第17話

 慌ただしかった夜が過ぎ、リリーの目が覚めていく。

 頭は冴え始めていたが、疲れは取れているのに体は未だに寝具から離れたくないという気持ちになっている。

 この短い期間で起きたことはそれだけリリーたちの体に影響を及ぼしているようで、もう一度眠ってしまいそうな気にもなっていた。


「ほら皆起きて! 朝だよ!」

「アンタたちいつまで寝てるのよ!」


 二度寝する直前、ベリルとヴィヴィの声がこの部屋に響き渡る。


「ん……ふわぁ……おはよう……」

「……」

「う~~~ん……」


 リリーとラティムは上体を起こして、全身に血を巡らせるように体を伸ばしていくがピークコッドだけはまだ寝足りないようであり、体に掛けている布で頭をすっぽりと覆ってしまう。


「あ~あ……。アイリス、ちょっと起こしてきてくれ」

「グァ!」


 起きるのを拒否するかのように布の中に体を丸めているピークコッドにアイリスはパタパタと飛んでいくと、彼の頭付近に降りた。


「グァッ!!」

「ん……? あで、あでででっ!?」


 アイリスは隠れている彼の頭に顔を埋めてその髪の毛を噛んで思い切り引っ張ると、その痛みでピークコッドは飛び起きた。


「あだだだ! 何すんだって!! もう起きてるって!」

「最初から起きてれば、アイリスの目覚ましを食らう必要はないよ」

「わかった! わかったから! だからもう嚙むなって!」


 ピークコッドとアイリスのじゃれ合いを見たリリーとその光景に思わず笑みがこぼれる。

 帝国兵の一件の事などでリリーの精神状態に若干の不安があったが、とりあえず問題ないことにベリルはホッと胸を撫でおろしていた。


「いつまでそこにいるのよ。さっさと動かないと朝ごはん食べられないわよ」

「おっとそうだった。皆、朝ごはんの準備ができてるからこっちに集まってくれ」


 リリーたちはベッドから下りて、ベリルたちに付いていくと外で済ませるようであり、拠点の中心へと向かっていく。

 そこにはすでに他の竜騎兵たちもおり、各自が朝食を取っているようだ。


「はいこれ。スープは熱いから気を付けて」


 ベリルが持ってきてくれた朝食はパンと豆のスープという簡素なものであり、先にリリーとラティムがそれを渡される。

 二人は近くに座れるほどの丸太が置かれているのを見つけ、そこで朝食を取ることにした。


「いただきます!」

「……!」


 リリーの言葉と手合わせをラティムも真似をした。

 パンは固く、中身もボソボソと乾燥しているのでスープを飲みながら食べていく。

 ラティムは固いパンをまじまじと見つめた後、固くなっているパンをバリバリと音を立てながら口に運んで行った。


「おいおいおい! それはさすがに汚いんじゃないか!?」

「?」


 ある程度パンを食べ終えてスープをスプーンですくって飲んでいると、ピークコッドが焦りながら朝食を持って来ていた。

 ピークコッドの視線は隣の方を見ており、リリーは視線を追うとそこにはラティムがスープの容器を口に持ってきて飲んでいる姿だった。


「あっちゃ~……」

「……?」


 口元はスープで濡れており飲み方も悪いせいかスープは零れ落ち、着ていたローブにかかっている。


「お、俺のローブが……」


 ショックを受けているピークコッドだったが当の本人は何のことか理解しておらず、キョトンとした表情でこちらを見ていた。


「ピーコ、あのね……ごめんなさい」

「まぁ……。なってしまったのは仕方ないかな。とりあえずはそれの使い方を教えてあげたら?」

「あのねラティム。こういうのはね、これを使うんだよ」


 そういってリリーは手に持ってるスプーンをラティムの前に持っていくと、それを使って飲む動作を見せてあげた。


「……!」


 それを見たラティムは、自分も同じように容器に入っていたスプーンを手に取ってリリーの真似をしてみる。


「……!」


 しかしスプーンの持ち方が難しいのか、どうしてもリリーと同じ持ち方にならずに苦労する。

 最終的にラティムの持ち方は上手持ちに落ち着くと、それに満足して残ったスープを飲み干していった。


「ご馳走様でした!」

「……!」

「食べ終わったか。これ終わったらベリルさんが呼んでたぞ。二人は先に行っててくれ」


 リリーとラティムは食後の挨拶を済ませると、ピークコッドはまだ食べ終わるまで時間が掛かりそうなのを見て二人は先に食器を持ってベリルの方へと向かった。


「ご馳走様です!」

「お、食べ終わったかい? それじゃあそれ片付けるから僕に頂戴。戻るまでそこにいてね」

「はい!」


 ベリルは二人分の食器を持ってそれを片付けに向かっていく。

 周囲の竜騎兵たちはそれぞれ自分の任務に向かうようであり、すでにドラゴンに飛び乗っている者もいた。


「アンタさぁ。学院の生徒でしょ」


 ふとリリーの後ろでヴィヴィの声が聞こえ、振り向いてみるとそこにはピークコッドとヴィヴィの姿が目に映った。

 食器はすでになくどうやら他の人に渡しており、自分も二人の方へと向かっているときにヴィヴィに声を掛けられたらしい。


「うん? ああ、まぁそうだけど……」

「だったらさ昨日のことなんだけど。なんであの時に火属性の魔術使わなかったのよ」

「あー……」


 腕を組みながらヴィヴィが昨日の夜のことを問い詰めいており、どうやらトロルの襲撃の時にピークコッドが発動した魔術に関して何か言いたそうな顔をしている。

 ヴィヴィがその疑問をぶつけたが、ピークコッドの表情はバツが悪そうであり、視線を背けている。


「……ああいう属性の魔術はあんまり得意じゃないんだよ……」

「は? もしかして火属性の初級魔術も使えないの?」

「いや、それは使えるけど、なんというか自信ないっていうか……」

「……アンタもしかして、そういうの使えないのにトロルの前に出てきたってこと?」

「…………」

「はぁ……。それだったら本当に呆れたわ……。ちゃんと勉強すれば初級でもなんとかなったのに、あんなショボい無属性の魔術を使うなんてね……。学院で落ちこぼれになりたくなかったらもうちょっと勉強したほうがいいわよ」

「うるせぇな……大きなお世話だよ……」

「ま、精々頑張ることね」


 そこから去っていくヴィヴィをピークコッドは何か言葉にして何か言い返そうとしたが、その先から言葉が出ることはなく代わりにため息が出ていた。


「なんだよ。何かあったのか?」

「い、いえ……」


 少し不機嫌なピークコッドを見て、リリーも思わず萎縮してしまう。

 そんな彼女を見てピークコッドはつい八つ当たりしたような発言をしてしまったことに反省していると、ベリルが走ってこちらに駆け寄ってきた。


「お、全員いるな。それじゃあこれから君たちをエリウムに送っていくから」

「エリウム?」

「でっかい都市だよ。そこに俺も住んでる」

「へぇ~。そういえばお姉……マルティナスさんは?」

「団長? あの人はすでにグローリーに乗ってこの付近を調査しているよ。昨日のトロルのこともあったからね」

「そっかぁ……」

「……!」


 すると突然ラティムがリリーの腕に抱きつくと、リリーは思わずそちらに引っ張られてしまう。


「わわっ! どうしたの!?」

「……」

「こいつ昨日のことをまだ引きずってるっぽいな」

「昨日?」

「リリーと団長が水浴びしにいったでしょ? あの後、ラティムが不安がってね。大人しくさせるのに苦労したよ……」

「ああ~……」


 ベリルから話を聞くと、どうやらリリーが自分を置いてマルティナスと何処かへ行ってしまったことで寂しい気持ちで不安になっていたという。

 そして今はマルティナスという単語が出てきたためか、反射的に寂しいという気持ちでリリーの腕を組んだのだろう。


「……」

「大丈夫だよラティム。どこにもいかないから」

「……」


 リリーの慰める言葉を聞いてようやくその腕をラティムは離すと、自分の行動に少し恥ずかしさを感じたのか顔を赤くして俯いてしまった。

 リリーとピークコッドはそれ見て少しだけからかっている間にアイリスは本体化を行うと元の姿へと変わっていた。


「よし。アイリスの準備が出来たから三人とも順番に乗って行って!」


 アイリスが乗りやすいように背中を下げると、一番先頭にベリル、次にリリー、ラティム、ピークコッドという順に乗っていく。

 全員が乗り終えるとアイリスは体を起こし、広げた翼に魔力を含ませていった。


「あのー、エリウムにはすぐ着くんですか?」

「そうだね。アイリスはこの中でも一番速いから昼頃には着くと思うよ」

「は、速過ぎだろ……。ここに来るまで結構苦労したのに……」

「なんか言ったかい?」

「い、いや! あれですよ! そんなに速いなら振り落とされないか心配で……」

「それは大丈夫だよ。アイリスの体にしっかりと手で触れていればこの子の魔力で落ちないようになってるから。でも最初はびっくりするかもね……」

「え……それってつまり……」

「おっと。そろそろ行かないと。それじゃあアイリス、頼んだよ!」

「グアッ!」


 ベリルの合図と共に一回、二回と両翼を動かすとふわりと地面から浮かび上がる。

 ここまでは拠点ここに来るときと同じだなと三人が思った瞬間、アイリスが力強く両翼を羽ばたかせるとリリーたちは一気に上空まで舞い上がっていった。

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