第6話
外の様子を知るべく三人は荷車の横の方に耳をピタリと貼り付けて何かの騒ぎを聞いてみると、どうやら外の帝国兵は皆何かに焦っており、バタバタと足音が鳴り響いていた。
「おい! 何が起こったんだ!?」
「グ、グリフォンだ……! グリフォンが急に出てきたんだよ!」
「リザードバックが怖がってる! 引け引け! 一旦引け!」
三人を乗せた荷車はガタガタと振動しはじめ、外では何かとてつもないことが起きていることを三人は感じ取る。
ピークコッドは扉を開けようとするが外から鍵を掛けられているため開くことはなかった。
「やっぱり鍵が掛かってるか」
「ど、どうしよう……」
「大丈夫だ、この程度なら……」
オドオドとした様子で焦るリリーたちを少しだけ後ろに下がらせるとピークコッドは落ち着いた様子で扉の前に腕をかざす。
そのまま腕をかざして集中すると先ほどと同じようにピークコッドの体が青く光り始めていくが、今度はそれらが手首の部分に集約されると一つの形へと形成される。
ピークコッドの手首は小さな青い円の形に囲まれており、その外側に文字が薄っすらと見える。
作られた青い円陣はやがて一つの魔法陣となってピークコッドに力を与えた。
「ふん!」
少し力を込めた声と出すと、その手から青い矢が勢い飛び出すとそれが扉の取っ手の部分へと着弾し、そのまま貫通していった。
ピークコッドはそのまま外側から掛けられている鍵が壊れるまで何発も放つと、それが壊れたのか荷車の扉が振動でゆっくりと開いていった。
「すごいです! なんですかそれ!」
「……!」
「これが魔術だよ。今のは単純に自分の魔力を集めて固めただけなんだけど……。それよりもこっから出ないと……うわぁっ!」
ピークコッドが開いた扉から外を見た瞬間、その先には運び屋の荷車を引っ張っていたリザードバックの顔が間近だったことで思わず尻餅をついてしまう。
リリーがリザードバックに近づいて様子を見ると、顔にあるトサカが濃い赤色をしているのを見てかなり興奮しているようだった。
左右を確認すると帝国兵たちはすでに出払っておりピークコッドの指示でリリー達は一旦荷車から隠れるように降りる。
荷車の先を物陰からバレないように先の方を見るとはグリフォンが帝国兵の前に立ち塞がっている状況であった。
「こんな場所で出るなんて聞いてないぞ!」
「クソッ! もっと照らせ! 見失うぞ!」
帝国兵たちが闇夜から現れたグリフォンをしっかりと視認するためにランタンを掲げて周囲を照らしていく。
山の道中の場所で遭遇したここは人が通る分の広さはあるが、リリーたちを運んでいた二台の荷車によって道が狭く感じる。
さらにそれらによって後退することも難しく、立ち往生した形となった。
目の前にいるグリフォンから少しでも視線を逸らせば確実に襲われてしまう。
そうなれば岩陰などないこの場では身を隠すこともできず、かといって荷車には運ばせていたリザードバックがいる。
下手にそちらを襲われればこの狭い道でこいつらが暴れられたら手が付けられなくなる。
広い場所なら有効な手段になるかもしれなかったが、この状況では荷車を盾にしたり、リザードバックを囮にするのはかなり危険な行為であった。
幸いにもグリフォンも相手の隙を伺っているようであり、下手に仕掛けてはこない。そのためかこの場にいた帝国兵全員がグリフォンに釘付けになっていた。
「あっちに気を取られてる……?い、今しかねぇ……。おいお前ら、とにかくこっから逃げるぞ!」
「に、逃げるって、どこに……?」
「下だよ下! ここはヤバすぎるって! とにかく走るんだよ下に!」
グリフォンは鳥類の目の良さと巨大な翼によって空中から接近し、その強靭な肉体によって一瞬で獲物を倒す狩り人だ。
さらに自身が保有する魔力によって風を操ることができ、獲物が手ごわいと判断した場合に使用してくる。
さらに天候が変わりやすい高い標高を生息しているためか、目が使えない状態であれば、風の軌道を読んで山などの激突を回避する。
ピークコッドは僅かに吹かれている微風を感じ取ると、恐らくこの暗い夜の中でも近い距離ならば十分に感知されてしまうだろうと予測する。
それは獲物を遠くで見つけられるほど目が良く空を駆け、接近戦も可能。そして魔法を状況に応じて使ってくるという判断能力の高さは自然の中で厳しい環境の一つである標高が高い山に住み、そこの縄張りの主として君臨するに相応しい存在だった。
そういった内容を学院で勉強したのを思い出し、実際に目の前に現れたグリフォンに逃げろとピークコッドの本能が警告を発した。
「ほ、ほんとに出るじゃねーか!」
グリフォンと帝国兵が対峙する隙を見て逃げようとした時、リリーたちの後ろからピークコッドを運んでいた荷車の主であるハゲ頭の運び屋が叫びながら走ってくる。
「俺は逃げるぞ……。こいつらにたかられるぐらいなら、俺は逃げるぞ!」
「きゃ!」
目の前で起きた状況のせいで必死なのか先にいたリリーを手で乱暴に払い除けて通ってきた山道を下ろうとする。
手にはランタンを持っていたが、夜の山道を下るにはあまりにも心細い明かりなのが後ろからでもわかる。
「あたたた……」
「おい大丈夫か?おいおっさん! 何するん……」
尻もちをついたリリーをピークコッドが手を引いて立ち上がらせてハゲ頭の運び屋に文句を言おうとした瞬間、その先の光景を見て言葉が失っていった。
「な、な、なんだこいつら! 何処から!? ――ギャッ!」
リリーたちの先は闇夜と表現するのに相応しいぐらい暗い。
この闇夜を照らすのは空に浮かぶ月ぐらいしかなく、その為か運び屋が持っていたランタンの明かりだけがこちら側からよく見える。
だからこそ、そのランタンの明かりが運び屋の不吉な言葉と共に揺れ、それが激しくなり、やがてそれが空中に放り投げられるように見えた後、地面へと割れる音を立てた。
「た、たすけ……」
僅かに聞こえる運び屋の声が三人の背筋を凍らせていくのをそれぞれが感じる。
何かの獣の声、その吐息、そして租借するかのような音。
やがてその正体が暗闇の中から二つの赤い点となって現れた。
「バンティ……ちゃん……?」
リリーは思わずその正体に友達であったバンティウルフの名を言ってしまう。
だがその姿はバンティよりも体つきは細く、目は赤い。
さらにバンティの毛は茶色だが、目の前にいるのは黒い毛であった。
そんなモンスターが一匹、また一匹と暗闇からこちらに姿をさらけ出していった。
「こんなときにブラッドハウンドかよ……。騒ぎでこっちまで来たってことか……?」
「ギギャァッ!!」
リリーたちの後ろではリザードバックの悲鳴が聞こえ、ピークコッドは思わず後ろを振り返る。
そこにはグリフォンがついに攻撃をし始めており、その中で荷車に縛られた状態であったリザードバックが最初のターゲットになったようだ。
すでにリザードバックはグリフォンの手によって太い首を鋭い爪で引き裂いているのが見える。
そこから溢れ出る血の匂いはブラッドハウンドをさらに興奮させるのに十分であり、その証拠に涎まで垂らしている。
その中には血が混じった涎を垂らしているのもおり、三人を凝視するブラッドハウンドたちの赤い目は獲物を絶対に逃さないという色をしていた。
「…………」
「あ……あぁ……」
ラティムは殺意の目で睨んでくるブラッドハウンドに思わず恐怖し、リリーの体に顔を埋めて抱き着く。
リリーもどうすればいいかわからないような、そんな状態でありラティムを抱き返すしかないようだった。
そんな状況で動けるのはピークコッドのみであり、彼は内心焦りながらも懸命に今の状況を素早く分析し始めた。
(この付近ならまだ帝国領はじゃないな……。体力を回復できるポーションはあと一つあるし、これで全力でここから下りる分まで体力は持つ……と思う。目の前にいるこいつらは全部で五匹か……。正直無理だろ……これ。俺の魔術じゃあ……せいぜい二匹、よくて三匹が限界。そんで終わり。でも帝国の奴らはグリフォンに必死だし動けないこいつらを囮にすれば全員から撒いて逃げられるだろうな……)
(……でもそれってさぁ。俺を見捨てたあのハゲと同じになるじゃん……! もしダメでも、それでやられても、結果は同じでも、生き乗っても、クズになるほうが絶対嫌だろっ!!!)
ピークコッドは自分でもなぜこの考えに至ったのかはわからない。
見ず知らずのこの二人をここまでしてやるほど義理高くはなかった。
だけど、それでも、あの運び屋と同じになりたくない。そんな理由の見栄っ張りでもいい、と震える足をしっかりと地面へと踏み込ませ、ブラッドハウンドたちの前に立ち塞がった。
相変わらずブラッドハウンドはこちらの様子を伺っているが少しでも弱い部分を見せれば瞬時に飛び込んでくる気配がしていた。
(これに賭けるしかねぇ!)
ピークコッドは懐から先ほどリリーたちに見せた球体の魔道具を握りこむ。
それを恐怖で体が動けなくなってしまう前にピークコッドはその魔道具にありったけの魔力を思い切り流しこみ、それをブラッドハウンドたちに投げつけた。
「うおおお!」
投げ込まれた球体は魔力を介して核を露出させ、流された分だけ周囲を思い切り照らし始める。
バチバチと音を立てながら起動したそれはこの暗い山道を眩い光によって大きく照らし始める。
夜の目に慣れていたブラッドハウンドにこの光は強烈であり、咄嗟に目を瞑ってしまった。
その隙をピークコッドは逃すまいと素早く手から魔法陣を展開させた。
「【
渾身の一発を打ち放ったピークコッドの魔術の玉が光る魔道具へと当たると、発現していた青い光がさらに強まっていき、やがて大きな爆発音が鳴り響いた。
爆発の衝撃でブラッドハウンドの何匹かが吹き飛ばされていき、その威力と仲間がやられた光景に畏怖したのか、無事だった方のブラッドハウンドは死体となった運び屋を咥えてその場から逃げ去っていくのが明かりが消える手前で見えた。
「あ、あは……あはは。なんとか、なったぜ……。実は俺って結構できるヤツかも……」
自分の行動とその結果に信じられない気持ちのピークコッドは力が抜けてしまいヘナヘナと座り込んでしまう。
ともかくこの場を乗り切ったことにピークコッドは大きく息を吐いて安堵したのだった。
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