第22話

 深い底から水面へと上がっていくようにリリーの意識は少しずつ覚醒し始める。

 その意識は徐々に鮮明になっていき、体から心地よい感触が伝わってくる。


「ん……」


 ゆっくりと瞼を開き、体を起こしていく。

 目を擦りながら体を伸ばしていくと、段々と目も冴えてくるとその一室を見渡した。

 窓からは朝日が照らされておりリリーが寝ていた少し大きめのベッドの中には一緒に寝ていたラティムの姿があった。


「…………」


 リリーはこの一室を見渡すとラティムを起こさないように静かにベッドから降りると自分のやるべきことを思い出していく。

 昨日、フレデリックからの頼みを聞いた後、リリーとラティムは竜騎兵団に保護されるという形で彼らの住んでいる寄宿舎に行くことになった。

 幸いにも部屋は空いており、元々の持ち主は体格の大きい人だったようで備え付けられていたベッドの大きさは二人でも十分であった。

 ちらりとラティムの方を見るとまだ気持ちよさそうに寝ている。

 村を出て数日、様々なことが起こりその疲れが一気にきたのだろう。

 リリーは彼の顔を見た後、扉の方へと歩いていき部屋から出て行った。

 寄宿舎の中は二階建てになっており、まだ他の人たちは眠っているので起こさないように静かに一階に降りていくといい匂いがしている場所の方へと向かっていく。

 リリーが向かったその先は厨房であり食材がいっぱい積まれている。

 その中にスープが入っている鍋をゆっくりとかき回している一人の女性がいた。


「おはようございます! マナティーさん!」


 マナティーと呼ばれたその人物はリリーの声に気が付いて彼女の方へと体を向ける。

 その女性は人の姿ではなく、フレデリックと同じドラゴンの姿をした人であった。

 淡いピンク色の鱗で覆われており、フレデリックとは違い髭はない。

 細い老人のようなフレデリックとは違い、彼女はとてもふくよかな体つきをしており

 包容力が溢れ出そうなその体格は竜騎兵団の寮母と言われても違和感はなかった。


「あらリリーちゃん。おはよう。ちゃんと起きれて偉いねぇ」

「えへへ……」

「それじゃあ早速だけど、作った朝ごはんを食堂まで運んでくれるかしら?」

「わかりました!」

「ああ、それとね。あたしのことはマナさんでいいわよ。皆もそう呼んでくれてるからねぇ」

「はい!」


 マナティーから指示をもらいリリーは作られた料理をテキパキとテーブルへと運んでいく。

 運ばれる料理は具材が細かく刻まれ、柔らかく煮込まれたスープと小さめのパンがたくさん入った籠をテーブルへと並べていく。

 先日リリーとラティムは帝国と戦うという意思を見せたが、まだ期間はあるということもあり彼にはある程度の訓練が必要だと言われ、リリーはそのサポートを任されていた。

 とはいえラティムに比べてリリーのやることは限られているので彼女は寮母であるマナティーのお手伝いさんという役割を命じられたのだった。

 マナティーもここに可愛い子が来てくれれば皆も明るくなるといってそれを了承し、他の竜騎兵団の人たちもそれに同意した。

 しばらくすると二階から竜騎兵団の人たちが降りてくるのを見て、そろそろ皆が起きる時間というのがわかる。

 リリーは料理を並べ終わった後、早歩きで食堂から出るとすれ違う竜騎兵団の人たちに朝の挨拶を交わしながら自分の部屋へと戻っていく。

 道中、まだ眠そうなベリルとアイリス、そして身なりを整えたマルティナスとグローリーと朝の挨拶をしながら自分の部屋へと入っていった。

 部屋の中にはまだ眠っているラティムがおり、起きる気配がなさそうな彼にリリーは近づいて体を揺らした。


「朝ですよー。起きてー」


 声をかけるだけじゃビクともしなさそうなラティムの体を何度も揺すっているとやっと目を覚まし始めた。

 大きな欠伸をしながら手を大きく伸ばして体を目覚めさせたが、瞼は半開きになった彼は未だに目は眠そうであった。

 とりあえず上半身を起こしたラティムを見てリリーはクローゼットの方に向かうとその中にあった物を引っ張り出した。

 リリーが手に持ったそれは昨日フレデリックと別れるに彼からもらった『緑魔のマント』という物であった。

 小さく畳まれたそれを広げると少し大きめのマントでありフレデリックの体色を表しているかのような緑色の装飾が施されている。

 彼曰く、自分のような竜人がドラゴンに変身するとき毎回"大変"だから自分の魔力で修復されるマントを制作したという。

 だがそれも今は大司祭という立場上、長いこと使う機会がなかったということでこのマントをラティムに譲るということだった。


(たしかにドラゴンさんになるときに毎回服がなくなったら寒いよね)


 そんなことを思いつつ広げたマントをラティムに着せようとベッドの方へと振り向くと、そこには大の字の恰好でラティムが寝息を立てながら二度寝をしていたのだった。




 ――



 二度寝をしそうなラティムを再び起こして、彼に緑魔のマントを着させる。


「あ~。髪がこんなに」


 寝ぐせでボサボサの彼の髪の毛が気になり、リリーがそれを整えてあげてもラティムはまだ眠そうであり、そのまま手を引いて食堂の方へと向かうことにする。

 食堂はすでに他の人たちは食べ終えているようであり、ベリルも食器を手にもって片付けるところをすれ違った。


「今日の予定は僕と一緒に訓練することになってるから食べ終わったら外に来るようにね」

「……!」


 すれ違ったベリルから今日の予定を聞かされ、二人はマナティーから朝食を受け取りテーブルに席に着く。

 今日の朝食は具沢山のスープと卵を焼いたものとパンが少々という内容であり、添えられたフォークとスプーンにラティムは少し戸惑っているようだった。


「……!」


 ラティムはこの前教えられたことをなんとか実践して朝食を平らげていく。

 二人は朝ごはんを食べ終わるとラティムは外で待っているベリルとアイリスと出会うと、そのまま敷地内にある訓練場へと連れられて行った。


「いってらっしゃい!」


 リリーはベリルたちに手を振って見送る。

 リリーと別れる際、ラティムは寂しそうにリリーの方を何度も振り返り、中々歩き出さないのにイラついたのかアイリスが彼の髪の毛を口で噛み、強引に連れていかれていった。

 リリーのこの後の予定はマナティーと食器洗いや洗濯などの仕事が待っており、ラティムが訓練場へ行くのを見送ると、リリーも頑張らなきゃと気合が入る。


「それじゃあリリーちゃん。私たちも頑張りましょうか」

「はい!」


 リリーは元気な声で答えるとマナティーの後ろをついていく形で仕事を覚えるために気合を入れて歩いていく。

 まずは大量の食器を洗う作業から始まり、小さい身長で足りない高さを木箱の上に乗って補い、マナティーが洗った食器を清潔な布で水気をふき取っていく。

 マナティーの手際の良さで積みあがる食器をリリーは懸命にさばいていった。

 大量の食器をふき終えたリリーはいつの間にか額に汗をかいており、それを腕で拭って一息をつく。


「ふぅ……」

「お疲れ様、今度は洗濯ものだよ。コレを片付けるから先に外で待っててねぇ」


 大量の食器を手際よく片していくマナティーを見つつ、リリーは木箱から降りて外の方へと小走りで向かっていく。


「わわっ」


 外へとリリーは出ると、陽の光でつい目を手で覆い隠す。

 朝の爽やかな匂いが風に乗って鼻をくすぐると、その匂いの中に何か別のものをリリーは感じ取った。

 その匂いの方向に顔を向けると、そこには大き目で少し底がタルがいくつもあり、その中を覗くと穀物と細切れにされた肉が大量に入っていた。


「それはね。お留守番しているドラゴンたちのご飯だよ。リリーちゃんはあっちのほうを持って行ってね」


 桶の中を覗いていたリリーの後ろからマナティーが声を掛けてくる。

 腰に巻いていた手ぬぐいで水気をふき取るとマナティーは大量のご飯が入ったタルを軽々と持ち上げ始めた。


「よっと……」

「うわぁ~すごいです……」

「え? いやねぇ~これくらい普通よ。リリーちゃんはあっちの方を頼むわねぇ」


 両肩にそのタルを担ぎ始めるマナティーの怪力っぷりにリリーは思わず呆気にとられつつ、彼女に言われた方の小さ目の桶を見つけるとそれを力いっぱい持ち上げた。


「んぐぐぐ……」


 リリーが持つ方はタルではなく少し底が深い桶であり、その量はマナティーが持つものよりかは少ない。

 しかしリリーにとってはこの桶はかなり重く、それでもその重さに耐えながらもマナティーの歩いていく方へ付いていった。

 両肩に乗せた重さなど気にしてないような足取りに頑張ってついていくとある場所へと辿り着く。

 そこは広い敷地内であり、その中にはドラゴンたちが住んでいた。マナティーは両肩のタルを地面へと降ろすと手をパンパンと音を出して叩いていった。


「みんな~。ごはんの時間ですよぉ~」


 マナティーの合図と共にドラゴンたちが一斉にリリーたちの方へと寄ってきた。


「ドラゴンさんたちがいっぱいです!」

「ここはねぇ。ドラゴンの寝床なんだよ。今からこの子たちにご飯を分ける作業をしよっかねぇ」


 マナティーはそう言ってご飯を取り分けるおたまを取り出してリリーにそれを渡す。

 リリーは桶に入ったご飯をおたまで掬い取るとそれぞれのドラゴンたちの口へと運んで行った。


「あはは! くすぐったい! ちゃんとあげるから!」


 朝ご飯が待ちきれなかったドラゴンや、リリーに興味を持ったドラゴンがリリーを囲い込んで鼻や口などでリリーの体に触れて催促をする。

 おたまにご飯をすくい取りドラゴンの口へと運んでいく途中、リリーはふと素朴な疑問が浮かび上がるとマナティーにそれを尋ねた。


「そういえば、この子たちは小さくならないんですか?」

「小さく? ああ、幼体化のことね。幼体化はねぇ、相棒がいなきゃできないのさ」

「相棒……」

「そう。人とドラゴンは大昔から共生関係でね。でもドラゴンが認めた人じゃないとドラゴンは力を貸してくれない。だからここはドラゴンたちに認められた者たちの集まり……竜騎兵団ってことなのさ。でも悲しいねぇ……。この子たちはその相棒がいなくてねぇ……」

「それはなんで……」

「前に起きた帝国との戦争でね……。うちは凄く強かったけど、やはり争いっていうもんは犠牲が出てしまうもんさ……。この子たちはそういう子たちなの」

「…………」

「あたしたちドラゴンも少し頑固でね。自分が認める相手じゃないと力は貸さない。相性っていうもんかなぁ。だからいずれ適正のある人物が訪れるのをここで待っているのさ」

「マナさんは……その……ドラゴンさんなんですか?」

「あたし? あたしは竜人っていう種族だよ。ほら、神殿にいるフレデリックっているだろう? あの人も同じね。あたしたちはドラゴンと人との懸け橋になるためにここに存在しているのさ」

「それじゃあつまりお婆ちゃんってことですか?」

「う~~ん……。そう言われるとたしかにそうかも……。長いことフレデリックと一緒に人を見てきたからそうなるねぇ……。それだとリリーちゃんは孫みたいなのになるねぇ」


 そう言ってマナティーはリリーの頭を優しく撫でていくと、ふと自分には祖母という存在がいないことが頭によぎる。

 祖父はいたが祖母の存在自体は祖父どころか村の人たちからも言われておらず、自分自身なぜそれに気が付かなかったのかと思っていると、いつの間にか桶の中の餌が空になっていた。


「マナさん、全部終わっちゃいました!」

「食べ終わったかい? こっちもそろそろ終わりそうだし……、これ空になったもんを綺麗に洗ったら自由に動いていいからね」

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