第5話
日はもう落ち複数の男たちと共にリリーは村がある場所から遠ざかり、丘を登り続ける。
丘の先には山が並んでおり、その方向へと歩き続けるとひらけた場所に到着した。
「見つかったか?」
到着したリリーはそこには三人の魔導アーマーを着ている者がおり、そのうちの一人がリリーの方を見て叫んだ。
「あ、あいつです! あのガキ見つけたんですよ! あそこの森の中で!」
「!!」
その声は聞き覚えがあり、それは森の中で出会った男と同じであった。
リリーはその声にビクりと震え、思わず足がすくんでしまった。
リリーを見つけた二人の言葉を聞いてその一人がリリーの方にゆっくりと近づくと、寝ているラティムもチラりと見て拘束している男に声を掛ける。
「そいつら、どこで捕まえた?」
「はっ。丘の上の丁度森の入り口になっているところです。恐らく森の方から来た感じかと……」
「ふむ……」
「俺たちは嘘は言ってないですよ隊長殿。決して森にいたモンスターに殺されかけて逃げ回ってたとか、そういうのじゃないです」
「なるほど。確かに探し物を最初に見つけ出した者が手柄になるとは言ったな……。認めよう」
「おっしゃ!」
「喜んでいるところ帝国に無事に戻れればの話……だけどな」
「な、何言ってるんですか……そんな不吉なこと……」
「こっちはこっちでまだやることあるんだ。探し物はすぐに見つけてこいとの命令だ。夜の山越えはキツいだろうがお前たちにはそれをやってもらおう。おい」
「ま、まじかよ……」
二人の男がうな垂れているのを無視して一人の男が近くの荷車をバシバシと大きな音で叩く。
するとその荷車の先には、それに紐で結ばれた二本足の巨大なトカゲ型のモンスターリザードバックが寝息を立てて眠っていたらしく、それが大きな音でパチりと目を覚ます。
「グア?」
胴体に繋がる首は長く、眠そうな顔でこちらを振り向くとそのままリリーの方を黄色い目でギョロりと見た。
――お前も荷物か? とリザードバックに言われたリリーはその言葉の意味をすぐに知ることになる。
リリーたちは男たちに持ち上げられ、そのまま荷車の中に強引に押し込まれていった。
「きゃっ!」
乱暴に入れられたリリーたちはそのままガチャリと外側から荷車の扉の鍵を掛ける音が聞こえる。
その中を見渡すといくつかの大きな木箱があり、人が入れるスペースは子供程度の大きさしか余裕がないほどだった。
外でバシっと乾いた音が鳴ると表で寝ていたトカゲのモンスターが起き上がると荷車を力強く引き始める。
荷車が動き出し、それが緩やかな斜面を登っている感覚をリリーは暗闇の中で自分たちがどうなってしまうのかという不安が大きくなっていった。
「ううう……おじいちゃん……」
リリーは大粒の涙を流しながら祖父のこと、村の人のこと、バンティのことを思い出す。
不安が大きくなるにつれて流す涙も多くなってくるとき、ふと目の前にいるラティムの体に触れた。
静かに眠っているラティムだったがどこか苦しそうな表情はラティムの様態がよくないのかとリリーは思う。
リリーはラティムのほうへと体を這いずらせて近寄り、互いの体を触れ合うとリリーはラティムから温もりを感じる。
その温もりはリリーの不安を和らげ、自然と体の震えと涙が収まり始めていった。
「今はラティムを……守らなきゃ……」
先ほどの男の話を思い返すと、実際の狙いはリリーではなくラティムのほうであることだと分かる。
このままでは自分もそうだがラティムはもっと酷い目にあってしまうのは容易に想像がついてしまった。
今この場ではラティムを守れるのは自分しかなかったが、少女一人ではこの状況を打開するのは不可能に近い。
それでも、たとえ無力でも、自分ができることがあれば何かしようとする意欲が不思議と沸いてきたのだった。
「おいそこの運び屋! 止まれ!」
リリーが暗闇の中でしばらく耐えていると外の方から男たちの大きな声が聞こえる。
どうやら何かあったようでリリーは中から聞き耳を立てて外の様子を伺った。
「て、帝国兵の方々じゃないですか~。脅かさないでくださいよ~。こんな夜遅くまでご苦労様です~」
「挨拶はいい。この荷物は……エリウムからか?」
「そうですぜ。ウチら商品の運びをしてましてね」
「ふん、これまるごと密輸入品か。いい根性してるぜ。どれ、せっかくだしちょっと調べさせてもらおうか」
「ちょちょちょ、旦那~。さすがにさぁ、事前に金は払ってんでさぁ。ここは一つ見逃してくれませんかねぇ?」
「お前たちが余計な物を帝国に持ち込んでいなければ何もお咎めはないんだが? それに金の話なら俺たちには払ってないんだ」
「…………」
「それじゃあ中を調べさせてもらうぞ……。…………すごいな、この魔鉱石の数」
「へへへ……そういうルートを見つけたんで……」
「これだけありゃあ、かなり稼げるよな……ん? なんだ? おいっ! 人がいるぞ!」
人がいるという言葉に他の帝国兵と呼ばれた男たちが運び屋の荷車を囲う足音が聞こえる。
しばらくすると一人の少年の声が聞こえると、すぐに地面へと放り出される音が聞こえた。
「いって! 何しやがる!」
「おい運び屋。こいつはなんだ? こいつも商品ってヤツか?」
「……そいつは知らねぇなぁ。ガキが隙見て紛れ込んだんだろう」
「おい! このハゲ……!」
「ふーん。そういうことっだったら、まぁ今回はこのガキの面倒もこっちで見てやるよ」
「本当ですか? そりゃよかった……」
「ただし……」
「?」
「この魔鉱石の売り上げを少しばかりくれないか? な~に、ほんのすこ~しだけでいいんだ」
「…………」
「なんだその目は。このことを"もみ消してやる"って言ってんだ。いいのか? このままだとこの荷物、全てを帝国が回収してもいいんだが? この辺りのルートは最近モンスターもよくでるが出るって噂もあるしなぁ。でも今なら護衛もつくし悪い話じゃないだろ? それとも一人で夜の山を超えられるか試してみるか?」
「……へ、へぇ。そうですね……そりゃあ、旦那の言う通りでさぁ……」
「よし決まりだな!おい!このガキをこっちの方へ移せ」
外から帝国兵の薄汚れた笑い声が聞こえ、すぐその後にリリーたちがいる荷車に一人の少年が放り込まれて荷車のドアが乱暴に閉められる。
放り込まれたときに頭を打ったのか、後頭部を抑えながらその少年は帝国兵に向かって叫び始める。
「おい! いきなり放り投げんな!」
「うるせぇぞ。どうせお前は逃げられないんだ。大人しく寝ていろ」
「んだと~!? くっそ今に見ていろ……って、うわぁ! なんかいる!」
帝国兵の言葉に怒っていた少年は横にいたリリーたちを見つけると、互いにその声に驚いて体が跳ねる。
少年は驚きはしたが状況を見てリリーに静かに近づくと彼女に耳打ちをする。
「なんだ先客がいたのかよ……。お前も帝国に密入国しようとして捕まった感じ?」
「……え?」
荷車の中は暗いがリリーのキョトンとした反応に少年は違うことを察してそのまま静かになると、唐突にリリーは声を出した。
「あの、えっと……私リリーっていいます。こんばんわ」
「うん? ああ、俺はピークコッドって言うんだ。よろしくな」
「ピー……、ピーコ?」
「おい、ピークコッドな。ったく、間違えるなよ」
様々な出来事があったせいなのか、リリーの頭の中が少し靄がかかったような感じになっており思わず間違えてしまう。
だがピークコッド本人はそれほど気にしてないようなのが彼の雰囲気でわかると、この場いる緊張を少しでも解すために口を動かしていく。
「えっと……。その、みつにゅーこく? っていうのはわからないです……」
「まぁ、さっきの反応みてそうだろうなって思ったよ。こんな場所で捕まったってことはもしかしたら……って。ていうかここ暗いな……マジで何も見えん。ちょっと待ってろ」
ピークコッドはそういうと懐から小さな球体を取り出して念じると彼の体が青く光りだす。
その青い光はそのまま手のひらにある小さな球体に吸い込まれていくと、その球体の外殻がパカりと開くと、中身である核が露出して周囲を照らし始めた。
照らした光によって互いの顔が見えるようになりピークコッドはリリーと向き合うように座りなおす。
途中リリーの隣で眠っているラティムを見ると、ピークコッドは彼のことが気になり始めた。
「そいつ寝ているけど……大丈夫なのか?」
「ラティムはその……いろいろあって疲れちゃってて……」
「疲れたからっていうには見えねーけどな」
「うう……」
「……はぁ~~~。ちょっと待ってろ」
「……?」
ピークコッドは深くため息をついた後、光る球体を置いて自身の着ていたローブの裏側から一つの道具を取り出す。
道具は先端が少し尖った形状をしており、中には赤い液体が入っていた。
ピークコッドはそれを手にもってラティムの方に近づくと、彼の腕に尖った部分を押し当てる。
その道具はピークコッドが少しだけ力を込めると、それと同時に先端から小さな青い光を灯し、道具の中にあった赤い液体がその光と一緒にラティムの中へと肌を伝って水のように入っていく。
容器の中が空になるまで入りきるとピークコッドはふーっと一息をついて座り直し、しばらくすると、ラティムの目がゆっくりと開いた。
「…………」
「ラ、ラティム!? ラティム!!」
「……っ」
「よかった……! 目を覚ましてくれて……。ありがとうピーコ!」
「ピークコッドな」
目が覚めたラティムにリリーは体を乗せて喜びを伝えると、ラティムは何がなんだかわからないような表情をしながらキョロキョロと顔を動かす。
そんな様子を見ながらピークコッドはリリーの拘束を解いてあげている途中に自分の体に違和感があることに気が付いた。
(なんつーか、無事でよかったけど……中身の
喜んでいるリリーたちを見て渋い顔をするピークコッドだったがまだリリーたちが"そういう人物"だとは確定していない。
リリーたちがヤバい方面のタイプなのか、それを知るために兎にも角にも情報が必要だった。
「あー……、ところでさ。なんでお前たちこんなとこにいるんだ? まさか帝国の連中に攫われた?」
「え、え~っと……その、村の外? からこの人たちがやってきて……」
「村? この辺に村あんのか? 地図にはなかったはずだけど……?」
「え?」
「まぁいいや。それで他の村人は無事なのか?」
「わからない、です……。森で遊んでて、帰ってきたらこんなことに……。おじいちゃんもみんなも……」
「そうか……じゃあここにいる意味はないんだな。俺も運び屋に安全に運んでもらう計画もパーになったし、このままじゃ牢屋行きは見えてる。まだ帝国領まで時間は掛かるしさっさと逃げちまうか。あのハゲ頭め、どんだけ金渡したと思ってんだ……」
「えっ!?」
逃げるという言葉を聞いて驚きの声を上げそうなのをピークコッドは思わず手で塞ぐ。
人差し指を一本立てて静かにしろという合図にリリーはコクりと頷くとピークコッドはその手をどけた。
「できるんですか……?」
「まぁ任せておけよ。こう見えて俺はエリウムの学院出身なんだぜ?」
「学院……?」
学院という聞きなれない単語にリリーはキョトンとした反応をすると、ピークコッドはその顔を見て逆に拍子抜けしてしまった。
「え、学院を知らないって……。エリウム魔術学院のことなんだけど、リリーってほんとに辺境にある村にいたんだな」
「ご、ごめんなさい」
「……ってことは魔術も知らないってことか?」
「魔術……さっきの道具のこと?」
「いやいや。あれは魔道具っていって魔力で動かす画期的な……まぁまだ試作段階なんだけど……ほら、これのこと」
ピークコッドは先ほどから明かりにしていた球体を手に取ってリリーたちの前に持っていく。
発光する小さな球体をピークコッドの手から魔力を流し込むとその外殻がクルりと動き、荷車の中全体をほのかに照らしていた光が一点に集中したりと、その奇妙な動作は初めて見るリリーたちの好奇心を刺激した。
「わぁ……!」
「……!」
「どうだこれ。これはな、火がなかったり、逆に使えない場所でも魔力さえあれば明るく照らしてくれるモノさ。まぁほんとはもっと改良する余地はあるんだけど……」
「で、でもこれ、すごいです! すごくキレイです!」
「……!!」
ピークコッドが見せた周囲を照らす魔道具に二人は魅了されたように食いつく。
魔道具を見せた時の二人のその反応にピークコッドは少しだけ背中がむず痒くなるのを感じつつも二人にその顔が出るをごまかす様に背けた。
「そ、そりゃあねぇ当然さ! この魔道具は俺の先生の研究の賜物なんだけど……うわぁ!」
ピークコッドが話している間、手のひらで灯している魔道具が急にバチっと音を立てた瞬間、光が消えてしまう。
どうやらピークコッドが発する魔力の出力が高すぎたようでショートしてしまったようだ。
ピークコッドは照らす魔道具を暗闇の中、手探りで故障してないかどうかを確認していると再び青い光が球体に集まるのを見てホッとする。
再びこの魔道具で荷車の中を照らそうとした時、外で帝国兵の声が聞こえると、それと同時に荷車が急に止まった。
唐突な急停止のせいで三人は荷車の中で体を倒してしまったが、そのまま耳を澄ませると外では何か起きたようであり、三人は静かに荷車の扉までゆっくりと歩いて行ったのだった。
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