第26話

 アイリスとの模擬戦を終えた翌日、ラティムは飛べないというドラゴンとしての致命的な弱点を克服するために飛ぶ訓練をしていた。


「グウウ……」


 リリーは今日のやることを終えて、すぐに訓練場に向かいラティムの様子を見ていた。

 ベリルたちが見守る中、目をギュっ瞑って体全体に入れて翼を大きく羽ばたかせる動作を繰り返す。

 バッサバッサと大きな風を切る音を周囲に鳴り響かせるが、どれだけ翼を動かしてもラティムの体は宙には全く浮かぶことはなかった。


「ただ動かすんじゃなくて翼に魔力を貯めこむ感じでやればすぐに飛べるはずだよー!」

「グア!」


 飛べないラティムの目の前にアイリスが見本を見せるように地面から少し浮いた状態で見せる。

 朝からひたすらこれをしていたがなかなか成果が得られず、時間は昼にすでになると二人は先に昼食のサンドイッチを食べていた。


「う~ん……なかなかうまくいかないな。ラティムは魔力コントロールが苦手な感じなのかな?」

「それって難しいんですか?」

「そうねぇ……。そういうのは生まれつき本能でそのコツを掴むから飛ぶのが苦手という子はいなかったね。まぁでもラティムはちょっと特別な感じって聞くからそのせいかもしれないけど」

「たしかにそういうのかもな……。……ん? あれ? 団長?」

「やっほ」


リリーとベリルの後ろからマルティナスがいつの間にかおり、二人に声を掛けながらラティムの様子を見ていた。


「お姉さま! こんにちわ!」

「お姉さま?」

「そう。私ね、この子のお姉さまになったから」

「えへへ……」

「なるほどねぇ……。ところで団長、こんなところに来てなんかあったんですか?」

「あっ! そうそう。ちょっとね、リリーに渡すものがあったんだ」

「わたし?」


 マルティナスは何かを思い出したかのようにそう言うと懐から一枚の手紙を取り出すと、それをリリーに手渡す。


「はいこれ。リリーには少しやってもらうことあってね」

「これって手紙ですか?」

「そう。リリーにはこの後にお使いをしてもらおうと思って。この手紙をね、貴方たちと一緒にいたピークコッドに渡してほしいのよ」

「ピーコに?」

「そう。その子は今だと魔術学院にいるはず。そこに行くんだけどリリーはエリウムに来たばっかでしょお使いのついでに? この街を見るいい機会かもって思ったのよ」

「なるほど~」


 ピークコッドの名が出たことに少し驚きながらもマルティナスから手紙を受け取る。

 その手紙に貼られている封蝋のデザインがドラゴンをモチーフにしているのが印象的だった。

 リリーは手紙をポケットの中に大事にしまうと、片方に持っていた食べかけていたサンドイッチを口を大きく開けて運んでいった


「もふっ!」

「あらら。そんなに焦って食べなくても時間はまだあるからね」

「れも! ほてもおいひいから、らべちゃいます!!」

「ふふ、何言ってるか全然わからないわ」

「団長はこの後何もないんですか?」

「いや、手紙を渡したらフレデリック様の所へ行くつもりよ。束の間の安息ね」

「そうですか……」

「それよりもアイリスはあの様子だとラティムに中々厳しいね」

「はは。たしかに。でもアイリスがあんなに他のドラゴンとかに関わってるの、なんだか珍しいです」

「……たしかにね」


 アイリスとラティムの訓練の様子を見て二人は何か思うとこあるような会話を聞きながらリリーは口いっぱいに入ったサンドイッチをモグモグと咀嚼し、ゴクンという音を立てて喉を通していく。

 サンドイッチを食べ終えたリリーは訓練中のラティムに向かって大きく息を吸った。


「ラティムー! ちょっと出かけるから! ラティムも頑張ってねー!」

「……ッ!!」


 ラティムに手を振りながら大きな声で呼びかけるとラティムもそれに気が付いてリリーの方を見る。

 その声にラティムは気づき、顔をリリーに向けたがアイリスに"集中しろ!"と怒られる。

 アイリスに叱咤されながらも頑張って飛ぼうとしているラティムの姿を見たリリーも何かを頑張ろうという気持ちになっていた。


「…………」


 リリーはいつも自分を支えてくれた存在であったが、常に自分をリードしてくれることにラティムは少しだけ複雑な気持ちだった。

 もしも自分がちゃんと飛ぶことが出来れば彼女の助けになり、ちゃんとした状態で隣に立てるかもしれない。

 訓練場を後にするリリーの背中を見て少し寂しさを感じながらもラティムも頑張ろうと決意し訓練に力が入るのだった。



 ――


「えっと……この道をまっすぐ……」


 訓練場を出る前にリリーはマルティナスから簡単に魔術学園への道を教えてもらっていた。

 マルティナスの教えられた通り、寄宿舎を抜けてしばらく道なりに歩くと街並みが見え始める。

 人の活気もそれに伴うように増していき、リリーはすれ違う人々を横目に見ながらさらに奥へと向かっていく。


「わぁ……!」


 やがてリリーは整列された建物が並ぶ道に出る。

 ベーカリーからパンが焼かれる匂い、花屋には見たことない種類の花の香り。

 道から少し外れた場所にあるどこか怪しい建物からは薬品によるツンとした癖のある臭いが漂い、リリーの鼻を擽っていく。

 村には決して見ることのができなかったこの光景はリリーを興奮させ、好奇心を強く刺激させるのに十分であった。

 それはいつの間にか歩く速さが少しずつ増していきいつの間にかリリーはこの道を走っていた。

 やがて街の奥へとたどり着くと、そこには街の中心を象徴するかのような大きな噴水が目に入った。


「ふぅ~……」


 リリーは噴水の近くで足を止めると、一旦ここで休憩することにした。

 噴水から湧き出る冷たい空気が火照った体を冷やしていき、それがまた心地よい。

 しばらくそこで立ち止まり、息を整えたらリリーは周囲を見渡してある目印を探してみる。


『魔術学院は中央にある噴水についたら一旦止まって周りを見渡す。すると黄色い葉っぱがある木が見えるはず。そこの先に学院はあるけど、その木はたくさん並んでるからすぐ分かると思う』


 マルティナスの言葉通りこの場で見える黄色い葉の木は意外と目立っており、休憩を終えたリリーはその方向へと歩いていく。

 黄色い葉の木の道は一本道であり、これならば変に路地に入らなければ迷うことはないようだ。


(見たことない木がいっぱいあります)


 さっきまで興奮していた心が落ち着いてきたのか今度はゆっくりとした足取りで歩いていく。

 足元には黄色い葉がいくつか舞い落ちており、舗装された道にそれらを踏む感触はリリーが村にいた時の草原の感触に似ており懐かしさを覚える。

 左右の景色は先ほどのような賑やかさはなく建物がひっそりと立っている。

 人の姿もほとんど見ないこの場ではリリーだけがこの道を歩いているような気分であった。

 静かな空間に足元で踏み鳴る葉とその感触、そしてこの道に流れてくる優しい風がまだ少し火照った体を撫でていく。

 その心地よさに思わずリリーはただ歩くだけで楽しくなっていた。


「楽しそうだねお嬢ちゃん」


 すると男性の声がリリーに掛けられるとリリーはハッと我に返ってその方向を見る。

 その男性は軽装だが槍を装備しており、その後ろには大きな門があるのを見てここを警備している兵というのがリリーにも分かった。


「楽しそうなとこ悪いんだけどお嬢ちゃん、もしかして迷子になってないか?」

「あ、えっと……。ここが魔術学園ですか?」

「ああそうだよ。それでお嬢ちゃんはどこから来たの?」

「うーんと……マルティナスさんからお使いを頼まれました!」

「え? 竜騎兵団……? この子が?」

「はい!」

「ははっ! 竜騎兵団ごっこは俺も小さいころやったことあるよ! でもねぇお嬢ちゃん。そういうのは悪戯で使うもんじゃないよ? バチが当たっちゃうからね」

「むむむ……」


 警備兵はリリーの言葉を聞いて一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにそれはこの子の冗談だと思い込むと彼女の言葉を信用はしなかった。

 そんな態度にリリーはほんの少しだけムっとしながらもポケットから手紙を取り出して警備兵にそれを手渡した。


「これを、この手紙をピーコに渡しに来ました!」

「はいはい。なるほどねぇ」


 手紙を見せたリリーの手から警備兵が最後までこの悪戯に乗ってやるかと言わんばかりの態度でそれを手に取って見てみた。


「どれどれ……。……え、この封蝋、本物のドラコレイク神殿のモノじゃないか……! こんな大事な物をこの子に……?」

「ピーコにそれを渡すんです!」

「ピー……コっていうのは知らないが、たぶんここの生徒だよな? ヴィヴィネルのことじゃないというのも……う~ん……」


 警備兵は目の前の少女がこんな大事な物を持ってきて、さらには竜騎兵団の一人であるヴィヴィネルに会うためではなく名も知らぬ者一生徒に渡すということに驚きを隠せなかったが、さすがにこれに関しては通せざる負えない。

 警備兵はリリーに手紙を返すと学園の門をゆっくりと開いてくれた。


「気を付けて行けよ。ここは広いからあまりうろチョロしないようにな」

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