第10話
一晩過ごした横穴から出発したリリーたちはピークコッドが通ってきた道に沿ってしばらく歩いていくと、やがて見覚えのある場所へと辿り着く。
そこは昨晩、グリフォンと戦闘があった場所であったがピークコッドはその道に出ずにリリーたちに一旦、自分の後ろに隠れるよう手で指示を出す。
「う~わ~……。とんでもねぇな……これ……」
三人は岩陰からそこを覗いてみると、そこにはリザードバックの死体に群がるブラットハウンドたちの姿であった。
あの死体はグリフォンが持ち帰らなかった方のリザードバックであり、その匂いを感じて群れを作ってやってきたのだろう。
すでに食事にありつけているためか、貪られている死体は肉塊と化しており、もはや昨日の出来事を知らなければアレが何かわからない。
その数は明らかに昨日よりも多く、肉にありつけているブラットハウンドたちだったが、ケガをしている方はそのおこぼれを待っているように隅で待っているようだった。
そのケガの状態を見るにそのブラッドハウンドはピークコッドが退けたヤツであった。
「この感じ、昨日のアイツらが戻ってきたってことか……」
(しかしすげぇ数だな……。隅にいるヤツも含めたら十匹もいやがる……。たしか帝国兵もグリフォンにやられてたよな? てことはここを突破してもその先でコイツらがいる可能性もあるってことだな……)
「さすがにここを通るって無理だな……アイツら飯に夢中になっているうちに一旦戻ろう」
ブラッドハウンドの獣臭さと死体の異臭のおかげでまだこちらに気づいていないうちにリリーたちに遠回りをして降りると小さい声で言ってその場を後にする。
三人は来た道を戻る形になり、横穴まで戻るとどこかエリウムの方面へと降りれる道を探していた。
「あそこは?」
「う~ん……」
リリーが指を示した場所を見ると先ほどよりも道は細いがその先を見ると山を下りれそうな道でもあった。
少し遠回りである上に先がわからないことにピークコッドは頭を悩ませる。
太陽は真上を通り過ぎるころであり、このまま下手に時間を使っても仕方ないと判断したピークコッドはリリーの示した道へと向かうことにした。
遠回りになっている細い道は意外と降りるルートを通っているようで、このまま順調に進んでいきそうだったが、進んでいった先で問題が発生した。
「うっ、これは……」
それはこの細い道をわが物顔で塞いでいる岩の殻を被った虫のモンスター、イワムカデの存在であった。
その大きさはリリーたちの腰ほど同じほど大きさであり、しかも胴体が長い。
イワムカデは草食性であり大人しい部類であるが、下手にちょっかいを出せば防衛本能で襲ってくることもある。
それが細い道を塞ぐほど多く、しかも岩に生えた僅かなコケを食べているようであった。
ようは食事中のため、下手に刺激すれば厄介なことになるのは目に見えていた。
途方に暮れたこの状況だったがピークコッドは急にあることを思い出した。
「イワムカデめっちゃいる……。こっち側はこいつらの生息地だったのか。……そうだ!」
ピークコッドが何かを閃いたのか近くにいたラティムに声を掛ける。
「たしかお前、ラティムっていったよな? お前さ、あのドラゴンに今なれるか? ドラゴンになれればここを飛んで降りられるじゃん! ていうか、なんでそのことを俺は忘れてたんだ?」
「…………」
「あ、あれ? お~い?」
ピークコッドの言葉にラティムは何も言葉を返さず、戸惑った様子しか反応を示さなかったことにピークコッドは自分の言葉が通じているのか不安になったが、何かを察したラティムが昨日のように体に力を込め始めるとリリーとピークコッドはその様子を期待に満ちながら見守る。
「……!!」
しかしいくら力を込めて体を震わせても全身が青く光ってドラゴンへ変身することはなく、ラティムの体に何も変化は起こらなかった。
「…………」
「……え、失敗? おいおい、じゃあなんで昨日はドラゴンになれたんだよ?」
「…………」
「お、お~い?」
「あ、あの……ラティムは体の奥から熱いものが出てきたからって言ってます。たぶんそれが今はないから……かも」
「そうなの? というかリリー、俺の言葉に全然反応しないんだけどリリーはラティムの考えていることわかるのか?」
「え? ラティムは喋ってますよ。聞こえないんですか?」
「いや……何も聞こえないけど」
「?」
「……?」
(やっぱりリリーには何かそういう能力があるっぽいな……。だからラティムと会話できる……みたいな。それだったらラティムは何か特別なモンスターなのか? 上の方は人だけど下の方は鱗まみれだし)
(……っていうか! 我ながらいいアイディアがすぐ潰れたのは痛すぎる……。かといって
状況が悪くなる一方で打開策を頭の中で巡らせているピークコッドを余所にリリーはイワムカデの方へと近寄る。
好物であるコケをひたすら食べ続けているイワムカデの前にしゃがみ込むとリリーはそれに向かって挨拶をした。
「イワムカデさんこんにちわ!」
「…………」
「あの、この道をね、通りたいんだ。ご飯食べている途中でごめんなさいだけど、ちょっとの間だけ道を開けてくれる?」
「お、おい……」
リリーが昨日グリフォンやったことをイワムカデにしているのを見てピークコッドは思わず声を掛ける。
そもそもモンスターと対話するという発想すらピークコッドにはなかった。
モンスターが跋扈するこの世界でそれができたらどれだけ人の生活が楽になっているだろうか。
そんなことを思っていたその時、ピークコッドの目の前でイワムカデたちがのそのそと動きだすのが見える。
最初はイワムカデを刺激してしまったのかと考えたがイワムカデたちはゆっくりとした動作で道を開け始めていった。
「嘘だろ……?」
道の端まで動くもの。崖側の壁に張り付くもの。
それぞれがコケを食べるのを中断して自分たちのために道を開けてくれたのだ。
「本当に道ができた……」
「わぁ! ありがとう! ピーコ! 通っていいって言ってます!」
「あ、ああ……」
リリーが嬉しそうにピークコッドの名前を呼ぶと、それが間違っていることなどどうでもよくなりつつ細い道を通り過ぎていく。
ピークコッドがチラりと左右にいるイワムカデたちを見ると、たしかにそれはリリーのお願いを聞いてくれるように自分たちが通り過ぎるまでジッとしていた。
イワムカデの集団を通り過ぎると、リリーは振り向いてイワムカデたちに大きく手を振ってお礼を言う。
リリーたち三人は無事にその道を進んでいくと、やがて下りの道へと変わっていき無事にこの山から下りることができた。
「なんとか下りれたけど……」
ピークコッドが下りた先の景色を見て苦い顔をする。
山を下ることはできたが遠回りの道を選択したおかげで入っていった道とは違う道に入ってしまったのを感じたのだ。
幸いにも目の前に広がっている森は深くはなく、見通しは悪くはない。
このままいけばどこかの道に出てきそうな雰囲気だったが空を見上げれば日はすでに傾きかけている。
下り坂だったとはいえ山道を遠回りした代償は重く、三人の方を見ると疲れが見え始めている。
体力の消耗的にここが正念場だとピークコッドは感じると自分の頬を両手で思い切り叩いて気合を入れる。
「うっし! とりあえずここまできたな! 後はここを真っすぐいけばどこかの道に繋がっているはずだ。そうすれば俺たちは助かるぞ!」
「ほ、本当ですか? よかった~」
リリーはホッとしたような表情をして疲れた足を動かそうと力が入る。
だがピークコッドは自分が言った言葉でリリーたちを騙していることに心が痛むのを感じていた。
この場所がどこまで続いているのか、仮に出られたとしてどこの道に通じているのか見当もつかない。そしてその付近を運よく警備兵が巡回しているとも限らない。
それでもリリーたちを元気つけるにはこの方法しかなかった。
(ともかく誰かに発見されればいいんだ。巡回している警備兵でも、荷車を運んでいる商人でも、きまぐれな旅人でもいい。今はそこに賭けるしかないんだ……!)
だがピークコッドの期待を裏切るように歩き続けてもこの道は長くどこまでも続いていた。
歩いても歩いても周囲の光景が森のおかげで景色がほとんど変わらないせいで余計に気が滅入ってくる。
リリーたちの表情も最初の時よりも暗く、今は疲労困憊という状況だった。
ピークコッドも同じような状況であり、喉の渇きも酷くなっていく。
空を見て時刻を見るに夕暮れの知らせをするようにそこには橙色に染まっていた。
そんな時、森の方から何かの気配を三人を感じ取った。
「……!」
森の影から蝙蝠型のモンスターであるジャイアントバッドが現れる。
数は二匹だけ。ジャイアントバッド自体は対して強くないモンスターであるが衰弱している
「やっべぇ……」
三人の状態は悪く、特にピークコッドは昨日の晩からあまり眠れてないため少しでも気を緩めると倒れてしまいそうだった。
ラティムはイワムカデの時みたくドラゴンに変身は期待できないためピークコッドが倒れれば全員やられてしまうのは目に見えていた。
「うう……」
バサバサと飛んでいるジャイアントバッドは攻撃の機会を伺っているようで先手を取るなら今しかない。
ピークコッドは残った体力で強引に手に魔法陣を展開させるとジャイアントバッドに狙いを定めた。
「くらえ……ってあれ?」
魔法陣を展開した瞬間、ピークコッドの体から一気に力が抜けるとそのまま背中から地面へと倒れてしまう。
体力もないのに無理やり魔力を引き出した結果なのか、かえって自分たちの状況を悪化するだけになってしまった。
「ピーコ!」
リリーとラティムが倒れそうになったピークコッドの体を支える。
だが彼の目に映る光景は霞んでおり、体の力が入らない。
文字通り空っぽになってしまったピークコッドを見て目の前で飛んでいるジャイアントバッドはこの機を逃すまいと突撃してきた。
ピークコッドはやっちまった、と自分の身の丈に合わないことをしたなと後悔しつつもここまでついてきてくれたリリーたちに申し訳なさを感じた、その時だった。
「ギャッ!!」
襲い掛かる二匹のジャイアンドバッドの頭上から二本の光が刺しこまれる。
頭から胴体にかけて貫通し、地面に串刺しになったジャイアントバッドを見つつリリーたちはその光が青白く光っている矢のようなものだとわかる。
「……っ!」
「え、上……?」
リリーの隣にいたラティムが何かを感じ取ったのか空を見上げ、リリーもラティムの視線を追うとそこには赤いドラゴンが飛んでおり、その背中に乗る青年の姿がこちらを見下ろしていた。
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