第21話
時はリリーたちがこの神殿に訪れる前まで遡り、ある一室の円卓に神官たちと共にフレデリックがそこに座っていた。
その視線の先にはオルトランと名乗る男が座っており、その表情は模様によって全く読めない。
「オルトラン殿……その、聞き間違いですかな? 休戦条約違反と……」
一人の神官が慎重に言葉を選び、緊張した様子でオルトランに尋ねる。
「ええ。私はそう言いました。この条件を吞まなければ我々は戦争を回避できない、と……」
「そんなバカな話があるか! 第一こちらが一体何を破ったというのだ!?」
「事の発端は不可侵領域である帝国領にドラゴンが出現したことです。この大陸にはドラゴンという生物はエリウムが管理する個体以外に存在していない。帝国側としてはそちらの竜騎兵団が秘密裏に侵略準備をしていたのではないか、と」
「だがこちらの報告では"そのドラゴンは帝国領から出現し、こちらに攻撃した"と受けている。そもそもそのドラゴンは我々の知る限りでは未知の存在じゃ」
「果たして本当にそう言い切れますかな……」
フレデリックの言葉にオルトランは神官たちから鋭い視線を送られても悠々とした態度は崩さず、両手を組んだ。
「聖竜教には始祖竜の像の存在がある。聞けばドラゴンが死ねばその魂がそこに戻り、
「貴様、愚弄しているのか……っ?」
「いえとんでもない。不死に近い存在を讃えているだけです。しかし問題がそこにある」
「…………」
「その魂がこの世に降り立つ時、果たして本当にそれは"その時"の魂ですかな?」
「何……?」
「始祖竜の像による転生には一つだけ特殊な状態で降り立つと聞きます」
「特殊個体のことか……」
「それです。竜騎兵団の大半を占めるドラゴンとは違う、全く別のドラゴン種。特異な存在……。しかしドラゴンは崇高な魂を持っている。ドラゴンが人と共生できるというのはまさにその偉大な事実があるからでしょう」
「……何が言いたいんだ?」
「私が言いたいのはですね。崇高な魂があの紫のドラゴンにあるとは思えないんですよ。もしあれば、あんな"下品"なことはしない。だがそれが事実であれば、聖竜教が極秘に誕生させたイレギュラーな存在か、もしくはそのように調教したかのどちらか……」
「貴様ァ! それ以上の発言は許さんぞ!!!」
オルトランの発言に一人の神官が椅子から勢いよく立ち上がり怒声を響かせる。
それにつられるかのように他の神官たちも後に続くように円卓に手を叩き、彼を抗議しようとしたがフレデリックが静かに手で皆を制していく。
「帝国領から出現した紫のドラゴンがこちらに被害をもたらしたことについてはオルトラン殿、何かあるのか?」
「そのドラゴンを討伐しようとしてそちら側に逃げられたのですよ。我々はそちら側には入ることができませんからね。もしもそちら側でこちらの疑いを晴らすことができれば解決できるのですが……」
転生先の魂が前の魂と同じかというこを証明することは無理であった。
あくまで魂が引き継がれるのはドラゴンとして力であり記憶などは引き継ぐことはできてはいない。
しかしドラゴンとしての誇りや使命はどの個体も持っており、それは魂のもっと深い部分にあると考えられている。
だからこそマルティナスやヴィヴィが使役する特殊個体というイレギュラーなドラゴンが帝国の目から見るとこの事に関して完全に白にはならない。
『無い』ということを証明するのは不可能なのだ。
「まぁそれを今証明するのはほぼ不可能でしょう。我々は今回は被害者だ。平行線では埒が明かないだろう。そこで、こちらが提示する条件を吞んでくれれば事は収まります」
「条件だと……?」
「ええ。条件は一つだけ。それは、そちら側に存在しているであろう紫のドラゴンの遺体。それを我々に譲ることです」
「なんだって……?」
和平の条件がオルトランから提示されるのを聞いて神官たちの顔が困惑する。
たった一体のドラゴンの遺体だけでこの問題が解決するには破格の内容であることは間違いない。
神官たちは顔を見合わせ、小さい声で近くの者と会話をしていた。
「その条件。決定を行う前に少し期間をくれまいか?」
この円卓に起きた、僅かな
「お互いにとってもこの重要な決断を今ここで行うは難しい」
「……いいでしょう。ただし三日。その三日以内に返事がない、もしくは条件が呑めないのであればこちらにも考えはある。ということでよろしいかな?」
「それでよい」
その言葉を聞いたオルトランはすぐに席から立つと、その一室から出ていき、側近であるウィスパーが会釈をして後を追っていった。
「一体どういう考えですかフレデリック殿! この決断に期間が必要ですか!?」
「得体のしれないドラゴンなぞ、我ら聖竜教にとって邪魔な存在でしかない……」
「そもそも帝国から流れ込んでくる魔染による被害を大きくしているというのに……っ」
神官たちがフレデリックに詰め寄り、各々が自分の言葉を口から吐いていくがフレデリックはその状況でも慌てた様子は見せなかった。
「報告にあったドラゴンは帝国領から出現したのは間違いない。どういう理由かは知らないが帝国がドラゴンを管理していたという事実を我々は調査しなければならない。それに、すでにドラゴンの遺体はなくなっていたという報告もある」
「なんですと……?」
「それはどういう意味ですか……?」
「報告によれば何か巨大なものがそこにおり、それを引きずった痕跡が見つかっている。恐らくそれが帝国が要求しているドラゴンで間違いないだろう」
「だったらこの条件に何の意味があるんですか……!?」
「ドラゴンの近くで一人の少年が発見されている。その少年はドラゴンに姿を変えることができるそうじゃ。恐らくはその少年が目的なのじゃろう。だがここでその少年を渡してしまえば、その真実から遠ざかってしまう。それ即ち、帝国の狙いもわかるということじゃ」
――
「……とまぁ、これが今回の経緯じゃ」
「じゃあつまり、ラティムがいけないってこと……?」
フレデリックの話を聞き終えたリリーは不安げな顔でラティムの方を見る。
「原因はラティムにあるのは間違いないだろう。だがのう……ワシにはこの子が今回の元凶とは思えんのじゃ」
「どういうことですかフレデリック様」
「先にも言ったが、この子に触れて感じたのはとても澄んだ魂であったんじゃ。そんな子が暴れたなんぞ考えられん。この子の面倒を見た者がそういう人であったんじゃろう」
「…………」
「しかしこの子、ラティムは聖竜教の中でも不安定な立場にいるのもある。問題はそこじゃ。ラティムの能力に不信感を持っている者も少なくない。それは神官たちの中にもいる」
「そんな……」
「だからラティムは彼らの信用を取らねばならないのじゃ。この子が帝国の手先ではないということじゃな……。そのためには戦いに赴く必要があるかもしれん」
「そんな……!」
「それにこの子の魂が分かっていてもワシには真意までは分からない。つまり、この子の本当の力を引き出すにはリリー、君の力が必要になる」
「わ、わたし、ですか……?」
「そうじゃ。もしラティムを帝国に渡せば、それを皮切りにして何をするかわからない。この戦いに勝利すればリリー、君がいた村の者たちの手がかりを掴めるかもしれん」
「っ!!」
フレデリックの言葉にリリーの気持ちが揺らぐ。
戦いに赴くということ。それはどういうことなのかをまだ幼いリリーでは想像がつかない。
そんなとき、ふと横を見るとラティムがリリーのことを見ているのに気が付く。
何かを感じ取ったのかその目は決意めいた目をしており、ラティムもこのことについて理解しているようだった。
「ラティム……」
「……!」
ラティムに戦う意思はある。
彼も連れ去られたというリリーの祖父や村人のことを助けたいという気持ちが伝わると不安だった気持ちが少しずつ消えていき、リリーは意を決して顔を上げてフレデリックの目をしっかりと見た。
「……わたし、おじいちゃんたちを助けたい。だからわたし、ラティムと一緒に頑張ります!!」
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