第23話

 ドラゴンたちのご飯が全てなくなるとマナティーは掃除するために寄宿舎のほうに戻っていき、リリーは一人でご飯が入っていたタルを丁寧に洗っていく。

 朝から大変な労働だったが、似たような作業も村で飼っていた家畜の世話に近くそこまで苦ではなかった。


「ふぅ……」


 全てのタルを綺麗に洗い終えると、額から出た汗を手で拭って一息をつく。


(ラティムは今何してるんだろう……。大丈夫なのかな……?)


 リリーと別れたラティムはベリルとアイリスによる訓練を行っているはずだ。

 一体どんな訓練をしているのだろうと疑問が浮かび上がると、その様子が気になり始めた途端に体がソワソワし始める。

 リリーが今日のやるべきことは全て終了した為、早速ラティムのいる訓練場へと向かっていった。

 訓練場はここから少し離れた所にあるが一本道であるため迷うことはない。

 リリーは訓練場に近づいていくにつれてラティムの気配も強くなっていくとそれと同じように歩く速度も早くなっていく。

 歩いていた足はやがて小走りになっていったところでリリーはラティムがいる訓練場へと辿り着いた。


「うわぁ~」


 そこは想像していたよりも広く、ドラゴン同士の模擬戦を行っても十分なほどであった。

 この広い空間の中心にラティムたちの姿が見えると思わずリリーはそれに目を丸くする。

 そこにはドラゴン化したラティムが本体化したアイリスに組み伏せられている姿が目に映ったのだった。


 ――




 竜騎兵たちが朝の食事を終え、それぞれが今日の仕事に就いていく中でベリルは一人で寄宿舎の外でラティムを待っていた。

 朝の気温は少しだけ肌寒く、日の光の中に入って今日の自分のやるべきことを思い出していた。

 帝国との戦争が近い今、ラティムの戦闘面について知る必要がある。

 報告によるとラティムの能力は周囲の魔気を取り込み、己の力と化すというのは判明しているが、それがどれほどなのかという詳しい部分はまだ謎が多い。

 今日の戦闘訓練でラティムの実力を見極めるということをベリルは任されたのだ。

 そのことを思い出していると、寄宿舎からどんどんと他の竜騎兵が出払っていき、やがてその流れも無くなっていく。

 寄宿舎から人が出払ったのか周囲の雰囲気は静かになると、入口からラティムがそっと顔を出してベリルの方を見た。


「お、ようやく来たか」

「ギャウ!」


 アイリスはベリルの肩に乗ってラティムに声を掛ける。

 待ちくたびれたような鳴き声を聞いてラティムは小走りでベリルの方へと駆け寄って彼の顔を見上げた。


「えっと……ラティム君? とりあえず今日は訓練場でいろいろとすることがあるから、まずはそこまでいこうか」

「…………」

「あれ、聞こえてない……?」

「ガウ!!」

「……!!」


 ベリルの言葉に無反応であったが、アイリスがベリルの言葉を代弁するとようやくラティムは反応してくれる。

 アイリス曰く、とりあえずはベリルのあとについてくれるらしい。


(う~~ん。これって本当にどういうことなんだろう……。ドラゴンと会話できるはずの僕らやフレデリック様にはラティムの声が全然伝わらないけどリリーやアイリスには通じているんだよなぁ……。どういうことなんだろう……。一応はアイリスがいればコミュニケーションはとれるけど……)


 う~~ん、と頭を悩ませつつ訓練場へと向かっている間にふと後ろからついてきているラティムの方を振り向く。

 そこにはラティムの近くでパタパタと飛んで何かを言っているアイリスとそれを静かに見ているラティムのところを見て、やはりドラゴン同士なら会話が可能というのを見るとリリーのアノマリティーとしての素質はドラゴンに関係するものなのかと想像する。

 だがドラゴンが信仰されるこの地では彼らが隠れて過ごす意味が分からず考えれば考えるほど頭の中がこんがらがっていった。

 そうこうしているうちに訓練場へと到着すると、早速ベリルはアイリスとラティムを対峙させることにした。


「ラティム。これから君の力を見せてもらうんだがまずはドラゴンに変身することはできる?」


 一応はラティムに話しかけてコミュニケーションをとるのを試みていくことにした。

 アイリスはベリルの合図を聞いて自身の魔力を開放し始め、本体化を始めていく。

 一方ラティムはアイリスが目の前で本体化を行いドラゴンに成っていくと、ラティムもそれをしようとして目をギュっと瞑って力を込める。


「……!」

 。

 しかしいくら体に力を込めてもその様子は全く変わらず、逆にドラゴンになろうとしている必死な顔にアイリスは思わず吹き出してしまった。


「あれ、なんでラティムはドラゴンになれないんだ?」


 ラティムがドラゴンになる条件は周囲の魔気を取り込み、それを自身の魔力へと変換させるというのは分かっている。

 魔気自体はいくらでもある。ラティムがドラゴンになろうとした時も体には僅かに魔力の気配があったのはベリルも感じ取っていた。

 にも拘わらずドラゴンになることはできなかった。


「グァ……」


 別の要因を考えている間、アイリスが待ちくたびれたような顔でベリルの方を見ている

 その時、ふと思いついたのは単純にドラゴン化するための魔力が足りないのでは?ということだった。

 ではそれをするのにどうやってその分の魔力を供給するかということの問題にベリルはぶつかった。


(魔気を吸収してそれを自分の魔力にしているなら、こっちが直接魔力をあげるっていうのはできるのか?)


 魔力を分け与えるという行為は今まで聞いたことなかったため、ベリルはこの考えにたどり着いたがそうなった場合自分がどのようになるのかは想像が尽かない。

 だが今は躊躇している場合ではないということで、未知なる恐怖を払うように頭を振った。


「…………」


 ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえるほど緊張した様子で恐る恐るラティムの肩にベリルは触れてみる。

 以外にもラティムは人の体温と同じような感触で少しだけ呆気にとられていた……と思った瞬間、ベリルの手のひら全体に鋭い刺激が一気に走っていく。


「なっ!?」


 冷たく針のような刺激は指先から手のひらの内に流れるように伝わり、さらにそこから自分からラティムに触れている肩へと何かが吸い寄せられていくような感触を味わっていく。


「うっ! これは!?」


 その刺激は手のひらまで収まらず手首まで浸食し始めると、ベリルはその瞬間に自身にとって何か危機が迫っているというのが頭の中で大きく警報が鳴り響く。

 咄嗟にラティムから自分の手を引きはがすとベリルは息を切らして彼から離れた。

 無意識にベリルは自分の手のひらを見ると、そこには何も傷跡はなかったが自分の内にある魔力がごっそりと抜け落ちているのを感じ取った瞬間、思わず足がもつれ、ふらついた。


「グア!」


 アイリスが咄嗟にベリルの襟を口で咥えて倒れるのを防いであげる。


「あ、ありがとう。もう大丈夫。ちょっとふらついただけだよ」

「グァ……」


 ベリルは今のが自分の魔力が吸われる感触なのだと理解すると、少し触っただけでこのような状態なのにリリーの場合は話を聞く限りなんともないということだった。

 もしもリリーの内にある魔力を最大限までラティムが今のように吸い取ってしまうとどうなるかという疑問が浮かび上がっている時ラティムの体が光り始めていく。

 やがてその光は大きくなり、目の前には紫色のドラゴンが立っていた。


「一応はドラゴンに成れたみたいだね。それじゃあラティムの実力を見るために君たちには模擬戦をしてもらうよ。アイリス、これはそういう訓練だから本気で戦っちゃだめだよ?」

「ガァ!」

(大丈夫かな……)


 アイリスは結構"熱くなる"タイプでムキにならないか心配しつつ、二匹の戦いに巻き込まれないように距離を取っていく。

 十分な距離を取ったベリルは背中に背負っていた折りたたまれた弓を広げると手から小さい魔力の矢を生成した。


「よし、それじゃあこの矢を飛ばすから弾けたら開始の合図だよ」


 ベリルは弓を空へと構えて、そのまま矢を放つ。

 矢は空へとある程度真っすぐ飛ぶと生成するための魔力が切れたのか空中へと四散した瞬間、両者が一斉に動き始めた。



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