第20話
神殿の中をベリルの後ろについていくように二人は歩いていく。
その中はドラゴンを称えるような石像がいくつも見られ、神秘的な空間はいかにドラゴンがここでは神聖化されているかを理解するのに難しくはなかった。
ここにいる聖竜教の信者たちを通り過ぎ、奥へと向かうとそこには初老の男性たちが見える。
身を包んでいる服は他の信者とは違い、聖竜教の中でもその位が高いことを象徴しているようでありそれは神官であった。
神官たちの立ち振る舞いを見て恐らく祖父のような偉い人なのだろうというのはリリーもなんとなく分かる。しかしそんな者たちが少しへりくだった態度をしているのは遠目でも分かった。
「…………」
へりくだった態度をしている神官を中心に誰かがいるようで何かを話している。
彼らはこちらに近づいてくるベリルたちに気が付くと、それを見た神官たちは中心にいる人物にお辞儀をし、その場を去っていった。
「ただいま到着しました。フレデリック様」
「あっ……」
神官たちが去り、その中心にいた者の姿が露になるとリリーは思わず驚きの声を出してしまった。
フレデリックと呼ばれた人物は老人の背丈をしている。
だがその姿は"ドラゴン"であった。
フレデリックの顔はドラゴンのような長い口をしており、鼻の下には二本の白い髭が伸び、顎下にもそれが蓄えられている。
こちらを見る瞳は赤く、それをよく見るとドラゴンと同じ瞳孔が縦に長い。
肌は暗緑色の鱗に包まれており、落ち着いた雰囲気が漂っている。
しかしそれとは別に腰は曲がらずに起立した姿に弱々しさがなく、白と緑を基調とした神官の服がピンと張っているのは様になっていた。
「おお、君はベリルか。よく戻ってきたね」
低く静かな声を出しながらゆっくりとフレデリックはリリーたちの方へと近寄っていく。
フレデリックはそのままリリーたちの前に立つと袖で隠れていた手をゆっくりと差し出した。
「ワシの名前はフレデリック。ここ聖竜教の司教を務めている。よろしく」
「は、はい。リリーっていいます。それで、こっちがラティムって言います」
穏やかな声で自己紹介をするフレデリックに二人は差し出されたドラゴンの手を握手して挨拶を交わす。
そんなとき、フレデリックの首元につけられたフードの中からモゾモゾと何かが動き出すのに二人は気が付くと、そこから冠羽が伸びた大きな鳥の顔を出してきた。
全身が真紅色で先端に近くなるほど黄色味を増すその大きな鳥は寝ていたのか、体を起こすように首を長く伸ばし始めた。
「……っ!!」
突然姿を現したその鳥にラティムは体をピンと張りつめ、すぐにリリーの後ろへと回って隠れてしまう。
自分よりも小さな存在を見て驚いて隠れてしまうラティムをアイリスは呆れたようにため息をついていた。
「おお、驚かせてしまったな、すまんすまん。この子はリュカって名という名でな。今はもう自分で立つのも億劫になってしまってね。最近はずっとこのフードの中で寝ているよ」
「この子もおじいちゃんなんですか?」
「そう。おじいちゃんなんだ。触ってみるかい?」
フレデリックはそう尋ねるとリリーたちはそれを聞いて小さく頷く。
首元のフードからリュカを両手でうまく取り出すとその体は意外と小さい。
二人は恐る恐る手を近づけてリュカの背中をそっと触れるように触ると、指先から柔らかい羽毛の感触が伝わってきた。
「わぁ……。暖かいです」
「……」
リュカの羽毛から伝わる感触はこの子の熱は、優しくも力強いモノを感じ取りそれは年老いているとは思えないほどである。
リリーはその鳥からここを撫でてほしいという聞くと、そこを中心に手で優しく毛づくろいしていく。
ラティムもリリーの真似し、二人でそれを撫でていく。
その光景を見たベリルは彼らが異様な存在ということが分かっていても自分たちと変わらない、まるで老人と子供たちが親しく遊んでいるように不思議と見えていた。
「……キェッ……!」
「わわっ!」
十分撫でられて満足したのか、その鳥は小さく鳴くとフレデリックの方に顔を向けその嘴で支えていた手首を突いていった。
「おお? なんじゃご飯か?」
「……キェッ」
「全く……。いくつになっても食い意地張りおって……。そうじゃな……ここで立ち話をするのもあれじゃろう。とりあえずワシの部屋に向かうとするかのう」
――
リリーたちはフレデリックの後についていき部屋へと赴く。
ベリルは入る前に一礼を行った後に入り、リリーたちも彼に続いて入っていった。
中は意外と簡素であり、フレデリックの着ている司祭服が少し目立つほどである。
フレデリックは飼っている鳥を彼のスペースに置き、穀物の空が入っている袋を取り出し、手に乗せるとそれを見た鳥が勢いよくご飯を食べ始めた。
「お前はいくつになっても食欲が落ちないのう」
「……キェ」
「さて、一応はマルティナスからすでに報告をもらっているが……どこから話すべきか……」
フレデリックが白い顎鬚をいじり、何かを考えていく。
やがて手に乗せたご飯を全て平らげたのを見ると、その手を払いつつラティムの方に向かっていった。
「ベリル。この子が話に聞いていたドラゴンというのは間違いないな?」
「はい。おっしゃる通りです」
「ふむ……。それじゃあ視る必要があるな……」
「それってどういう……」
「安心しなさい。この子が良い子なのか、悪い子なのか、それを知るために少しだけ彼に触れるだけじゃ」
フレデリックはラティムに近づき、彼のこめかみにそっと両手を添えて静かに目を閉じる。
それと同じようにラティムも目を閉じると互いの体表が青く光りだしていく。
リリーは彼らを見て心臓の鼓動が不安によって早くなっていった。
やがて青い光が消えると、フレデリックはラティムからそっと手を離した。
「…………」
「フレデリック様……何か分かったんですか?」
「な、なにをしたんですか……?」
「ラティムはね、実は僕たちが境界線で戦った紫のドラゴンの転生じゃないかって思ってたんだよ」
「えっ……」
「ドラゴンは死ぬと聖竜教にある始祖竜の像に魂が宿ると言われているんだ。始祖竜の像は時に魂になったドラゴンをこの世界に再び戻す力を持っている。だからこの国にとってドラゴンは"そういう存在"で、そのドラゴンと共にする竜騎兵団に入れることはとても名誉なことなんだ。だけどドラゴンはここエリウムにしか存在しない。あの紫のドラゴンは僕たちにとってかなり異質なんだ」
「…………」
「あのドラゴンは僕たちの手でやられかけていた。もしあのドラゴンがこの特性を持っていた場合、逃げた先で転生している可能性があるんだけど……。問題なのはその魂が始祖竜の像に戻らずに人の姿になっているのが問題なんだ」
「それじゃあラティムは……」
「…………」
「ラティムは大丈夫なんですか……?」
恐る恐る聞くリリーの不安は増し、その鼓動も早くなっていった。
「……安心しなさい。この子は大丈夫じゃ」
「それって……」
「この子にあるドラゴンの魂に触れてみたが、まず邪気を感じられん。例のドラゴンであれば間違いなく何かあると思ったんじゃが……」
「フレデリック様、それじゃあラティムはそのドラゴンと違うってことですか?」
「いや、君たちから聞いていたそのドラゴンとこの子は同じ力は持っているようじゃ。つまりはそのドラゴンは転生には成功しているということじゃな。なぜ人の姿をしているのかはわからんが……。少なくとも敵意は感じられんし、今すぐどうこうするというのはないじゃろう」
「本当ですか!! よかった……」
リリーはラティムが大丈夫なことに喜び、思わず抱き着く。
だがフレデリックの顔は依然として変わらず難しい顔をしていた。
「フレデリック様……。まだ何かあるのですか……?」
「実はな……先に帝国からの使者がここを訪れたんだ」
「帝国の……? さっきの者ですか?」
「うむ……。それがのう……。帝国はこちらに宣戦布告をしてきたんじゃ……」
「!!」
フレデリックのその発言にベリルは思わず目を丸くする。
何故?という疑問の声が出る前にフレデリックはその口を開いていった。
「帝国のこれをした理由は例のドラゴンが関係している。そしてそれは恐らくこの子、ラティムに繋がっているんじゃ」
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