相川大翔10


そうしてキーボードの練習に明け暮れていたら、入学の日はあっという間にやってきた。



初めて制服に手を通し、ほかの人よりもずいぶん久しぶりに学校へ向かった。



電車も使って約三十分かけ、学校に入る。



緊張と楽しみが混ざったような雰囲気は心地よく、これからの学校生活を連想させた。



案内のまま自分のクラス、一年三組に入ると、少しだけ話し声はしていたものの、ほとんどの人が席に座って読書をしていたので、俺もそれに倣った。



チャイムと同時に先生と思われる人が入ってきて、



「おはよう。今日からこのクラスの担任になった清水だ。よろしく」



ずいぶんと雑な自己紹介だったが、見た目通りで違和感はなかった。



その後も、この先生……清水先生の指示に従って体育館へ向かった。



全クラスがそろって少しすると入学式が始まり、先生や生徒の話が始まった。



頑張ってみたが聞く気にはなれず、結局俺はバンドのことばかり考えていた。



それからしばらくして入学式は終わり、その日はそのまま解散になった。



特にやることもないのでまっすぐに家に帰る…はずだった。



しかし、その計画は一つの声によって中止された。



「ねえ、君、今日暇?」



ナンパの決まり文句のようだったが、この状況でその可能性はゼロに近い。



単純に友達作りに励んでいるのだろうと思って、



「暇だよ」



と返した。



俺も、人とかかわるのは嫌いではない。



しかし、こういう人はすぐに別の誰かと仲良くなって離れていくのだろうと思っていた。



だから、どうせ今日だけ一緒に帰ったりして、知り合い程度になるのだろうと思っていたが、その予想は当たらなかった。



「じゃあさ、近くの駅にあるドーナツ屋一緒に行ってくれない?俺、甘いもの好きなんだけど、さすがに一人じゃ行きづらくて…」



「……」



驚いて何も言わなくなった俺を、相手は別の意味に取ったのか、



「あ、俺、長谷川祐樹はせがわゆうきです。急に話しかけてごめん。



でも、なんか君が一番話しかけやすそうで。あっ、別に批判してるわけじゃなくて、ええっと……」



慌てて次の言葉を探している相手……長谷川に俺は少しだけ親近感が湧き、



「俺は相川大翔。早くいかないと店混むぞ」



「え?それは行ってくれるってことでいいの?ありがとう!



早速だけどさ、ヒロトって呼んでいい?俺も祐樹でいいから」



ようやくいつもの調子を取り戻したような祐樹に苦笑いを浮かべながら、俺はこれからの学校生活が楽しくなりそうだなんてことを思っていた。



中学まではこんな口調ではなかった気もするが、長い間人とかかわっていないのだから無駄にしゃべらないほうが楽かもしれない。



そんなことをのんきに考えていた俺は、こんなにも早くバンド仲間に出会っていたとは当時は考えてもいなかった。

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