第47話

 アルバート先生の授業だ。

 やっぱり男子生徒が多い。

 こちらも男子に混ざってミザリーも参加していた。


「弓は特殊技能だから。僕、いつか習いたいと思ってたんだ。でもちゃんと教えてくれるところが少なくて……」


 なんでだろう?


「習うところそんなに少ないんだ……」


「教えてくれるところはあるけど、元軍人だったりして軍で習った自己流なんだよね……。騎士や神殿騎士が平民に教えてくれるわけないし……」


「すっごく納得した」


「だから僕は初心者の方に行くね」


 ミザリーは初心者の方に行ってしまった。

 俺は当然、中級者の方。

 ただし体を鍛える運動しか習ってない。

 よく見ると中級者のグループにはギルバートしかいない。


「やあリック。君もこっちかい?」


「うん、アルバート先生に教わってたから。ギルバートは教会式習ったことある?」


「いやないよ。騎士の方だけだね。他のみんなは剣、トマスで槍までやってたみたいだね」


 もしかしてトマスって案外できる子?


「リックは騎士式はどこまでやってるの?」


「棒術までだよ。ただ棒術はモンク式も習ってるけど」


「すごいじゃないか! 剣はマスターしたんだ!?」


「ぜんぜん。形だけ。まだ体ができてないってカール先生が」


 先生って言っておこう。


「ああ、そういうことか。弓は?」


「小さい弓で教会式の準備運動だけだよ」


「……なんでもないことのように言ってるけど、リックのことだから常軌を逸した過酷な訓練をしてるんだろうな」


 勘違いされてる。

 そんなことはしてない。

 アルバート先生がニコニコしながら来た。

 教会騎士の制服姿だ。


「やあ、みなさん。教会騎士のアルバートだ。みなさん、教会式ではまず弓を訓練することになる。リックくん、お手本を見せてあげなさい」


 なぜかやたら大きい弓を渡される。

 自分と同じくらいの長さだ。


「先生、明らかに無理があるのでは?」


 ですよねー。


「問題ありません。問題ないように鍛えましたので」


 俺責任取らないよ。

 力むとよくないのでいつもどおり弓を引く。

 案外すんなりいけた。

 狙いを定めて……というほどの距離じゃない。

 的は木の板。

 シーフの投げナイフと同じ風に狙いを定めて……今回は距離が近いから真っ直ぐの軌道で……。

 ていッ!!!

 矢は真っ直ぐ飛び、的の板を破壊する。


「……すごい」


 ギルバートが褒めてくれた。


「的が近いからね」


「そうじゃない。その弓を引けるのがすでにすごいんだ」


「そうなの?」


「そうなの!」


 すごいらしい。

 魔法とシーフの技術についてはそれなりに自信があるが、筋力が足りない騎士系のスキルで褒められると思わなかった。


「はい、みなさんもちゃんと段階を踏めばこのように弓を自由自在に操ることができるようになります」


「うおおおおおおおおおおお!」


 なんだかみんなのテンションが高い。

 でも彼ら……俺が普段どんな訓練してるか知ってるのか?


「では……初回から本気で行きましょう」


 アルバート先生がほほ笑んだ。

 鬼がいる。


「では体を柔らかくしましょう」


 もはやストレッチというレベルではない苦行が待ち受ける。

 しかもその状態から弓を放つ訓練だ。


「いいですか。全身の力を使ってください。そのためには体を柔らかくして強くします」


 ぐいんぐいんと体を回し、後ろに体を反りながら弓を引く。


「思ってたのと違う! ぎゃあああああああああああああッ!」


 ギルバートの悲鳴が響く。

 そうなるよねー!!!


「後ろ足が開かない!!!」


 トマスの必死な声がする。

 開くんだなー。なれると。


「はい、危険な姿勢なので直しますぞ」


「や、やめ!!! ぎゃあああああああああああああッ!!!」


 いまのところ、ついて来られてるのはミザリーだけか。

 俺はなれてるから大丈夫だけど、みんな死にそうな声を出してる。


「これは想像を絶する……」


 だけどミザリーも汗びっしょりだ。


「ふ、ふだん使ってない筋肉を全力で……僕、もう……無理」


 ミザリーだけじゃない。

 すでに脱落者多数。

 あのギルバートすら顔を真っ青にしてる。

 筋トレやランニングじゃない。

 己の体との対話だ。

 トマスもすでにリタイヤしてる。


「無、無理……」


 ミザリーが脱落した。

 シーフの訓練じゃない。

 野郎、しかも騎士用の訓練だ。

 ここまで残っていた方が偉い。

 ギルバートもすでに立ち上がれなくなっていた。

 俺も限界が見えてくる。


「では終わりにしましょうか。はっはっはっは!」


 この訓練の恐ろしいところ。

 それはここまでやったのに筋肉痛が起こらないのだ。

 全く起こらないとは言わないが、痛いと言うほどではない。

 体を温めまくった状態でストレッチしながら訓練するからだろうか?

 汗だくになって訓練は終了。

 着替える。

 もちろんミザリーは別だぞ。

 だけどここに侵入者がやって来る。


「リック、授業終わったよ~♪」


 女性向け授業に出ていたラクエルがノックもせずに更衣室に入ってくる。


「ぎゃあああああああああああああッ!」


 トマスが野太い声で乙女のような悲鳴を上げる。

 男子が逃げ回る。

 ひでえ……。


「あれ?」


「ラクエルちゃん! 更衣室に入っちゃダメだよ!」


 と入ってきたのはミザリーとシェリル。

 俺はパンツ一丁。


「きゃあああああああああああッ!!!」


 と悲鳴を上げながらガン見するシェリル。

 真っ赤になって立ち尽くすミザリー。


「どうかいたしまして?」


 さらなる犠牲者アンちゃんが入ってくる。


「ぎゃあああああああああああああッ!」


 男子たちの乙女のような悲鳴。


「アン! だめだ!!!」


 正気に戻ったミザリーがアンの目を隠す。

 地獄になったわけだ。

 あとで怒られるぞ……。

 たぶん呼び出されるの俺だけどな!!!

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