長谷川祐樹5
そんなことを思っているうちに説明は終わって、体験の時間が始まった。
ほかの楽器はまだ説明をしていて、俺は少しだけ意味のない優越感を感じた。
「とりあえずピアノと同じ感覚で適当に弾いてみて。細かいことは気にしなくていいから」
笹塚先輩の声を合図に、大翔はキーボードの前に立って演奏を始めた。
その音を聞いた瞬間、俺は大きな感動と焦りを覚えた。
大翔の演奏は笹塚先輩とは違って力強く、意思を感じるもので、その音が俺を、自分というものを持っていない俺を見透かして、軽蔑しているように思ってしまった。
大翔の演奏は何も悪くない。
頭ではわかっていても、こんなに強い自分らしさを音でぶつけられて、俺が感情をコントロールできるはずもなく、俺は激しい焦りに襲われた。
でもその感覚とは別に、大翔の演奏はどこか無理をしているようだった。
そしてそのせいでずっと聴いていたくなるように感じた。
大翔の演奏は一分くらいで終わり、気が付くと二人の視線は俺に向けられていた。
当然のことだ。仮入部にいているのは俺も同じで、俺は大翔の付き添いとして見られているわけではない。
とりあえずキーボードの前に立ち、適当に知っていた童謡を弾いてみたが、我ながらひどい演奏だった。
リズムはずれているし、音はすぐ間違えるし。
大翔と先輩は苦笑いで俺を見ていて、俺も同じものを返した。
何とか俺が一曲弾き終えると、先輩はアドバイスを始めた。
さっきの演奏で経験者と初心者の見分けはついたようで、大翔は細かい、高度っぽいことを教えられていた。
それに対して俺には、まずリズムをとれるようにすることが求められた。
俺があまりにも音楽が苦手で、大翔の付き添いだということは先輩も察したみたいで、俺には形式上とりあえず教えた、ということでお互い上達を望んでいるわけではなかった。
だから俺は、練習も少ししながら、ほとんどの時間は大翔の演奏を聴いていた。
下手なことを何度も実感させられるよりは、うまい人の演奏を聴いているほうが俺は楽しかった。
もちろん、そんな俺をとがめる人がいるはずもない。
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