第54話

 俺はラクエルと門の前にいた。

 ダンジョンの入り口が出現したのだ。

 やたら豪華な門と女神像が出迎える。

 教会が信仰している神ではない。


「数百年前に流行った女神だー!」


「ラクエル知ってるの?」


「うん、むかーし、教会を追い出された一派が女神教会を立ち上げたんだよね。教会が無視してたら数十年で消えたけど」


「それって教会の侵攻?」


「そうじゃなくて、幹部がみんな寿命で死んだから解散したんだよ」


「教会が倒したんじゃなくて?」


「教会はむしろ最後ごろは援助してたよ」


「……もしかして組織の規模が小さすぎて敵認定されてなかった?」


「そういうこと。教会の活動の邪魔すらできなかったから放って置かれてたよ。歴史にも残ってないのはそういうことだよね♪」


「でも流行ってたんじゃ?」


「女神像だけね。今でも地方にはいくつか残ってるよ。有名じゃないけど」


 どうやら一時的なブームで終わったもののようだ。

 組織が壊滅してからは一部地域を除いて女神像のメンテもできず放置。

 完全に忘れられて今に至ると。

 当初の意味は完全に忘れられ、女神像だけ一部地方でメンテされてる状態だろう。


「聖女の婆ちゃんが聞いたらどう思うかな?」


「別になにも。我々もそのうちこうなる運命にありますから」


 聖女の婆ちゃんは気配を完全に消していた。

 やはりただ者じゃない。


「別にシーフ避けじゃありません。音と風を遮断する神聖魔法があるだけです。ダンジョンでは入り口でモンスターに襲撃されることも多いので念のためです」


 へえ、兄ちゃんたちが知らない魔法だ。

 俺たちは動くだけでごく微少の風や音が発生する。

 それを遮断することで気配を完全に消せるのだ。

 恐ろしく地味だが使い道は無限。

 シーフが要らない魔法かもしれない。


「安心してください。魔力コントロールが難しいので一般には普及しません」


 上級者用の魔法だった。

 たしかにそんな都合のいい魔法があるはずないか。


「聖女の婆ちゃん、やっぱ俺、調査隊に志願するわ」


 父さんが攻略の前に調査をするための志願兵を募集していた。

 カール兄ちゃんやヒース兄ちゃん、それにアズラット兄ちゃんが志願した。

 リャン師範は貴重な外科の治療師でもあるので後方待機。

 アルバート先生も教会の部隊に参加するらしい。

 なお父さんは全力で止められた。

 俺もどうしようかなと思ってたが、ダンジョンに入ってみたい。

 本に潰されなければだけど。


「聖剣をお持ちしましょう」


「必要かな? 棍は持っていくけど」


「御身が勇者である限り必ず必要になるでしょう」


 そんな大げさな。

 攻略じゃなくて調査なのに。


「持っていけば? 邪魔にならないでしょ? リック、マキビシ持ってかないんでしょ?」


 設置型の罠は攻略するときに邪魔になるからな。

 爆弾も崩落の危険があるから持っていかない。

 煙幕や毒も窒息の危険があるから使えない。

 食料なんかは補給専門の兵が持って行ってくれる。

 剣を持っていく余裕はありそうだ。


「わかった。持ってくね」


 調査隊の集合場所に行く。

 王国騎士団の斥候隊。

 それに兄ちゃんたちとミザリーがいた。

 うん、納得の人選。

 で、俺とラクエルも合流する。


「お、来たな。リック、おまえには期待してるからな」


 ヒース兄ちゃんはそう言うが、残念ながら俺は初心者だ。

 がんばるしかない。

 俺が気を引き締めてると、うぜえ声がした。


「やだーい!!! 我も行くんだ!!!」


 王様である。

 まーたアホなこと言ってる。


「陛下ダメです」


 あのアホな態度は素なのか……。

 もうアホ状態まで知ってる近衛騎士には素を出してるんだろうな。

 騎士さん可哀想。


「いーきーたーいー!!! あ、リック! お前からも口添えしてくれ!!!」


「ダメに決まってんじゃん。ダンジョンの状態だってわからないのに」


 引っ越す前のダンジョンでのモンスターと違うかもしれない。

 わからない状態で国の元首をダンジョンに連れていくバカはいないだろう。


「ぐ、覚えてろよ!!!」


 逆恨みがひどい。

 そんなもん知らん。

 すると今度は聞き覚えのある低い声がした。


「私も連れてってくれ!!! そのために十年以上研鑽したんだ!!!」


 ギルバートだ。

 あちゃー……。


「あ! リック! ようやく見つけた! 頼む! 俺も連れてってくれ!!!」


 アホか。


「ダメ。そもそも騎士職の出番は調査が終わってから。それにギルバートはまだ騎士じゃないだろ」


「ぐっ! そこをどうにか!」


「無理。ギルバートを守り切る自信がない」


「だめか!!!」


「うんだめ」


「だめかー!!!」


 ギルバートが倒れた。

 そこまでショックなことか?


「私はな……。騎士になるために生まれたんだ」


「領主の息子はそうだろうな」


 領主の息子はほぼ強制的に騎士になる。

 うちの父さんは騎士じゃないがそれは例外だ。軍人ではある。

 男爵以上の貴族の家では、国軍もしくは教会もしくは自分の領地の軍に入る。

 一兵卒からやるわけじゃないが騎士として働くし、有事の際は軍を率いる立場だ。

 俺もそのうちどこかしらの騎士になるだろう。


「そうじゃない。騎士になるためだけに教育されてきたんだ」


 どうやら極端な教育を受けてきたらしい。

 うーんでもなあ。


「怪我して騎士になれないよりいいだろ? なぜ功を焦る?」


「……誰よりも優秀になれとの命だ」


「誰が?」


「……当主の爺さん」


 老害だな。完全に。


「退くときは退くのも軍人だろ?」


 命令を無視するのは無能だ。

 誰よりも優秀にと言うのなら命令に従うことを徹底すべきだ。


「そうだな……そうだよな……」


 納得してねえな。

 この顔。


「とにかく俺たちの後にしろって。ただの調査なんだからさ」


 俺は踵を返して去って行く。

 というか嫌になった。この空気が。

 ラクエルは難しい顔をしてる。


「もー、なんか危なそうな気がする!!!」


 俺もそんな気がする。

 言いつけとこ。

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