第25話

 二回目の模擬戦の開始が鳴り、先に動いたのはアイリスであった。


「ガァッ!!」

「……ッ」


 アイリスは一回目の時と同じように素早く動き回ってラティムをかく乱していく。

 しかしこの動きに目が慣れたのか、それともリリーから得た魔力によるものなのか、さっきまで目で追うのが精いっぱいだったラティムだったが、今は落ち着いている。

 その様子は先ほどとは違い体を素早く動き回るアイリスをしっかりと捉えていた。


「……ッ!!」


 アイリスの動きは軽快なステップでこちらの間合いを図り、詰める戦法を取っている。

 さっきはその動きに強引についていこうとしたが、脚だけではこの重い巨体に慣れていなかったためか逆に制御できずにいた。

 今度はアイリスの動きを真似するかのように一歩一歩を大きく踏み込み、その勢いをつけていく。

 旋回など細かい動作は翼を動かして微調整していくと、やがてアイリスの後ろにつくことに成功する。


「グアッ!」


 体全体を利用して動かし、自分に追いつこうとするラティムを見たやっとまともに戦えるという顔でアイリスはラティムを睨みつける。

 アイリスは自身の体の細さを生かし、空気抵抗を極力受けないようにピンと体を張った体勢になるとその速度は先ほどよりも増していく。

 その影響は訓練場を広く活用することになり、いつの間にか辺りに強い風が吹き荒れていた。


「あっちゃぁ……本気になっちゃった……」

「アイリスちゃんもの凄く速いです……」

「でもラティムもかなり食いついてきてる。見た感じはいい勝負だ」


 本気になったアイリスにラティムも懸命に追いつこうとするが、逃げるアイリスの方が一枚上手なのか中々その背中を捉えることができない。

 それどころか時折アイリスはラティムの背後を取ると、体で体当たりをしてすぐにその場から離れる。


「~~~」


 アイリスのヒット・アンド・アウェイの行動はただそれだけではなく、"自分はいつでもお前を組み伏せることができる"という挑発も含まれている。

 その証拠にアイリスは後ろを振り向きながらラティムを見てニヤリと笑っている。


「……ッ。……」


 何度もこのの攻撃を食らえばさすがにラティムもその意図に気づき始め、ラティムは一度立ち止まりゆっくりと怒りの感情が沸き上がっていく。

 その感情は体の内側から一か所に溜まっていき、その溜まった不快感を吐き出そうと喉元へとせりあがってくる。

 ラティムの背中を取ったアイリスがそろそろ終わらせようと、組み伏せる体勢へと整えた時、目の前のラティムの変化に気が付いた。

 ラティムの体は青く発光し始め、遠くにいたリリーたちにも彼の体から魔力が漏れていることを察した。

 背後を取ろうとするアイリスの動きはすでに立ち止まることはできず、そのまま突っ込んでいくとき、ラティムは彼女の方に顔を振り向くと喉に詰まっていた不快感を吐き出すように口を大きく開いた。


「ガアアッ!!!」


 瞬間、アイリスの全身の血の気が引くような急激に冷える感覚が襲う。

 それは今すぐここから離脱すべきという生命的な危機感だということを本能で理解し、意識せずとも体が反射的に回避行動を行っていた。

 翼を広げ、一気に魔力を込めて飛び跳ねる。

 ラティムの口からは青い火球が飛び出すと、アイリスの横をスレスレで通り過ぎると遠くの地面へと着弾し、そして爆発した。

 ――ドゴォンッ!! という爆音が訓練場に響き渡る。

 爆発した青い火球は周囲に青い火をまき散らすのを見てアイリスとベリルは目を大きくしてその光景を唖然とした表情で見つめた。


「あの青色って……もしかして魔力がこもっているのか!?」

「あ、あれって前もやってました!」

「えっ!?」


 リリーがその光景に指を示してベリルに伝えると、その言葉に息を飲んだ。

 確かにドラゴンは息吹袋によって火球などのブレスを吐くことはできる。

 だがそれは息吹袋から生成されるのは炎を塊にするか放射しかないが、それを制御するのにある程度の魔力が篭ってはいる。

 しかし元来の色である赤く滾っている火を上書きするというほどではない。

 ラティムが放った青色の火球ということはそれほどまでに魔力が込められているということの証明だった。


(確かにブレスは吐けるって聞いてたけど、あれほどの火球ってグローリー並みじゃないか……!)


 まだ訓練を十分に受けてない状態のラティムを見てその潜在能力の高さにベリルはゾッとしてしまったが、対峙するアイリス本人はそれを見て逆に興奮していた。

 互いに興奮状態になり、アイリスが挑発的な笑みを上げるとラティムはもう一度青い火球を何度も吐き出した。

 吐き出したそれらは先ほどよりも小さくなっているが、その分だけ放たれる速度は上昇していた。


「ッ!!」

「まさかもう制御できているのか!?」


 威力は見るからに落ちているとはいえ、連射と弾速が上がったラティムの攻撃にアイリスはそれらを避けるだけで精一杯だった。

 その隙をラティムは見逃さずにアイリスの方へと一気に詰め寄る。

 さすがのアイリスもこのままではやられてしまうと判断したのか、素早く動くために小さく収めていた翼を大きく広げると一気に空へと飛びあがった。


「……ッ!」


 空中で停滞したアイリスにラティムは再び小さい火球でアイリスに攻撃し始める。

 だが地上にいた時よりも空中にいるアイリスの機動力は格段に上がっており、その動きは明らかに違っていた。

 ラティムはひたすら火球を吐き続けて牽制し、アイリスはその隙を伺うように距離を見計らう。


(あれ……?なんでアイリスちゃんは火を吐かないんだろう……?)


 そんな二匹の攻防を見ていたリリーはふと、この疑問が浮かび上がった。

 ラティムの放つ攻撃を回避し続けるアイリスを見て彼女も空から火球を放てばそれなりに攻撃の手が緩まるはずだ。

 しかし彼女はその行動をする挙動は一切見せず、ひたすら回避をして反撃を伺うままだった。


「あの……ベリルさん」

「ん? どうしたんだい?」

「なんでアイリスちゃんはラティムみたいに火の球を口から出さないんですか?」

「あー……それはね……」


 素朴な疑問をベリルに投げるとベリルはアイリスをチラりと見た後、少しだけ間を空けて静かに口を開いた。


「アイリスはね……ブレスを出さないんじゃなくて出せないんだ。……彼女は生まれつき火が吐けないドラゴンなんだ」

「え……?」

「びっくりするだろう? ドラゴンが火を吐けないなんて。理由は未だに分かってないけど、そのせいでイジメとか色々あってね……。だからアイリスをパートナーにしたときは苦労したよ……。初めて出会った時、あの子は孤独でね……誰にでも噛みついていたから……」

「…………」


 ベリルの話を静かに聞いていたリリーはその内容に心の中でなんとも言えない気持ちになっていた。

 というのもリリーが生きていた村ではそういうイジメのようなことは一切なく、お互いが助け合うというのが当たり前の世界にいたからだ。

 当たり前だと思っていた事が違うこともあるという事実にリリーの心の中は悲しみの感情の中にさらに複雑に別の感情が入り混じったような気持ちになると思わず俯いてしまった。


「ま、まぁでも! 今は竜騎兵として立派なドラゴンになってるから! 性格も昔に比べてかなり良くなったし! あとあの子って意外と優しい一面あるから!」


 悲しい表情になったリリーを見てベリルは慌てて話題を変えようとあたふたしながら元気付けようとする。

 するとラティムとアイリスが戦っている場所から音が聞こえなくなったのに気が付くと、そこを見るとアイリスとラティムが互いに睨みあっている状態だった。


「グウ」

「……」


 どうやらラティムの攻撃が飛んでいるアイリスに一切当たってないことにさすがに火球の攻撃を止めていた。

 空から見下しているアイリスを見たラティムはゆっくりと翼を動かし、徐々にその速度を増していく。


「お、ついに飛ぶ感じか?」

「ラティムって飛ぶんですか?」

「……ん? そりゃあアレを見れば飛ぶと思うけど……どうして?」

「ラティムが飛ぶとこ、初めて見ます」

「……え?」

「グオオッ!」


 大きな声で鳴いたラティムは翼を羽ばたかせながら地面を蹴り、跳躍するとその巨体が飛んで浮かび上がる。

 一瞬、誰もがラティムがこのまま飛んで羽ばたいていく思ったが浮いたラティムは前に高く跳躍しただけになり、そのまま地面へと落っこちていく。


「……グァ?」


 ラティム本人も飛べると確信していたのか、受け身を取れる姿勢ではなかったために体全体で地面へとうつ伏せに倒れ伏した。


「あっちゃ~やっぱこうなっちゃったか……」

「あぁ……」

「ラティムちゃん、飛び方がまだわからなかったのねぇ」


 ふとリリーたちの横から声が聞こえると、そこにはマナティーがおり、訓練場にいる二匹を見つめていた。


「あれ? マナさん。なぜここに?」

「ごめんねぇ訓練中に。何か大きな音がしてねぇ。心配だから見に来たのよぉ」

「なるほど……。まぁでもいい時間だし訓練はこの辺で終わりにしますか。ラティムが覚えなきゃいけないことは判りましたし、区切りとしては丁度いいですね」

「まさか飛び方が判らなかったとはねぇ。それで今日はここまでなんだよねぇ?」

「……?。そうですけど……」

「そうなの~。じゃあ戻る前にねぇ……」

「……?」

「ここでいっぱい暴れたでしょ。こんなんじゃあ次の人が使うとき困っちゃうよねぇ? お片付けしなきゃね?」


 マナティーが指で示した場所を二人は目で追うと、そこにはラティムの火球で訓練場の地面が穴ぼこだらけの光景を見るとベリルは思わず「あっ」と声が漏れてしまったのだった。

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