第4話

 襲撃してきた鎧の男たちを退け、この場がなんとか落ち着くとリリーはラティムから離れると倒れているバンティの方へと駆け寄る。


「バンティちゃん……!」


 倒れたバンティの体に触れ、ラティムと一緒に容態を見ると魔導ガンによる傷跡はいくつかあったがバンティウルフの頑強さや鎧の男の魔導ガンの精度が悪かったためか、どの傷を見ても深手にはなっておらず、命に別状はなさそうであった。


「よかった……」

「グルル……」

「……」


 だが横にいるドラゴンになったラティムを見てまだ警戒の状態は解いておらず、ゆっくりと立ち上がるとリリーを守るかのように彼女とラティムの間に割って入ろうとする。

 警戒を解く気が全くないバンティの様子も見てラティムもそれに反応するかのようにリリーの体を後ろから大きな手で守るような仕草をした。


「……」

「……」

「あ、あの~……」


 お互いの視線からバチバチと火花が散っているような錯覚になり、リリーはどうすればどうすればいいかとオロオロとしている時、木の上から巨大な影が現れるとそれが近くで降り立った。


「きゃっ!」

「!!」


 ズシンと周囲が揺れるほどの重さが近くで降り立ち、全員がそこに注目する。

 リリーたちがそこを見るとそこにはバオバブと呼ばれる巨大な猿型のモンスターがリリーたちを見下ろして見ていた。

 さらにその周囲にはバオバブの子分である小さな猿型のモンスター、コバオバブが木の枝からこちらを見ていることに気が付いた。


「バオバブちゃん!」


 ここでは森の番人と呼ばれるバオバブはリリーを見た後、その周囲を見渡して状況を確認していく。

 やがて今どのような状態になっていると理解し始めると、目の前にいるラティムと目が合った。


「グルル……」

「……ブモ」


 縄張りの様子を見に来たバオバブは、森の秩序を守る役割も持っている。

 その中で目の前にいるラティムの存在は明らかに異質な存在であり、バオバブの目が鋭くなると、ラティムも負け時と睨み返す。

 ドラゴンとなったラティムの体はバオバブと同じほどの大きさであり、両者の視線がぶつかった。


「わーっ! 違うのバオバブちゃん! この子は違うの! この子はね私たちを助けてくれたの!」


 互いに睨みあい一色即発のような雰囲気を感じたリリーが両者の間に入って両手を大きく振り始める。


「……」

「そうっ! 知らない人たちが私たちを襲ったの! あそこに……あれ?」


 リリーが理由を説明するために指示した場所を見たが、そこには先ほどまで倒れていた鎧を着た男たちの姿はなかった。

 バオバブがゆっくりとそこに近づき、そこに居た痕跡を調べるかのように鼻を鳴らして匂いを探る。


「ブモ……」


 バオバブはたしかにここに不審な者が居たということを知り、どうやらそいつらは隙を見て逃げ出したらしい。

 バオバブは近くにいたコバオバブに指示を出して、そいつらを追跡する事を指示を出した。

 コバオバブがそれに従い木の枝を飛ぶように移動していくのを見届けると、バオバブは視線を感じる。

 そこを振り向くとリリーの事を信用しなかったバオバブのことを非難するかのような目でラティムが睨み続けていたのだった。


「グルル……」

「ラ、ラティム!? 大丈夫だから! もう大丈夫になったから! ラティムもそんなに睨まないで。この子はね、ここの森の番人さんだから!」

「……」


 リリーの言葉にやっと落ち着いたのかラティムはバオバブから視線を逸らすと、バオバブも敵意が無くなったのを察してコバオバブを追うために跳躍し、木々の中を飛んで去っていった。

 緊張が続く状況がようやく終わったのかラティムの体は再び光輝くと、少年の姿へと戻っていく。

 やがてドラゴンから少年の姿へと変わると、ラティムは糸が切れたように体をグラりと揺れた。


「わわっ!」


 危うく地面へ倒れそうになるのをリリーが抱いて受け止めると、そこからラティムの寝息が聞こえてくる。

 ドラゴンになったことがかなりの負担になっていたのか全く起きそうにないラティムを見てリリーは助けてくれた彼の体を労うように優しく背中を撫でてあげたのだった。




 ――



 森の中で鎧の男たちの襲撃を退けたリリーは眠っているラティムをバンティに乗せて村の方へと帰っていく。

 ラティムを背負ったバンティは先ほどの戦闘で傷ついているため負担になっているはずなのだが、そのケガの影響をもろともせずに黙々と歩いていった。


「うぅ……」


 そんな中、リリーは心の中で大きな不安が広がっていた。

 それは祖父との約束の一つである森の奥へは行ってはならないということだった。

 傷ついた自分やバンティを見れば追求されることは目に見えており、バンティの背中にはラティムもいる。

 この出来事はその約束を破ったことによる罰だとリリーは思っており、さらに追い打ちをするかのうように祖父の怒りを受けることはさすがのリリーも気が滅入ってしまった。

 リリーの足取りが重く感じ、自然とその歩く速度も遅くなっていく。

 それは自分を食べる生き物の口へと自ら入るような感覚であった。

 だけど今は村に帰ることが大事であり、特に気を失っているラティムを安全な場所に連れて帰るためには前に歩かなくてはならない。

 矛盾をはらんだ行動にリリーの胸は今にも押しつぶされそうだった。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が荒くなり、心に広がっていた不安がいつのまにか胸を絞めつけるような苦しみへと変わっていく。

 目も少し霞んできているような状態になり、リリーは今にもこの場から逃げ出したい気持ちに溢れそうだった。

 その時、リリーの体に何かが擦り付けられる。


「バンティ……ちゃん?」

「……」


 バンティは苦しんでいるリリーを見上げながらそっと頭をリリーの体へとこすり付けていた。

 バンティもケガをしているはずなのに、それに対して苦しんでいる様子は一切見せない。

 逆にリリーの歩く速度が遅くなるのに合わせてくれ、彼女のことを心配する余裕すら感じるバンティの仕草に思わずリリーはこの子の頭を撫でてあげる。


「心配してくれるの?」

「……グゥ」

「ありがとう……。バンティちゃんは強くて、優しいんだね」


 頭から首筋の毛を掻き分けながら撫でてあげるとバンティも気持ちよさそうな表情をする。

 その様子を見たリリーの心はいつの間にか不安というものが薄れていき、胸の苦しみもなくなっていた。


「よし……。おじいちゃんにちゃんとごめんなさいします」

「……」


 頬を両手で軽く叩き、リリーは気持ちを切り替えると不思議と胸を締め付けていた不安がスっとなくなり、足から感じていた重さも消えていた。

 それどころかバンティの背中の上にいるラティムを早く村に連れて帰らなくてはいけないという使命感が強まっていくと、歩く速度は段々と早くなっていった。

 やがて木々を抜けていくと最初に森に入った入口へとたどり着く。

 太陽はすでに斜めへと落ちており、その光は夕暮れの時刻を表していた。

 だが村の様子が何か変なことに気が付くと、そこから村の方を見渡した。


「え……」


 リリーの目に入ったその光景には森で遭遇したあの男のような姿をした者たちが何人も村の中にいた。

 その男たちは村の人を拘束しているようで拘束されてた者から外の一か所に締め出されていた。

 その中には祖父の姿もあり、リリーはその光景に何が起こっているのか理解が全く追い付かなかった。


「お、おじいちゃん……。おじいちゃん!!」

「まだいたぞ! ガキだ! モンスターもいる!」

「っ!!」


 祖父の場所へと思わず駆け出そうとした時、少し離れた場所から大きな声にビクりと足が止まり、声の方向を見ると何人かの魔導アーマーを来た男がこちらに指を向けていた。

 バンティは背に乗せたラティムを降ろしてリリーに任せると威嚇するように吠えて男たちの前に立ちはだかる。

 だが男たちはそれに怯むことなく手に持った魔導ガンを構えると容赦なくバンティに一斉射撃を行った。

 大量の青い光の弾がバンティに降り注ぐが、背後にいるリリーのためにあえて盾になるようにその場から動かずにいた。


「バンティちゃん!!」

「……っ!」


 男たちの一斉射撃によってある程度までは耐えていたバンティの体はその攻撃に後ずさりをしついには吹き飛ばされて、リリーの近くで倒れてしまった。


「バンティちゃん……! バンティちゃんっ!」


 ただでさえ手負いであったバンティウルフに今度は複数人による攻撃はさすがに耐えられず、力無く地面に伏しており、息を苦しく吐き続ける。

 その様子は明らかに戦闘不能であり、リリーは咄嗟に倒れたバンティに近づこうとしたがすでに男たちに囲まれ魔導ガンの銃口を向けられていた。


「動くなよ。手荒な真似はしたくない」

「あ、あぁ……」


 その場から動けないリリーは未だ眠っているラティムを庇うように抱いて目を瞑った。

 目を瞑ると遠くではバンティが微かに息があるのが聞こえてバンティがまだ無事なのに少しだけ安堵する。


「あのウルフ、まだ息ありますよ。殺しますか?」

「ほっとけ。あれは時期に死ぬ。それよりも……」


 一人の男は懐から魔力探知機を取り出すとそれをリリーとラティムに向けると、その矢印が二人の方向を交互に揺れているのを他の男たちに見せた。


「この反応、それにその姿……。寝ているこのガキの色的にたぶんこいつが例のドラゴンだ」

「ほんとか? でもなんでこの姿に……」

「知るか。"あの方"がどういう仕込みをしたかなんて俺たちが知るわけがない。言われたことはこいつを回収すること。それよりも……もう一人の方だ」


 そういってリリーにも探知機を向けるとその矢印はラティムと同じような引っ張られ方をする。


「これって高い魔力を感知する装置ですよね? 村にいるあの連中にはそこまで反応しなかったのに……。この反応するのが二人もいるってことか? 一体どうなってんだ……」

「知るかよ。だがまぁ、二人もいるってことは」

「……」

「"どっちも"ってことだろ」


 そう言った瞬間、男たちは手早くリリーを拘束して寝ているラティムを担ぎ出す。


「いやっ! やめてっ!」

「おいおい暴れんなよ……。ったく、おいよく聞けよ? お前が暴れたら寝ているこのガキも、下の方にいる村の奴らもどんな目に合うかわからんぞ」

「……!。おじいちゃん……みんな……」

「わかったな? だったら大人しくしてろ。な?」

「……。……」


 リリーは男たちの言うことに黙って従うしかなく、口を閉じ震えながら顔を頷いた。

 リリーはそのまま彼らに拘束されると未だ眠っているラティムと共に男たちに村の外側の方へと連れていかれるのだった。

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