相川大翔2
財布とスマホを持って、帽子を目深にかぶるだけという簡単な支度をしてから、俺は母さんに
「行ってきます」
とだけ言って、返事も聞かずに家を出た。
外はまぶしいほどに日光が降り注いでいて、まだ朝だというのに思っていたよりも暑かった。
疲れた。帰りたい。
まだ家を出たばかりなのにそう思うのには訳がある。
俺は初め、目的のライブハウスまでは十分くらいなので大丈夫だろうと思っていた。しかし、久々に歩く十分は予想以上に長く、土日の昼間なので人がいつもより多いこともあってか、俺は想定以上に心身ともに疲れていた。
途中日陰で休むことも考えたが、一度諦めたらそのまま帰ってしまいそうだったので、必死で歩き続けた。
それに何より、生であの演奏を聴けたら、全身に電気が走るような”あの感覚”の正体がわかるような気がする。
結局、俺がライブハウスに着いたときには服が汗でびしょびしょになっていたが、不思議と気持ち悪さは感じなかった。
受付を通って、売店でジュースを買ってからライブが行われる部屋の中に入ると、そこにはすでにたくさんの人がいた。
久々の人ごみに、俺はめまいすら感じていた。
しかし、ここまで来て今更帰るわけにもいかず、部屋の隅でライブが始まるのを待っていた。
目の前がチカチカする。
やっぱり行かないほうがよかったんじゃないか。
家にいれば、あのいつも通りの単調な日々が送れたのに。
幸い、俺が本当に帰ってしまう間もなく、すぐにライブは始まったので助かった。
ギター、ベース、ドラム、ボーカル。どれも演奏は上手で、ライブはとても盛り上がっていた。
しかし、俺がパソコンで聞いた時のように興奮することはなかった。
やっぱり、ライブに来たって何も変わらなかった。
あの感覚は俺の勘違いだったんだ。
もう忘れよう。俺にはこんな場所似合わない。
あきらめて帰ろうとしたその時、俺が一週間前に衝撃を受けたあのバンドの演奏が始まった。
この感じ、前と同じだ。
すべてのものが俺の世界から消えて、頭の中に一つ一つの音が刻まれていく。
そうだ、この感覚をずっと求めていたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます