相川大翔9



テストはあっという間に終わり、あとは結果を待つだけになった。



手ごたえはあったが受かっている保証はない。



でもこれで約半年間必死にやり続けてきたことが終わってしまった。



全く実感がわかない。



その後も、残っていた滑り止めの高校をいくつか受けながら、俺は結果の通知を待った。



結果は、受験日の一週間後に学校に見に行くシステムになっている。



その一週間は、結果を受け入れる覚悟をするには早すぎて、でも結果に対するプレッシャーに耐えるには長かった。



そんなことを考えていたら、合格発表の日がやってきた。



まだ不完全な覚悟とほんの少しの期待を持って、俺は家を出た。



母さんも、何も言ってこなかったが動きがぎこちなくて、緊張しているのだろうと思う。



学校に近づくにつれ、空気は冷たく、重くなっていった。



全員の緊張を含んだようなその空気に足を止めたくなったが、俺は何とか足を前に動かした。



人だかりの中に入って、自分の手元にある受験番号とボードの番号を照らし合わせる。



98、106、……112



視界の中にその数字をとらえた瞬間、俺の中に何かが流れ込んできた。



喜び。安心。



様々な感情が組み合わさったようなこの感覚は今まで味わったことがなく、何か、としか言いようがなかった。



受験票を手に握りしめながら学校の中に入り、入学の手続きを済ませてから、やっと家に帰ることができた。



帰り道も、実感は湧いてこなかったが、来た時とは反対の、春を待っているようなさわやかな優しい風が俺を包み込んでいた。



家に着くと、母さんはいつも通りを装って昼食の準備をしていた。



何も聞かないくせに、その背中からは朝の俺と同じような気配が漂っている。



「受かってたよ」



呼びかけもない、唐突な会話だったのに、母さんはその言葉を待っていたかのように振り向いて笑った。



いや、正確には泣きそうな顔をしていたが、その顔はとてもうれしそうに見えた。



「よかったね」



返事はそれだけだったが、俺達にはそれだけで十分だった。



俺は今後のことを考えなければと思い、入学説明会の案内の紙をカバンから取り出して来て読んでみたものの、まったく実感が湧かず、仕方がないので後回しにしてキーボードを手に取った。



無事学校に入学して一安心したいところだったが、バンドをやるにはまだ一つ問題が残っている。



俺はまだキーボードが弾けない。



自分ができないのに仲間を集めるなんてことはできないので、俺はこれからの一か月間キーボードの練習に没頭しなければならなかった。

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