第7話
「おい! そこで何してる!」
闇夜から現れたブラッドハウンドをなんとか退けたリリーたちは少しの息を整える暇を与えないようなタイミングで背後から大きな声にビクリと反応する。
恐る恐る振り返るとそこには一人の帝国兵がこちらに気が付いており、手には魔導ガンがリリーたちに向けられていた。
先ほどのピークコッドが起こした爆発音と光でさすがに目の前のグリフォンを相手にしていた一部の帝国兵に勘づかれていたらしい。
「おい! ガキ共が脱走してるぞ! お前らそこを動くんじゃぁ、うわぁっ!」
帝国兵の言葉を言い終わる前にその後ろから急に突風がリリーたちは急に突風が吹き荒れ、襲い掛かる。
リリーはラティムはブラッドハウンドが現れた時に地面にへたり込んでいたため、その突風を互いに抱き合って体が持ってかれないように耐えていく。
「やべ! やべやべやべ!」
異常な状況を見て瞬時にピークコッドもこの突風が巻き起こす強い風に抗うように、地面に伏せなんとか抵抗を試みた。
三人はなんとかこの場に伏せて耐えたことによりこの突風に体を持っていかれることはなかったが、こちらに気が付いた帝国兵はその突風を背中からモロに受ける羽目になると、フワリと体が浮き上がる。
「あ? あ、ああ。ああああぁぁぁぁっ……」
背中側から持ち上げられるように浮かび上がったその体はそのまま宙に浮きあがったと思った瞬間、次に吹かれた突風で抵抗する暇もなく思い切り崖下へと吹き飛ばされていた。
なんとかこの場を耐え抜いた三人はゆっくりと顔を上げる。
何が起こったのかを知るために前の方向を見ると、そこには大きな翼を広げて音を立てながら靡かせ風を巻き起こしているグリフォンの姿が目に入った。
「がああ……風が、風が強すぎる……!」
「おい撃てって! もっと攻撃しろよ!! このままだとあの風で吹っ飛ばされるぞ! とにかく撃って怯ませろ!!」
「無理だ! 体が持ってかれそうだ! 堪えるしかできねぇ!」
「少しずつ後ろに下がるんじゃダメなのか!?」
「だめだ! 後ろでリザードバックが暴れてる!」
「じゃあどうしろってんだよッ!!!」
「わ、わからねーよッ!!」
グリフォンが自身の魔力から巻き起こす風はあまりにも強い。
翼を靡かせ、突風によって動きを封じるというこの行為は狩りの対象が警戒せねばならないときに使う行動であった。
この巻き起こる風で吹き飛ばされ、体力を奪うのもよし。動きを封じた相手に止めの一撃を刺すのもよし。
帝国兵たちはグリフォンの必勝パターンにまんまと引っかかった状態であった。
「なんとか撃てって! 撃てる奴は撃てって!」
魔導ガンを装填する暇もないほど強烈な突風をどうにかしなければならない。
帝国兵たちは手にもった魔導ガンを撃ち続けてなんとか抵抗を試みていた。
だが、激しい突風に耐えるために体の重心を地面に掛け、さらにはその風によって構えた魔導ガンの射線がブレていく。
そんな状態での攻撃なんかではいくら弾を発射してもグリフォンに向かって真っすぐいくはずもない。
さらにダメ押しと言わんばかりにグリフォンの周囲を風が舞っており、たまたまこちらに飛んできた弾をその風で逸らしていく。
「…………」
目の前の獲物は遠距離で攻撃してくるが、こちらの風による攻撃で身動きが取れず、パニックになっているように見える。
さらには奴らの背後にはもう一匹のリザードバックがパニックを起こして暴れまわっている。
しかもそいつは荷車に紐で固定されているため、その場から逃げられずその周辺を荷車を強引に引っ張りながらただ暴れまわっている状況であり下手に後ろに下がればその巨大な足で潰されてしまいそうだった。
鋭い目つきでグリフォンはこの状況を静かに理解すると、今度は靡かせている翼に大量の魔力を送入していった。
「な、なんかが……何か来ます!」
「……な、なんだって?」
唐突にリリーが指をさしてピークコッドに言うと、そこにはグリフォンがゆっくりと前足を屈み、何か力を蓄えている動作を見たピークコッドは直観的にそれが"本当にヤバイ"ものだと分かった。
「お、お前ら! 伏せろっ!!!」
ピークコッドはリリーとラティムの体を咄嗟に地面へ押し付けてそれにピークコッドも覆いかぶさるように伏せたその瞬間だった。
「―――ッッ!!!」
グリフォンは猛禽類の耳がつんざくような声をあげると先ほどよりも強い突風が吹き荒れる。
もはや一つの見えない塊と言っていいほどの衝撃があり、それが意思を持つかのようにうねっていく。
周辺を巻き込むようにうねりがら帝国兵たちにぶつかると、彼らはいとも簡単に持ち上げられてしまった。
「な、なんだ……? 何が……」
その突風は重量のある魔導アーマーを装着していた帝国兵どころか暴れているリザードバックを荷車ごと風が空中へと持ち上げてしまう。
特に生身のリザードバックは持ち上げられた風の中に刃物のような鋭利な風が混じっており、巨大なその体をズタズタに引き裂いていく。
リリーたちが盾にしていた運び屋の荷車も同じように持ち上がりその中身を吐き出すように周辺にばら撒かれていった。
幸運なことにリリーたちはグリフォンとの距離が遠く、さらに対象として狙われていないのかその突風がこちらを襲うことはなかったがそれでも強い風の力はまだ未熟な体の三人にとっては脅威だった。
荷車からばら撒かれる何かからリリーたちに当たらないようにピークコッドは懸命に彼女たちを身を挺して守っていく。
奇跡的にそれらは当たることはなかったが、ピークコッドがチラりと空を見たとき、空中へと持ち上げられ、その中心に向かっていく帝国兵の視線がピークコッドと合ってしまった。
「た、助け……」
「……っ!」
グリフォンが巻き起こすこの風に抵抗も出来ず、なんでもいいから救ってほしいような、そういう感情を顔を覆い隠しているヘルメットから感じてしまった。
【
グリフォンが放った魔術は風で持ち上げた物体を中心から思い切り外側へと弾けると、それらが山の下の方へと吹っ飛ばされていった。
やがて風が収まると三人はゆっくりと顔を上げる。
そこには帝国兵の姿はなく、運び屋が持ってきたモノが散らばり、辺りにはそれらを照らすランタンの残骸とその炎が揺れている。
そしてグリフォンのすぐ近くには惨殺されたリザードバックの死体だけだった。
「…………!」
グリフォンは肉塊となったリザードバックを巣に持ち帰ろうと前足で掴もうとしたとき、グリフォンは気配に気が付いたのか三人の方向を睨みつける。
まだ邪魔な奴がいたのか、そんなことを言わんばかりの鋭い目でこちらを睨みつけるその風貌はまさに山に生息する上位種のモンスターに相応しい存在だった。
「バ、バレた……」
ピークコッドは今度こそ終わったと心の中で思うと、先ほどの考えがまた蘇ってくる。
首を振って強引にその考えを振り払っていると隣にいたリリーが立ち上がるとグリフォンの方向へと歩き出した。
「お、おい。おい! なにしてんだ!!」
「あの子はただご飯がほしかっただけなんです! だから、ちゃんと話し合えば大丈夫なはず!」
「何言ってんだお前! 頭がおかしくなったのか!!?」
ピークコッドにとって根拠のないリリーの行動に動揺を隠せなかったがリリーのその行動と言葉に迷いがなく、それが妙に説得力があるようにすら思ってしまう。
もしかしたら本当に……という僅かな可能性すら芽生えてくるこの感覚にピークコッドはその場から動けずにいた。
リリーはグリフォンに向かって少しずつ進むと互いの顔を見つつ声を出す。
「そうなんだよね!? お腹が空いていただけなんだよね!?」
「…………」
静かにリリーたちの方向を見るグリフォンと向き合い僅かな静寂が訪れる。
今この場に鳴っている音は夜風が吹かれる音と、残骸となった荷車にランタンの炎が燃え移ってパチパチと鳴っている音だけだった。
そんな中、ピークコッドはグリフォンの目を見て何か違和感を感じた。
それはグリフォンの目はこんなにも"赤黒い色"をしていたのかということだった。
その色は決して興奮状態によって血走った色ではなく、明らかに何か異常な状態であると直観で理解した。
「や、やっぱりヤバいかも!」
硬直していた体を強引に動かすと同時にグリフォンが雄たけびをあげて翼を大きく動かすと、そこから強い突風がリリーを襲い掛かる。
「あぶねぇ!!」
ピークコッドはなんとかリリーに辿り着くと、咄嗟に自分の体で彼女を突風から庇うように背で受け止めて彼女の身を守る。
「おおっ!?」
シャリッという鋭利なモノで紙を簡単に引き裂いたような音が背中から聞こえ、それがローブごと背中を切り裂いたというのが見なくても分かる。
幸いなのが攻撃が浅かったためか服の下までには届いていなかった。
だがその衝撃で二人は吹き飛ばれてしまい、後ろにいたラティムを巻き込んでしまった。
「ななな、なんであんなのと話すとか、意味わかんねぇことするんだよ!?」
「で、でもいつもならお話できるんです! だってそうやって皆と仲良くしてきたから!」
「でもダメだったじゃん!」
言い合っている二人を他所にグリフォンが風を体に集め始めているのを見るとそれが何を意味しているか全員が理解した。
もう一度あの攻撃が来る。
それは互いが言葉を吐けるほど余裕もなく、ただ静かにその光景を見ているしかなかった。
ピークコッドは歯を食いしばって少しでも抵抗をするために手をグリフォンに前に出し、魔法陣を展開させ魔術【
手からいくつもの青い閃光がグリフォンに向かって飛んで行ったが、やはり風の壁によって青い閃光はグリフォンの体を横にすり抜けてしまった。
(あ、無理だ……これ。今のでわかったわ。俺とあいつの魔力量、やっぱ全然違うや。さっきうまくいったから今回もなんとかなるかもってやってみたけどコレで分かっちまった。やっぱ俺、自惚れてたんだ)
「は、はは……」
自分の置かれた状況にピークコッドは引きつった笑いしかできなくなり、リリーは目を瞑ってラティムの手を反射的に握る。
そんな中、ラティムは目の前のグリフォンが自分とリリーに致命的な攻撃を加えようとしていることを理解すると途端に体は少しずつ震え始めていき、彼の体が少しずつ青く光り始める。
その光は握っているリリーの手と道端に散らばった何かがラティムに反応するように強くなっていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます