第13話
拠点を囲う森の中からこちらに向かってくる足音が段々と大きくなっていく。
その足音は大きくなるにつれて、数も増えていくのが時間が経つにつれて分かってきた。
「トロルだ! トロルの集団がこっちに向かってきている!!」
「かなり多いぞ!! 早く戦闘態勢に入れ!」
「なんだって……?」
遠くから外を警戒していた竜騎兵が大きな声でトロルの襲撃を皆に伝える様子を見て、リリーたちの言葉に半信半疑だったベリルとヴィヴィは驚いた表情で彼女たちを見つめていた。
――ドゴォン。ベリルたちがいるその近くの壁が急に砕け散り、その衝撃が地面から伝わってくる。
そこには話に出ていたトロルの姿がゆっくりと現れた。
「きゃあ!」
「……!」
「こっちからも来たのか!?」
「アンタたち! 危ないからこっちに来て!」
ベリルとヴィヴィは壁を突き破って入ってきたトロルを警戒しつつ、リリーたちを自分たちの後ろにある物陰に移動させ、二人は身構える。
目の前に現れたトロルの姿は非常に大きく、大木のようながっしりとした体格をしている。
拠点内の灯りで見えるその肌は薄青く、ギロリとこちらを睨みつける一つ目が印象的だった。
「これがトロル……!!」
「……っ!」
「でもあのトロル、なんか様子がおかしいわね……」
トロルの襲撃でこの場が緊張によって張り詰めていく中、ヴィヴィだけはトロルの方を注意深く見る。
それを聞いた後によく見ると、たしかにヴィヴィの言う通りトロルの目が焦点が合ってないようであり、その動きもふらついている。
まるで白昼夢を見ているようなトロルの不規則な動きはたしかに様子がおかしかった。
「……っ!」
ラティムが何かを発見したかのようにトロルの背後に向かって指で示すと、トロルの首筋に何か”植物のような”ものが生えているように見えた。
「なんだアレは……? 初めて見るぞ。ヴィヴィはアレ知ってる?」
「トロルにあんなのが生えているなんて見たことないわね……。多分だけど植物型のモンスターに寄生されているって感じね」
「トロルを苗床にしてるってことか? そういう寄生するモンスターはこの付近じゃ聞いたことないぞ」
「どうだか……。正直、魔染のせいで突然変異しましたって言われても不思議じゃないってことはたしかね」
遠くの方で他の竜騎兵団の大きな声が聞こえる。
その声は拠点の入り口の方からであり、トロルたちの声もあっちの方が数が多いのが分かる。
目の前に現れたこのトロルは集団からはぐれた者なのだろう。
しかし、壁を突き破ってきたこの状況では他のトロルがこちらに来ることもありえる。
「ヴオオォォォ!!」
「来るわよ!」
目の前のトロルの雄たけびが挙げ、ベリルとヴィヴィに走って襲い掛かる。
トロルは二人の前で止まると、丸太のような腕で薙ぎ払っていく。
しかし勢いはあるが、その動作は意外にも遅く、二人はトロルの足元をすり抜けるように回避を行う。
トロルの背後に回った時、首筋に寄生した植物の体からギョロリと一つ目が開き、二人を睨みつけた。
「やっぱりアレが原因ね!」
「てことは他のトロルもアレがあるってこと?」
「そういうことでしょ!」
トロルがゆっくりとこちらに振り向く間にベリルは背中から折りたたまれた弓を取り出す。
ガチャリという音と共に展開し、そこに魔力を込めると両端から青い一本の弦が引かれる。
弓塚にも魔力を込めると、そこから青い色をした矢が出現し、それを引いていく。
――ヒュン。という音と共に魔力の矢はトロルに目掛けて撃ち放たれていき、トロルの肉を削るように何度も撃ち込まれていく。
「……? ……ッ!!」
二人に近づこうとするトロルはベリルの攻撃を浴び続ける形となり、思わず動きが鈍くなっていく。
そのうちの一本の魔力の矢がトロルの顔面を通り過ぎるとグルリとカーブを描き、トロルの方へ戻っていく軌道へと変わり、先にはトロルを苗床にしている首筋の植物に向かっていた。
「……ッ!」
「なんだって……?」
ベリルの放った魔力の矢はたしかにあの植物に向かっていった。
だが寄生した植物がこちらに危害が加わると判断した瞬間、トロルの動きを咄嗟に操り、その攻撃を両手で覆い隠すようにガードをしたのだ。
「なんだあの動き……。急に早くなったぞ」
「あの植物のせいね。じゃなかったらあの鈍いトロルがあんな動きしないわよ」
「これは……かなり厄介だな」
「ええ。そうね」
トロルの最も厄介な能力として、高い治癒能力が挙げられる。
この治癒能力は他のモンスターよりも優れており、先ほどベリルが攻撃した肉を抉るような深い傷も、もうすぐ治りそうな勢いで肉が再生していく。
トロルはその恵まれた強靭な肉体と高い治癒能力のおかげで生命力が非常に強く、他の生物には厳しい環境ですら適応し、そこを住処として生息できるほどの生命力を持っている。
その代償として知恵は非常に低く、それを補うために集団で行動し、また余計な争いを好まない性格が多い。
そんなトロルをあの植物が自分たちの都合のよい苗床として洗脳しているのがよくわかる。
ベリルの攻撃を防いだトロルは攻撃の手が止まったのを知ると、足を大きく動かして二人に向かって突進する。
「くっ!」
ベリルは攻撃を再び加えたが、対するトロルはその治癒能力の高さを生かして、勢いを止めずに二人にに突っ込んできた。
「危ない!」
隠れて様子を見ていたリリーが叫び声を挙げる。
トロルの巨体が二人に襲い掛かる瞬間、その手前で青い光が発現した。
「全く、バカに変な知恵つけさせられると困るのよね」
トロルはその光に突進が遮られる形になり、その光が少しずつ弱まっていく。
そこには一匹のドラゴンが姿を現し、その体でトロルの突進を真正面から受け止めていた。
そのドラゴンの体は鋼に包まれているような光沢があり、トロルに負けない頑強さを感じさせる。
それを表すかのようにドラゴンは太い四つ足でトロルの攻撃を受け止めたまま、全く動かなかった。
「……!」
「コイツ、力比べしたいってよ。それじゃあボボン! やってやりなさい!」
「……グモ」
ボボンと呼ばれたドラゴンは前足に力を込めると、トロルの動きが止まり、段々と押し返される形になる。
トロルも負け時と両手でボボンの体を掴んで抵抗するが、それも虚しく額にある角をしゃくりあげられると、後ろへと倒れてしまった。
「グオォ!?」
大きな音を立てて倒れるトロルを追撃するかのように前足で乗り上げて地面に押し潰していく。
メキメキと嫌な音を体から鳴り響かせるトロルは最早抵抗する力は無く、自慢の治癒能力でどうにか打開するしかなかった。
「変な事されても困るから、さっさと終わらすに限る!」
ヴィヴィは手から魔法陣を展開させると、その色が赤く変色していく。
その魔方陣を展開した手を地面に触れた時を見計らい、ボボンは押しつぶしていたトロルから離れた。
「【
魔法陣はトロルの地面に発現すると、そこから上空に向かって一気に炎の柱が燃え立ち始める。
いくら治癒能力が高いとはいえ継続的なダメージには弱く、また本体になっている首筋の植物に大きな効果が期待できる。
「グオォォォ……」
ヴィヴィの放った魔術にトロルは成すすべもなく、焼き焦げていくのを見て手ごたえを感じる。
やがてトロルはうつ伏せに倒れると、その植物が黒焦げになるのと同時に息を引き取った。
「ふぅ……なんとかなったわね。ボボン、ご苦労様」
「グモ……」
「あ……危なかった……。僕たちだけじゃ多分やられてたな。助かったよ」
「礼はアタシじゃなく、ボボンに言ってよね。それにまだ終わってないわ。ともかくあの子たちを安全な場所まで移動させないと……」
「リリー! ラティム! こっちに来てくれ」
ベリルが物陰に隠れていたリリーたちを呼んでこちら側に集合させると、状況を説明していく。
拠点内はここ以外は今のところ安全なようであるが、ベリルとヴィヴィは他の場所へと援護に向かわなければならない。
今のうちに最初にいた休憩所まで避難するように伝えると、リリーとラティムは静かに頷くのであった。
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