第18話
アイリスは両翼を羽ばたかせる度にその高度は増していき、リリーたちは空へと舞い上がっていく。
「うわぁ……!!」
「すっげぇ……」
「……!!!」
本日の天気模様は晴天。
上昇している間、その光景はちぎれた白い雲が風に乗っており、太陽によって輝いている。
地上を見下ろすといつの間にか自分たちがいた場所が小さくなっており、やがてその光景は広大な森が広がっている景色へと変わっていった。
森の奥には大きな山が並び立っており、自分たちはこの前まであそこにいたのだと理解する。
初めて外の景色を空から見下ろす光景は、リリーとラティムにとって刺激的であり、地平線まで続くこの光景はどこまでも行けそうな気持ちにさせていった。
「うおお! もうこんな高さまで上がってる!」
「すごい! すごいです!」
「……!」
空を飛んでいる浮遊感に興奮を隠せない三人の反応を見て、アイリスが満足げな顔ををしていた。
「三人ともあんまりはしゃいでると到着する前に疲れちゃうよ。それじゃあアイリス、頼んだよ」
「グアッ!!」
十分な高度を上げたのを見てベリルがアイリスに合図を出す。
アイリスは合図と共に長い胴体を縦に伸ばすと翼を大きく羽ばたかせた瞬間、一気に速度を上げて飛翔を始める。
その速度はリリーたちの想像以上であり、三人の上半身が大きく仰け反るほどだった。
「うおお!?」
「きゃあ!」
「……っ!」
アイリスの胴体に体が触れていれば防護魔術によって振り落とされないように保護されているが、それでもこの急加速によって仰け反った三人は分かっていても振り落とされそうな感じになってしまうほどであった。
アイリスの飛翔速度はさらに増していき、それに伴い耳の横を風の音が勢いよく通り過ぎて行く。
横を見ればちぎれた雲が並行しているどころか、追い抜いているのを見ると彼女が竜騎兵団の中でも最速のドラゴンだということがよく分かる。
いつの間にか地上の景色は森を抜けており、街道と草原が一面に広がる光景へと移り変わっていった。
「すごい! すごく速いです!」
「……!!」
リリーとラティムは移り変わっていく光景を空と地上を交互に見続ける。
特にラティムはリリーよりもかなり興奮しており、感動という高揚した感情がリリー
の中に入り込んできていた。
そんな中、リリーはふと横を見ると先の景色にひび割れているような空模様を見つける。
その様子はこの爽やかな景色とは裏腹にその真下にある周囲の地上もどこか雰囲気が暗く、不気味に感じていた。
「あの! ベリルさん!」
「ん? どうしたの?」
「あれってなんですか?」
リリーが指を示した箇所をベリルたちがそこに視線を向けるとそこにはアイリスが飛んでいる位置よりも、もう少し高い場所に存在している。
ひび割れた空模様は一つの円の形になっており、そこから地上まで何かが吐き出されているのか空間が歪んでいるように見えていた。
「あれはグレーターフォールだね」
「グレーターフォール?」
「そう。大昔から存在している呪われた場所だよ。お伽話とかに出てくるけど、知らない?」
「うう……わからないです……」
「太古の時代にね。あそこから大きな空間が開いたんだ。するとそこから邪神が現れてね。邪神の持つ魔力でこの大陸を覆い隠したんだ。人々はなんとか対抗したんだけどあまりにも強くてね……。そんな時に遠い地からドラゴンが駆け付けたんだ」
「ドラゴン……」
「当初はドラゴンと人は別々に行動してたらしいけど、時が経つにつれてお互いを認め合う存在になっていったんだ。これがドラゴンと人との共生の始まりって言われてるね」
「それで、その後はどうなったんですか?」
「人とドラゴンは邪神を倒すべく、お互いに協力しあって最終的に倒したよ。それが後世に伝えられてね。今じゃ人とドラゴンは切っても切れない関係になっているんだ」
「なんだかとってもいい話ですね」
「はは。まぁでもあの邪神が現れたっていうグレーターフォール自体は消えていないんだけどね。あそこから今でも大量の魔気が降り注いでいる状態だから、あの周辺はかなり危険な場所になってるんだ。皮肉なことだけど、あの存在があるから聖竜教の力が強いんだけどね」
「聖竜教はエリウムが信仰している教えだよ。物凄く簡単に言えばドラゴンを大切にしなさいって感じだね」
「……ってことはラティムも?」
「それはちょっとわからないね……。でも今から会う人に見てもらえばラティムの謎とかがわかるかもね」
「そろそろ見えてきたんじゃないか?」
ベリルの話を聞いていた時、一番後ろにいるピークコッドが背を乗り出して先を見ていた。
リリーとラティムも同じようにして先を見るとそこにはリリーが住んでいた村とは比較にならないほど大きな町が広がっていた。
上空から見下ろすその風景は信じられないほどの数の建物が密集しており、それを広い外壁が囲っている。
その外側から数多く街道が伸びており、そこを大量の荷物を運んでいる荷車がたくさん通っていく。
都市国家エリウム。
その光景を見て二人は興奮のあまり目を光らせていた。
――
リリーたちがアイリスの背に乗って中央都市エリウムに向かっている中、地上では街道を走る一つの馬車があった。
その馬車を彩るのは紫と青を基調としており、馬車を着飾る装飾品は黄金で作られていた。
見るものが悪趣味と感じるのに十分な印象を与える馬車の中には二人の男性が座っており、そのうちの一人は退屈そうにしている。
「はぁ~……この街道は本当に長いねぇ~……。エリウムに到着するのはまだなのか~い? このままだと僕、退屈で死んじゃうよウィスパー君」
その男の髪の毛は青と紫が入り混じったようなマーブル色になっており、小さな星のような形が散りばめられている。
特に印象的なのは目や鼻などいった器官が存在せず、真っ白な表面に黒い絵の具のようなものが渦を巻いている。
まるで表情が剝ぎ取られたような見た目は、その男の気分によって模様の渦が変わっていくのが分かる。
「オルトラン様、エリウムに到着するのはもうしばらく掛かるかと……」
「暇すぎなんだよ。暇。わざわざ外交に出向くっていうの。本当に死んじゃうよ? 僕」
「皇帝陛下のご命令がありますのでそれは困ります」
「はあぁ~~~~……」
オルトランと呼ばれた男は大きくため息をつくとブカブカになっているローブの中から白く細い腕を外に出すと、人差し指をクルクルと回し始める。
するとその先端から青い光が小さく発現し、回している指を同じような動作で追っていく。
しばらく回し続けて飽きが来たのか、それを向かい側に座っているウィスパーの額へと飛ばしてぶつけた。
「あのね? 暇っていうのは罪なんだよ。君にはわかるかな~? 時間は有限なんだよね。何もできないってことは楽しいこともできないっていうもどかしさ。わかるかな~?」
「……っ」
「お? 外のアレ、遠くのやつのアレ。あれがグレーターフォールっていうのだろ?こんな近くで見るの初めてだけど、すごい魔力を感じるねぇ~」
青い光をぶつけられたウィスパーは額を手で擦りながら窓から遠くに見えるグレーターフォールを見るオルトランを見つめる。
このふざけたような男、オルトランは帝国に姿を現してから僅かな期間で成り上がり、今では魔導技術部の局長を務めている。
この男の功績はなんといっても魔導アーマーと魔導ガンの開発に成功したことにより、帝国の軍事力を大幅に高めたことであった。
彼は魔鉱石を加工するにあたって革新的な知識や技術を何故か知っており、それによって帝国はこの短期間の間に大きく戦力の増強に成功している。
今ではエリウム率いる連盟軍と相手しても十分な勝算があるほどだ。
これにより帝国は現在もこの技術を用いて著しい成長を遂げているため、オルトランの権力は局長という立場を超え、帝国の将軍とほぼ同等になっている。
彼の欠点を挙げるとすれば、口から出る知識は膨大であり、我々のような凡人が理解するのに非常に複雑で難解ということである。
それについて解説をしてもらわければならないのだが、それは彼の気分次第ということもあり、次回の技術的革新などは彼次第という非常に不安定な状態であった。
さらに彼の幼稚な性格は周囲を不愉快にさせ、同じ立場になっている帝国の将軍さえも嫌悪感を隠さないほどだ。
そんな人物に近くによる者は彼の機嫌を損ねていつ実験材料にされるのか、そんな環境に嫌気をさし、ウィスパーを除いて皆消えていった。
「ああ……ホントに素晴らしい魔力だ……ここにいても脳から甘美は垂れて感じる……」
窓からグレーターフォールを見て悦に浸るオルトランをウィスパーはその様子を静かに見守る。
幼稚で我儘な存在が圧倒的な権力と自身の能力で周囲を振り回す様は害悪という言葉が相応しい。
そんな存在がどうして帝国にとって重要人物になれたのか。
そしてどうやって皇帝陛下に取り入ったのか。
そんな異質な存在はウィスパーの知的好奇心を刺激するのに十分であり、まさにパンドラの箱を覗き込むような、甘く刺激的な欲求がウィスパーの心の中に広がっていたのだった。
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