第9話
暗闇の中からパチパチという乾いた音が耳元で鳴っているのに気が付くと、リリーはゆっくりと瞼を開ける。
どうやらあの出来事の後に眠ってしまったようであり、リリーの体にはピークコッドのローブが毛布代わりとして掛けられている。
ふと横から寝息のような声が聞こえ、ゆっくりと首を横に動かしてみるとそこにはラティムがリリーの手を握って寝ている姿であった。
リリーはラティムを起こさないように慎重に手を離して上半身だけ起き上がらると、近くで焚火を見ているピークコッドがおり彼と目が合った。
「お、気が付いたか」
「……ここって?」
「山道にあった横穴だよ。お前あの後に倒れちまったからな。寝ているコイツが担いで運んでくれたんだぜ? 近くにここがあってよかったよ」
「そうなん、ですか……」
「いや~かなり焦ったぜ。だって急に倒れるからなぁ。たぶん疲労が溜まっていただけだと思うけど、コイツめちゃくちゃ焦っててさ。まぁでも俺が持ってきてたポーションを使ったから大丈夫って言い聞かせたけど」
「あ、ありがとうございます……」
「いいってことよ」
(……とはいってもこれで魔道具が全部なくなっちまったな。あ~あ。持ってきたモノで帝国内をやりくりしようと思ってたのに……まぁ仕方ないか……)
リリーたちのいる横穴は焚火が燃え立てる音とラティムの寝息のみが聞こえる。
長い沈黙に耐えかねたのか先に根を挙げたのはピークコッドの方だった。
「……なぁ。その、リリーたちはどうしてあそこにいたんだ? なんで攫われたんだ?」
「……わからないです。でもその近くに村があったのは本当なんです……。それと、お友達とお話できるのも本当……」
「…………」
(うーん……。やっぱり思い出してもこの付近は森一帯が広がっているだけのはずなんだがな……。それにお友達って、たぶんモンスターのことだよな? ラティムっていう子もドラゴンに変身したしコイツって特殊な能力を持っているのか? だから隠れて過ごしていたけど帝国兵に捕まった……っていう考えがさすがに出来過ぎな気がするけど……)
「あの……」
「ん……?」
「ピーコはなんであそこにいたんですか……?」
「ピークコッドな。お前、覚える気ないだろ。……まぁいいや。リリーは自分のことを話してくれたし俺も言うのが筋ってモンだよな」
俯きながらも事情を話してくれたリリーを見てピークコッドはゆっくりと自分の事情を話し始めていく。
「俺はね。先生を追うために帝国に行こうとしたんだ」
「先生?」
「そう。先生っていうのは物事を教えてくれる人のことな。俺の先生がウチの学院から急にいなくなってさ。いろいろ聞いて回ったら帝国の方面に行ったと耳に入ったから俺も追いに行ったんだ」
「帝国……帝国ってなんですか?」
「帝国はこの山を越えた先にある国だよ。ここはエリウムとちょうど境目の場所だ。この二つは前まで戦争しててね。今は休戦状態だけど、そういう事情があるから簡単にはいけないのさ」
「喧嘩してたってこと?」
「まぁそういうことだな。なんか帝国側の方から汚染された魔気、魔染がたくさん流れてきてな。もう作物は枯らすわモンスターは凶暴化するわで大変だったんだ。それを帝国に文句言ったら喧嘩の始まりって感じだな」
「仲直りはできたんですか?」
「仲直りはできなかったね……。ただエリウムが誇る竜騎兵団のおかげで休戦条約を結ばせるまでにはいったよ」
「そう……なんですか」
「ともかく帝国が一方的に悪いことをしたってことさ。リリーにはちょっと難しかったかな? とりあえず横になりなよ。夜が明けたら来た道を戻るから体力は十分に回復したほうがいい。ここは境界線だからエリウム側まで戻れば周辺を警備している兵士に会って俺たちを保護してもらう予定よ」
ピークコッドはリリーを体を横にさせると自分は立ち上がって横穴の入り口を見て、外を警戒する。
定期的に追手が来てないかどうかの確認を済ませると、ふと背中から視線を感じ、振り向くとこちらを見ているリリーの顔が目に入った。
「大丈夫だよ。寝とけって。ここは俺が見とくから」
「その……眠いんですけど眠れないです……」
「……はぁ~。じゃあ眠くなるまでなんか話してやるよ。お前『季節風の魔法使い』っていう話、知ってるか?」
リリーは知らないと首を振るとピークコッドはリリーの傍に近寄って彼女を寝かしつけるために物語を静かに語り始めた。
最初にそれを見たのは長い冬の終わりを告げる暖かい風が吹かれているときだった。
その者は春を告げる風と共に突然として現れる。
その者は旅人であり、風と共に各地を転々としている。
旅人が村や町に訪れると人々に食料を分けてほしいと言う。
旅人は食料を恵んでもらうとそのお礼として畑や物作りの手伝いなどをして人助けを行っていた。
ある時は旅の道中で通った他の地域の文化を伝えることもあった。
旅人はとても気まぐれであり、僅かな日で旅へと向かってしまうこともあれば何日もそこに居座ることもあった。
ある時、一人の村人が訪ねた。"君はいつもどこへ向かっているのか"と。
旅人はその問いに対して決まって同じであり"いつも風たちの向かう先に往く"と言った。
遠目から見る旅人の様子は自然と対話しているような優しさがあり、その者の足どりは魔法のような軽く、そして恵みをもたらす季節風と共に現れることからその旅人のことを『季節風の魔法使い』といつしか言われるようになっていたのだった。
ピークコッドが話を終えるとすでにリリーは瞼を閉じて静かに寝息を立てていた。
隣では同じような姿勢でラティムも眠っている。
二人の手は自然と握られており、それを見たピークコッドは二人をとても仲の良い姉弟だと感じつていた。
――――
「ん……」
横穴の入り口から入ってくる太陽の光に気が付いてリリーはゆっくりと体を起こしていく。
ピークコッドが使ってくれたというポーションのおかげか体に疲労が残ったように感じることはほとんどなかったが頭はまだボーっとしており瞼を擦りながら隣で寝ているラティムの体を優しく揺らした。
「ふわぁ~……。ラティム~。おはよう~……朝だよ~……」
大きく口を開けて欠伸をしながらラティムの頭を撫でていく。
白い髪の毛が寝ぐせでボサボサになっているのを整えてあげるように優しくかき分けてあげると、それに気が付いたラティムが目をゆっくりと開いた。
「~~~」
上半身を起き上がるのと同時に固まった全身をグッと伸ばしていく。
すると先ほどまで眠そうな顔をしていたのに急にパチリと目を開かせるとラティムはリリー方をハッとした表情で見た。
「……っ! ……っ!」
「わわわっ!」
昨日の出来事を思い出しラティムはどこか異常がないかとリリーの体をペタペタと上から触り始めていった。
「ラ、ラティム! も、もう大丈夫だよ!」
全身を触ろうとするラティムを落ち着かせるように肩を掴んで一旦やめさせる。
手を止めて心配そうに見つめるラティムだったが、逆にリリーがラティムの体を隅々まで見つめ、どこか異常がないか確認していった。
「見たところケガとかは……なさそうだね。ドラゴンさんになっちゃってたけど本当に大丈夫?」
「……」
「そう! よかった!」
グリフォンの戦いでドラゴンになったことをラティムを心配するリリーの言葉にラティムは小さく頷く。
その頷きを見てリリーの安堵の表情を見たラティムはリリーのことを心配していたが、逆の立場になってしまったことに少し恥ずかしさを覚え、思わず顔を背けてしまった。
「……? どうしたの?」
「…………」
ラティムの気恥ずかしさによる行動にリリーはあまりよくわからなかったが、ともかくお互いが問題ないことに心をホッと胸を撫でおろした。
「よ~ぅ……おはよう」
すると近くから枯れた声でピークコッドが挨拶したのを聞いてそちらの方向を二人で見る。
そこにはなんとピークコッドが座ったままの姿勢で小さく丸まっていた。
顔はゲッソリと痩せこけ目の下の隈が深いことを見ると、どうやらあまり眠れていないというのがすぐに分かった。
「だだだ、大丈夫ですか!?」
「あぁ……大丈夫ダイジョーブ……。ちょっと緊張してあんま眠れてないだけだから……。それよりもすぐにここを出るから準備しとけよ」
ピークコッドはそういうと無理やり体を起こし外の空気を吸いに向かっていく。
準備をしろと言われても現状やることはなく、とりあえずリリーはラティムの近くで待機することにした。
隣に座って彼の方向を見ると、未だに寝ぐせがついているのに気が付くと、それをまた優しく整えてあげていく。
ふと、彼の体を見ると裸に近いことに気が付き、リリーは毛布代わりになっていたピークコッドのローブをラティムに着させることにした。
「そのままだと風邪引いちゃうからね」
ローブを着たラティムは服というものに慣れてないのか、少し動きづらそうであり、立ち上がろうとすると思わずこけてしまった。
「あらら……大丈夫?」
地面にぶつけた部分を手でさすっているラティムにリリーは近づくとそっと手を差し伸べる。
「そろそろ出発だよ!」
ラティムはリリーの出された手をそっと触れて、握る。
リリーは握った彼の手をグッと引っ張ってラティムを立ち上がらせると横穴の出口へと向かっていった。
「今は大丈夫そうだな……。とにかくさっさとここから降りなきゃな」
外ではピークコッドが周囲を確認しているようで、特に昨日に遭遇したグリフォンを警戒するように空の方向をよく見ている。
ピークコッドが説明するには今の場所は帝国とエリウムの境界線の合間にある山道であり、幸いにもここはエリウム側に近い位置であった。
問題があるとすればこの付近が昨日遭遇したグリフォンなどが危険なモンスターが生息している場所であり、さらに自分たちには食料がない。
体力はピークコッドが持ってきたポーションである程度は回復したがそのポーションはもう尽きており、今日の体力を使って降りることができなければかなり危険な状況になってしまう。
そして降りてからも境界線を警備している兵士が近くにいる可能性も十分とはいえない。
降りてから探すかもしれないし、見つけるのも見つけてくれるのも運次第の部分もある。
さらに言うならこの付近は実は警戒領域ではないということも否定はできない。
故に極力体力を温存したいため、できる限り戦闘などで体力の消耗は避けたい。
タイムリミットは今日の陽が落ちるまでしかないということを頭に入れたピークコッドは出発の合図を送ると三人は山道を下り始めた。
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