第57話

 リッチ。金持ちのことじゃない。

 古語で【死体】って意味の方だ。

 曰く、魔導を極めた魔術師の大魔法。

 曰く、裏切られた英雄のなれの果て。

 曰く、神を裏切った高位神官の末路。

 とにかく凄い魔法で至るものとされている。

 なお、アズラット兄ちゃんの見解では。


「はぁッ? 研究ノートすら残されてねえってことは再現性がねえんだろ? 魔族あたりの特殊能力じゃねえの」


 身も蓋もない。

 なお話に出た魔族であるが、見た人はほとんどいない。

 ドラゴンより数が少ないか、とんでもない僻地に住んでいると思われる。

 で、リッチの似たようなものというとバンパイアなんてもいるが、あっちは方法が確立されている。

 詳しい方法は知らないというか秘匿されてるけど。

 ただ完全に違法とされていて、バンパイアは見つけ次第駆除。

 魔法を行使するのに関与したものは死罪である。

 ちょっと酷いように思われるけど、バンパイアは吸血で増える。

 これはいろいろな説があるが、基本的には病気の一種説が有力である。

 だから感染と言った方が正確だ。

 感染するタイプの病気なので放って置くと際限なく増える。

 1000体あたりから地方の軍じゃ手に負えなくなってくる。

 この辺あたりで都市ごと焼き払う戦術がとられる。

 幸い感染者と非感染者は聖属性の魔法で判別可能なので住民の虐殺までは起こらない……設定である。

 軍事作戦に絶対はない。

 カール兄ちゃんに何度も言われたセリフだ。

 どんなに完璧に遂行しても一般人が犠牲になるよね、と。

 で、リッチだが、こちらも大問題。

 死体を操って死霊の軍団を作り出す能力がある。

 こっちは病気じゃないんで襲われても死霊にならないんだけど、死んだら死霊の軍団入り。

 死霊はバンパイアと比べて一体一体は弱い。

 だけど死霊を操るからとにかく数が多いし、減るより増える方が多い。

 しかもリッチ本体もクソ強い。

 いやドラゴンブレスなら一発なんだけど、洞窟型のダンジョンだと崩落の危険があってブレスを使えない。

 ラクエルの巣みたいな建物型のダンジョンなら遠慮なくぶっ放すのだが。

 実際、外でリッチが発生したら問答無用で周囲を焼き払うことになっている。

 こっちは一般人の犠牲は考慮しないことになってる。

 最初から皆殺し前提である。

 そのくらいじゃないと10倍以上の被害が出るのだ。

 リッチ避けに火葬が義務化されたくらいだ。

 古い墓地も火葬し直しするくらいである。

 そっちもスケルトンになる可能性はあるけど、高温で焼いて砕いとけば脅威にはならない。

 ここまでやったら、なぜか墓地の周囲の病気も減ったことは研究の対象だ。

 さて、そこまではわかってるのだが、今回どうするかについては良い案がない。

 とりあえず教会騎士とモンクの増援が到着した。

 モンクの寺院は山岳系の宗教。

 教会は平地の宗教。

 基本的にはお互い線を引いて不干渉である。

 ただ人類の脅威になるものへは協力する。

 モンクの僧兵がやってきた。

 俺と家族で出迎える。

 するとなぜかみんな俺を見て首をかしげる。


「リャン、彼はモンクか? なにか違うようだが」


 僧兵の指揮をする髭に白髪の交じったおっさんがリャン先生に聞いた。


「我が弟子で騎士でシーフで魔道士でドラゴンにございます」


「……それは人の身で修められるものなのか?」


「今のところは順調です」


「リャンも退屈せんだろうな」


「まことに」


 なぜかおっさんにギラついた視線を向けられる。

 リャン先生も聖職者がしてはいけない表情を俺に向ける。

 やだ、なに、俺もしかして実験台?

 そして教会騎士もやってくる。

 聖女とシェリル、それにアルバート先生も出迎えに合流した。

 なぜか教会騎士も俺を見る。

 穴が空くほど見る。


「アルバート卿……彼は?」


「我が生徒にして、王国騎士でシーフで魔道士でモンクでドラゴンです」


「教会の騎士にしてはその雰囲気が違うと思ったが……それはすでに人間なのか?」


「いまのところ人間です。いい子ですので安全ですよ」


「そうか。目が離せぬな。世界のためにも」


「ええ、私ももうひと頑張りしませんとな」


 ねえ、なんで一目見ただけで仲間かどうか判別できるの?

 そちらの方が人類やめてないかな?

 問い詰めたら【なんとなく雰囲気でわかる】だって。

 なお魔道士もわかるらしい。

 視線がどこを向いてるかで、どのくらいの間合いになってるとかがわかる。

 そこから前衛か後衛かわかるらしい。

 あとは体つきとのことだ。

 他にも剣ダコとか歩き方とかもあるらしいけど……やはり特殊能力じゃないかな?

 たしかに拳も剣ダコも手の皮がめくれるからつくけどさ。

 でまずは死霊が外に出ないように儀式を行う。


「香を焚く」


 そう言ってさっきのモンクのおっさんが、ほぼ松明みたいなお香を焚いた。

 周りのモンクたちは死者へお経を唱える。

 そのままダンジョン入り口のキャンプに入ると。


「ふんッ!!!」


 ダンジョンの中へお香を投げ込む。

 フルスイングだったのは気にしないことにする。

 で、キャンプに祭壇を立てモンクの儀式は終わり。

 三交代でお香を焚き続けるとのことだ。

 今度は教会の番だ。

 聖女が結界を張る。

 たぶん死霊はキャンプから先に出られなくなったと思う。

 これで焼き払うことはなくなった。

 同時に治療のできる僧侶たちが街の住民の健康診断をする。

 ここで死霊が発見されたら隔離。

 住民のほとんどに徴候が発見されたら街ごと焼き払う。

 ちょっと不安だからラクエルの方を見る。

 するとラクエルは笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。聖女のお婆ちゃんもいるし。私もいるから。リッチは聖女とドラゴンが苦手だよ」


 なるほど。

 それなら焼き払うのはないと思う。

 安心すると急にイラッとした。

 せっかく俺が作った街を灰にしようとしやがって!!!

 ぶん殴ってやる!!!


 教会騎士たちが物資を運び込む。

 騎士がいくら強くてもダンジョン攻略にシーフは必要だ。

 シーフ隊も用意をする。

 だけどなぜか聖女の婆ちゃんに連行される。


「勇者様、今回あなたはこっちです」


「モンク隊じゃなくて?」


「ええ、勇者として教会騎士隊に参加してください。もちろんラクエルちゃんも」


「は~い♪」


 どうやら今度は騎士として参戦らしい。

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