第12話

 ふと、ベッドで寝ていたリリーはだんだんと意識が戻っていき、ゆっくりと起き上がる。

 瞼を擦りながら大きな欠伸をし、まだ寝ている感じの体を伸ばしていく。

 隣ではラティム、そしてピークコッドが口を大きく開けて寝ているのを見ると、よほど疲れていたのだろう。

 体力は十分に回復したのか、もう一度寝るには少し手間取りそうな気もする。

 そんなときリリーは外が少し騒がしい様子なのに気が付くと、リリーの好奇心が少しずつ大きくなっていくのを感じていた。


「ちょっと行ってくるね」


 隣でぐっすりと眠っているラティムの頭を撫でたあと、起こさないよう慎重にベッドから降りて外でへ出てみることにした。

 休憩所を出ると、すでに外は夜になっており、拠点内は火が灯されている。

 そこにはベリルの姿はなく、他の竜騎兵たちが忙しそうに動き回っている光景が目に入った。

 リリーのいた村ではこんな夜に出歩くなど無縁の世界であり、この時間に人がたくさんいるということに、リリーの好奇心はさらに擽られる。


「ちょっとだけなら……」


 リリーの好奇心は次第にちょっとした冒険心へと変わり、それは村で遊んでいたときと同じような感覚でその拠点内を歩いてみようと思った。


「…………」


 拠点内は思いのほか狭く、当たり前だが外の景色は夜の暗闇で全く見えない。

 すれ違った竜騎兵たちは一瞬、リリーのことを見たがそれどころじゃなさそうな雰囲気で通り過ぎていく。

 心の中で燻ぶられた冒険心は次第に冷めはじめ、それが体にも伝わりそうだった。


「いたいた。アンタでしょ。この辺うろついているの」


 もう帰ろうかと寂しい気持ちになっていた時、リリーの背後から女性の声が聞こえる。

 振り向くとそこには、リリーよりも少し背が高い程度の少女がおり、頭には大き目のとんがり帽子を被っている。

 羽織っているローブは黒と紫が入り混じっており、リリーと近い歳を感じるが凛としたその風貌はどこか近寄りがたい雰囲気でもあった。


「なんか子供がここを歩き回っているって聞いてたけど、アンタのことでしょ? そういうことしていると、他の人の邪魔よ」

「ご、ごめんなさい……」

「全く、ベリルは一体何をしているのよ。アイツが保護したっていうんだからちゃんと見なさいよね……」

「…………」

「……何? アタシに何かあんの?」


 ジッと見つめるリリーに棘のある言葉使いで少女は両腕を組んで話しかける。


「えっと……ピーコとおんなじ服をしていたので……」

「ピーコ? 保護された一人のこと? 別にこれって学院の制服だけど、そんなに珍しかった?」

「う、う~ん……」

「……その反応、かなりの田舎に住んでいたのね……。まぁいいわ。アタシの名前はヴィヴィネル。皆からはヴィヴィって呼ばれているわ。アタシの名前、覚えておいて損はないわよ?」

「あ、わたしはリリーっていいます」

「リリー……悪くはない名前ね。そういえばリリー、アンタたちを連れてきたベリルっていう奴、見なかった?」

「いえ……」

「そう。全くどこにいるんだか……。とりあえず戻るわよ」

「わわっ!」


 ヴィヴィはため息をつくと、リリーの手をとってラティムたちがいる休憩所へと歩き始める。

 ヴィヴィの歩く速度は少し早く、歩幅があってないのかリリーは時折こけそうになりながら歩いて行くと、その道中にベリルの姿が見えた。


「ヴィヴィさん! あそこに!」

「ん……?」


 リリーがヴィヴィに声を掛けると、彼女たちはベリルがいた方向を見る。

 そこには道具などが詰まった木箱を拠点の端に持っていっている姿であり、ヴィヴィたちはそのままベリルたちの後を追っていった。


「こ、こんばん……」

「いたわねベリル!」


 ベリルを追い、ついていった先は木箱が山積みになっている場所であり、ベリルはそこで道具を一つ一つ手に取って整理している様子を見たヴィヴィはリリーが挨拶をし終わる前にヴィヴィが怒った声で話しかけた。


「ん? その声はヴィヴィ? それにリリーも。こんなところでどうしたの?」

「この子が迷子になってたから、他の子たちの場所まで送っていく最中だったのよ。アンタが保護したんだからちゃんと見なさいよね」

「それは申し訳ない。こっちもいろいろ大変でさ」

「……で、アンタはここで何してんの?」

「僕かい? 僕は雑用を頼まれてね……」

「頼まれた? 誰に?」

「他の皆からだよ」

「別にそれってアンタがやることじゃなくない?」

「まぁでも、僕はまだ新参だからね……。これくらいのことはしないと……」


 ベリルの言葉を聞いてヴィヴィは少し呆気に取られていたが当の本人はさほど気にしていないようであり、それが逆にヴィヴィの苛立ちを増長させていく。


「はぁ……。まぁいいわ。好きでやっているようだし。それじゃあこの子を連れていくけど、今度はアンタが面倒見なさいよ」

「ハハ。助かるよ」

「ふん……。ところでベリル。もう一つ聞きたいことがあるんだけど、アンタたしか団長と一緒に行動してたわよね? 戻ってきてないの?」

「いやそれがね……」


 団長という言葉を聞いて、ベリルが道具を整理する手を止めると、少し困ったような表情をしながら話し始めた。


「途中まで一緒にいたんだけど、急に何かの異変を感じて何処かへ行ってしまったんだよね……」

「なにそれ。それってここで起きていることと関係あるの?」

「わからない……。何せ唐突だったから……」

「あの……何かあったんですか?」


 気難しい空気の中、リリーはおそるおそる話の内容に触れてみる。

 それは心の中で自分たちの村が襲われたことに関係するのかもしれないという期待を込めていた。


「アタシたちはね。この付近の魔染の影響を調査していたのよ。近頃見ないモンスターもいるっていう話だし。ここだとトロルの集団が移動をしているっていう目撃もあったわ」

「トロル……?」

「図体がでかい、生命力と馬鹿力しか取り柄のないモンスターよ。一応は温厚であまり攻撃性はないんだけど、この一帯じゃあほとんど見かけない。そんな奴が自分たちの生息地を離れてここに現れるなんてよっぽどのことでしょうね。まぁどうせ、帝国のせいだろうけど」

「最近じゃ魔染の影響でさらに凶暴になったモンスターの被害も増えてきている。ここにいるのはその報告を受けたからだよ」

「そう、ですか……」


 自分たちとは関係ないことに期待を裏切られた気持ちになったが、リリーは自分たちの身に起こったことはまだ話してはいない。

 リリーにとって深く関わった大人は村の人たちを除くと、あの帝国兵と目の前にいるベリルたちだけであった。


「あ、あの……!」

「ちょっと待って! 今あっちから何か聞こえなかった?」


 リリーが村で起きた出来事を話そうとした時、暗がりからガサりと音が聞こえる。

 三人は注意深くそこを見つめるとやがてその姿を現した。


「ラティム!?」

「……っ!!」


 暗がりから現れたのはローブを羽織った状態のラティムであり、リリーを見つけると、一目散に駆け寄ってくる。

 どうやらリリーが外に出たあの後、ラティムも起きたようで迷いながらも探しに来たらしい。

 そんなラティムをしっかりとリリーは抱きかかえると、その顔には寂しさでいっぱいになっているラティムの表情があった。


「なにこいつ。アンタたち姉弟なの?」

「えっと~……たぶん!」

「たぶんって……。ていうかこのローブ、学院の奴じゃない」

「もう一人の、ピーコがくれたんです」

「ピーコ? ああ、さっき話に出てきた奴ね。ていうかなんで学院の生徒がこんなところいるか意味わかんないけど……。まぁいいわ。とりあえず戻るわよ」

「……!」

「え? なに?」


 そんな時、リリーの胸の中でラティムの言葉が流れ込んでくるのを感じる。

 どうやら寝ている時、この付近に何かの違和感を感じて起きたらしい。

 その付近にいる違和感は今も消えず、それはこの場所を囲んでいるようであった。


「……え? この辺に……いっぱい……大きいのがいる?」

「ん? 何だって? 今なんて言った?」

「えっと……ものすごく大きいのが、いっぱいこっちに来ているってラティムは言ってます」

「大きいの……。それって……まさか」


 リリーの言葉を聞いてベリルとヴィヴィが顔を見合わせる。

 二人はその言葉の意味を互いに理解したと分かった瞬間、拠点の周りで大きな足音が闇夜から響き渡った。

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