第14話

 拠点の外に広がる森からトロルたちの足音が鳴り響いている。

 ベリルとヴィヴィ、その他の竜騎兵たちがその対処をすべく中を駆け回り、その中を

 搔き分けるかのようにリリーとラティムが走っていた。


「急いでっ!」


 緊迫した空気は足が自然と早くなり、この混乱の中ではぐれない様にお互いに手をしっかりと握り込む。

 そんな中、辺りを見回すと他の場所から壁を突き破ったトロルの姿が目に入り、竜騎兵たちもその対処に当たっている。

 リリーは彼らの戦闘に巻き込まれないようにしつつ、安全な場所である休憩所までひたすら走っていった。


「リリー! ラティム!!」


 そんな時、休憩所までもう少しという場所からラティムの声が聞こえてきた。


「ピーコ!」

「よかった無事だったか! なんか騒がしくて、目が覚めたらヤベェことになってないか!?」

「トロルさんたちがやってきたんです!」

「トロルってあのデカブツのことか!?」


 ピークコッドと合流した二人は周囲の大きな音にビクりと体を驚かせ、その様子を確認する。

 現れたトロルたちは竜騎兵たちが使役しているドラゴンと共に戦い、それによりほとんどは拠点の出入り口の手前で立ち往生している状態であった。

 竜騎兵たちはドラゴンの背中に乗り、魔術を放って牽制する。

 またある者はドラゴンと共に空を飛ぶと上空からトロルが暴走している原因である首筋の植物に向けてベリルと同じような青い矢を放った。

 だが迫りくるトロルの数は多く、互いを庇いあうように体を重ねるように固まっているためか、思うようにあの植物にダメージを与えることができない。

 しかも別の場所から壁を突き破ってくるトロルも存在し、それによって不意打ちを受ける者もいた

 半端な攻撃ではトロル自慢の治癒能力でたちまち治っていき、それを利用して強引に迫りくるこの光景は威圧的であり、対峙した者を震え上がらせていった。

 遠目から見えるベリルたちも苦戦しているようであり、それを見たピークコッドの手がギュっと握りこぶしを作った。


「このままじゃ……」


 この状況を見たピークコッドは何かを決心する。

 ピークコッドはそのままリリーたちに振り返ると、両手で二人の肩を掴み真剣な表情で話しかけた。


「リリー、ラティム。お前らは先に安全な場所に行ってくれ」

「それってどういう……」

「俺もトロルの戦いに出てくる」

「えっ!? で、でもベリルさんが安全なとこにいなさいって……」

「だけどこのままじゃヤバイのは変わんないだろ。なぁに、俺も一応は魔術師だからな。戦力になると思うぜ。じゃあな!」


 ピークコッドの唐突な発言にリリーは目を丸くして驚いているとピークコッドはすでにリリーたちの背を向けて騒ぎが大きくなっている所へと走り出してしまっていた。


「どどど、どうしよう……」


 この状況でベリルの指示に従って安全な場所に避難するのが最善だということはリリーも分かっていた。

 しかしピークコッドが戦場に向かっていくのを見て、どうしてもこの場から動けなかった。

 それはピークコッドが帝国兵から自分たちを助けてくれた恩人であり、そんな彼が危険な場所へと行ってしまうことに対して引き止めなければいけないという気持ちが溢れていたのだ。


「…………」


 緊迫した状況の中、リリーの心の中で二つの気持ちがせめぎ合う。

 リリーもどうすればいいか混乱しているとき、それを隣で静かに見ていたラティムは視線を走り去っていくピークコッドの方に向けると、ラティムはリリーを置いて彼の後を追いかけていった。


「ラティム!?」


 ラティムの迷いのない行動にリリーは驚いた声を挙げる。

 ラティムの足は速く、すぐにでも追いかけなければ見失ってしまうほどであった。


「ううう~……。待ってラティム!!」


 リリーは意を決してラティムとピークコッドを追いかけていく。

 拠点内はすでにいくつかのトロルの死体が転がっており、それを避けてながら見失わないように走っていく。

 やがて角を曲がった先にラティムとピークコッドの姿が見えてきた。


「おい! なんで追ってくるんだ!?離せって!」

「……っ!!」

「ラティム! ピーコ!」

「げっ! お前もかよ!」


 ピークコッドはラティムによってがっしりと両手で動きを止めていた。

 なんとか追いついたリリーは彼らの近くまで辿り着くと息が切れているのを落ち着かせる。


「はぁ……はぁ……。やっと追いつきました……」

「なんで来たんだ? お前らまで危ない目に合う必要ないだろ」

「でも……ピーコ一人じゃ……すごく心配で……、ラティムも助けなきゃって言ってたから……わたしも……」

「助けるって……そんな大げさな……」

「もう……大事な人が……いなくなるのは嫌なんです……」

「…………」


 ピークコッドの裾を指で掴み、リリーは息を切らしながらの説得は彼の抵抗する意思がなくなっていく。

 リリーの言う"大事な人"というのは恐らくリリーの村の人やラティムのことを言っているのだろう。

 そんな言葉に自分も含まれているということ知ると、ピークコッドは思わず顔を俯かせてしまった。


「悪かったよ。勝手なことしちまって」

「…………」

「ラティムもそろそろ離せって。もうどこにもいかねーから」

「ほんとですか?」

「ああ」

「約束ですよ……?」

「……っ」


 二人のことを静かに見ていたラティムはピークコッドから離れると三人は冷静になり、今は安全な場所へと避難することに決める。

 しかし、リリーたちは来た道を戻ろうとした時、建物の角からトロルの姿がゆっくりとした動作で現れた。


「……っ!」

「まじかよ……。タイミング悪すぎ……」


 リリーたちの目の前に現れたトロルがギョロリと三人を見下ろしてくる。

 そのトロルは所々に負傷の後があるのを見るに恐らく竜騎兵の攻撃を受けて逃げてきたのだろう。

 その傷は深くまだ完全に治りきってはいないが、息が荒く、血走っている目はかなり興奮しているようだった。


(やっべぇ……。あの様子じゃ最悪の状態で出会っちまったかも……)

「グオオオ!!!」

「!!」


 トロルの雄たけびが周囲に響き渡るその声は、それだけ威圧があり、思わず三人の体が恐怖で硬直してしまう。

 目の前にいるトロルは負傷しているためか動き自体は鈍く、今なら走って逃げ切ることも難しいことではなさそうだ。

 だが今のリリーたちはトロルの雄たけびによって、頭の中が膨らみ、な感覚が全身に染みわたると体が完全に固まってしまっていた。


「う、うぉわあああ!!」


 そんな状況でピークコッドも自分を縛っている恐怖心をかき消すように荒げた声で叫ぶ。

 なんとか体の自由を取り戻したピークコッドは隣にいるリリーとラティムを見ると、二人は未だに体を固まらせていた。


(今、動けるの俺しかいないのか?まじかよ……。ラティムもあのドラゴンの姿になってくれたらなんとかなっかもしれねぇのに)

(俺のせいで二人を巻き込んじまった……! だったらここをどうにかするのは俺しかいねぇ!)

(あのトロルはまだケガが治りきっていない……。けどあともうちょっとだな。やるなら今しかねぇ)

(大丈夫……。トロルなんて鈍足の筋肉バカで有名だ……。あの時の、グリフォンと相手するよりは百倍マシだ……)

「いいか二人とも。あいつは俺がなんとかする。俺が攻撃したら全力で逃げろよ……!」


 固まってる二人にそう言うと、ピークコッドは目の前のトロルと対峙する。

 あの巨体と睨みつける一つ目を見ると今にもこの場から逃げ出してしまいそうな気持になり、足が震える。

 そんな自分の弱い心を強引にかき消すようにピークコッドは思い切り地面に踏み込んで震える足を強引に抑えた。

 目の前のトロルの傷は依然として回復し続けており、傷が完全に治ったらすぐにでも襲い掛かってきそうであった。


「やるなら今しかねぇ……! 先手必勝だ!」


 ピークコッドは手から魔法陣を展開させ魔術矢マジックアローをいくつも放っていく。

 放たれたその矢はトロルの顔へと向かっていき、勢いよく着弾していった。


「グオォ!!?」

「今だ!逃げろ!」

「!!」


 ピークコッドが放った魔術はトロルの治りきっていない部分を集中的に浴びせていく。

 いくら治癒能力が高いとはいえ、すでにその力も落ちているトロルは思わず苦しむ声声を挙げる。

 ピークコッドの声を聞いたリリーたちはその合図と共にトロルから離れるように駆け出していく。

 ピークコッドもこの攻撃が終わったタイミングで逃げる算段だったが、目の前のトロルの隙が生じるのを見ると、ピークコッドは思わず魔力を手に込めた。


「今なら倒せるかも……! いっけぇ!」


 先ほどよりも魔力を込めてサイズが大きくなった魔術矢マジックアローがトロルの顔面へ直撃すると、そのままトロルの顔を貫通して抉り取っていった。


「うおお! マジでやった!? ……あ?」


 トロルの顔を抉り、勝ちを確信したピークコッドはガッツポーズをし、それを見たリリーたちは思わず振り返る。

 だが顔の一部が欠損しているのに倒れないトロルを見て信じられないという表情を隠せないでいた。

 それは顔のほとんど欠損しているのにも関わらず、未だに動き続けるトロルの姿であった。


「えっ!?」

「おいおいおい!! なんだよあれ!!」


 顔を抉ったことで視界がなくなったせいか、トロルはバランスを崩して前へと倒れ、四つん這いの状態になるのを見てピークコッドは嫌な感じになる。

 未だに敵意をトロルから感じるその動作は、死んだから倒れたのではなく、の行動なのだと本能で理解した。

 最悪なことに負傷箇所も治り掛かってきているのを見て、ピークコッドの背筋が凍り付いた。


「おい! トロルがあそこにもいるぞ!」

「あの子供もいるぞ!」

「な、なんでアイツらここにいんのよ!!」


 遠くからヴィヴィと他の竜騎兵の声が聞こえる。

 どうやら倒し損ねたトロルを追ってきたらしいが、逆にこの事がトロルを追い詰めていく。

 もはや退くことができなくなったトロルはピークコッドの方向にそのままの姿勢で巨体を向けると、それが何をしようとしているのかこの場にいる全員が察した。


「ピーコ! 逃げて!」

「う、うわぁぁあぁ!」


 目の前で力を込めているトロルが行動を起こす前にピークコッドはがむしゃらに魔術で攻撃を放っていく。


「ああもう! ここじゃ遠すぎる! 火よ! 火の魔術をあの植物に攻撃して!!」

「そ、そんなこと言われたって!」


 傷が完全に癒え、力を十分蓄えたトロルがその巨体を弾けるように飛び出す。

 その見た目からは想像できないほどの速度は一瞬にしてピークコッドとの距離を詰めていく。


「ピーコ!!」


 誰もが助からないと感じた瞬間、突如として上空から白い一閃がトロルの体を大きな音と共に貫く。

 リリーはすぐにその上空を見上げる。

 そこには白いドラゴンに乗る赤い髪の毛の女性が目に映ったのだった。

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