに魔術が使える爺さんがいて初歩的なモンを教えてくれたんだ。これがすぐに出来てさ、正直才能あったんじゃないかって思うほど簡単だったんだ。実際爺さんも素質あるって言ってたし……」
「…………」
「だから大きくなったらここに入学しようと思って必死になって金集めて入ったんだ。でも……なーんかつまんなくてな。いろいろ試したけどあんまうまくいかなくって……。そしたらこの部屋を使っていた先生に出会ったんだ」
「先生……」
「その先生さ。無属性の魔術を研究しててさ……。リリーって魔術のこういうこと知ってる?」
「わかんないです……」
「そっか。属性って主に五つに分かれているんだ。火と水、風と土。これらって大気中にある魔気にも含まれているんだ。だから地域によってこの属性の割合が変わってくる。魔術の出し方って自分の中にある魔力と大気中にある魔気を利用して魔法陣を作るんだ。そして発動した魔術にもしも魔気の属性が重なると効果が増幅するんだ。火の属性の魔気がたくさんあるところで火属性の魔術使えば効果倍増……みたいな。でも一つだけ該当しないヤツがあるんだ。それがこの無属性ってやつ」
ピークコッドはそういうと手から青い魔法陣を小さく展開されると、うす暗い部屋を青く照らしていく。
「無属性って何にも属さない純粋な魔力って感じだな。でもこれってあんまり重要じゃなかったんだ。発動する魔力も属性を絡ませたほうが汎用性が高いというか……。ともかく探求しても単純すぎるし頭打ちになってたから研究対象にはならなかったんだよな。そこに目をつけたのがウチの先生ってわけ。先生は誰もやらない無属性の魔術について研究しててさ。それでできたのがこういう魔道具ってヤツ」
ピークコッドが懐から取り出したのは以前ラティムに使った注射のような形をした魔道具だった。
中身が空の魔道具を見せつつアルコールランプの火を消して沸騰したガラスの容器を冷ましていく。
「魔道具って自分の魔力を流し込まなきゃ起動しないのがほとんどだけど、先生はそれを誰でも使えるようなモノを作っていたんだ。この注射もそう。まぁまだ試作段階で実用性はあんまないけど……」
「みんなのためにって凄いんですね」
「そうなんだよ。先生は凄いんだ! 例えばランタンってあるけど、火が使えない洞窟だったら魔力の光を代わりにできるヤツとか、水の魔気を吸って水に変える装置あれば畑仕事も楽になるし、いずれは魔力で動く風車があれば空に影響されないで済むし……。そういう魔気を利用した魔道具が作れれば魔力を使えない人たちにとってこういうのは絶対助けになるはずなんだ。まぁ今言ったこと全部空想でまだ手がつけられてないんだけど……いずれはそうなるって信じてる。……でも、先生はどっか行っちまった……」
「…………」
「先生のやってることは俺以外誰も興味持たなかったんだ……。だってそれがいつ出来るかはわからないし、この魔道具だってまだ実用性じゃない……。でも先生は無属性の魔術に何かの可能性を見て、それを研究しつつ魔道具を作りながらやってたんだ。俺もその可能性に希望があったし、だから先生をバカにするやつは片っ端から言い返してやったんだ。だからあいつらが俺に言い返してくるのもわかるってことなんだ……」
「……うん」
しんみりとした雰囲気の中、目の前の容器が冷めるのを待っている時、ふとリリーは何かを思い出したような顔をする。
「……あっ! 忘れてました!」
「ん?」
ゴソゴソとポケットから何かを探すリリーは中から手紙を取り出すとピークコッドに見せた。
「これ! 頼まれてました!」
「ああ、なんかさっき言ってたな」
ピークコッドはその手紙を受け取って封蝋を見たとき、何か嫌な予感をしつつも恐る恐る手紙の封蝋を剥がしてその中身を見る。
その内容を静かに見るピークコッドをリリーはその隣で内容が気になりつつも静かに見守っていた。
「なんだよ……これって……」
「……?」
「リリー……。俺、竜騎兵団になっちゃったかも……」
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