第46話

 誰も結論を出せるはずもなく、課題は宿題に。

 図書館に行く。

 図書館は館内閲覧可。持ち出し禁止。

 学生を信用しないその姿勢。

 おそらく合理的だ。

 俺が図書館に行くって言ったら、なぜか同じ班どころかみんなついてきた。

 ミザリーまでついてくる。


「リック、どこから調べる?」


 すでにクラスの級長と化したギルバートに聞かれる。


「とりあえず地図かな。南部戦線がどうなったか図にしないとわからないし」


「わかった取ってくる」


「じゃあ俺は記録を取ってく……」


「僕が行く」


 ミザリーが取りに行ってくれた。


「他のみんなは帳簿を日付順に分別してくれるかな。俺はコピーするから」


 俺はコピーに専念するつもりだ。


「おう、みんな手分けしてやるぞ」


 ジェイクと他の生徒で書類を分別してもらう。

 俺は紙を出して書類をコピーしていく。

 コピーしたのをみんなに配っていく。


「計算尺借りてくる?」


 計算尺は乗算なんかを計算するための物差しだ。

 こういう書類では必要なものだ。

 いちいち計算なんてしてられないのだ。


「頼んだ」


「はーい」


 ラクエルは計算尺を借りに行く。


「事務能力高けえな……」


 トマスはあきれていた。

 ギルバートが地図を持ってきたので受付で大きな紙を買ってコピー。

 机に広げる。

 俺は説明をはじめる。


「まず基本知識。王国と帝国の戦いのどさくさに王国南部に公国が攻め込んできた。奇襲への対応が遅れて南部戦線は一時、ガーランド伯爵領の一部をとられる形で押し込まれた」


「被害が大きかったわりにはこの話聞かねえよな」


 ジェイクが当然の反応を返してきた。


「勝った戦だけど、ジョン・ガーランド伯爵が責任を取って隠居。他にも粛正の嵐で内情は相当酷かったみたいだね。楽しい話じゃないから誰も口に出さないんだろうね」


「そこまで酷くなった原因は?」


「開戦の理由?」


「そう、なんで公国は攻め込んできたんだ? 名誉も大義もないだろ」


 公国は友好国ではないが商売相手だ。

 攻め込んできた理由は恐ろしくくだらない。


「内政と外交の失敗」


「は?」


 俺の身も蓋もない説明にギルバートが説明を加える。


「公国はもともと政情不安定なんだ。風見鶏の大公が議会の圧力に負けて攻め込んできたわけだ」


「王国だって、その程度事前に知ってただろ? なんでなにもしなかったんだ?」


「本当に攻めてくるとは思ってなかったんだ。10年以上脅迫してたが一度も攻撃してこなかったんだ。国力だってバカみたいに違う」


「なあリック……頭おか」


「言うな。関係者みんな失敗したんだ」


 王国だって公国をなめてたのだ。

 そういう慢心がよくなかったのだ。


「話を戻そう。そんな公国相手になぜ南部戦線の補給が崩壊したか? それが宿題だ」


 ギルバートが真面目な顔で説明をはじめると戸を叩く音がした。


「ちょっと待ってて、僕が頼んだ資料が来た」


 ミザリーが戸を開けると猛禽類。

 たぶんフクロウが入ってきた。

 フクロウは紙の束を置くとすぐに帰った。


「ミザリー、それは?」


「シーフギルドの記録」


「それ外に出していいの?」


「いいから運んできた。リック頼んだ」


 なぜか俺に渡す。

 俺が中を見ると情報が書かれていた。


「なんでこんなに金使ってんだよ……」


 ギルバートにも渡す。


「は? シーフギルドに斥候させてたのか」


「それにしちゃ高くない?」


 と、いうかシーフが欲しければ徴兵すればいい。

 シーフギルドに頼む意味がわからない。


「僕の勝手な考えだけど、政治工作も依頼されたと思う」


 ミザリーが教えてくれた。

 そういうことか……。

 なんだか雲行きがあやしくなってきた。

 今度は帳簿を裏工作してる前提で見る。


「矢の数少なくね?」


 ジェイクが突っ込む。

 さすが商人。


「それだけじゃないや。油も食料も少なすぎる」


「……懐に入れた?」


 まさかーと思いながら言ってみる。


「だとしたら、いまごろ伯爵は首がないはずだ」


 そりゃそうだ。

 戦争で私腹を肥やすのはよくあることだ。

 でも当事者の貴族がそれをやったらすぐにバレるし、責任取らされる。

 死が確定しているのにやるほど愚かではないと思いたいが……。

 じゃあ差額は?

 なにかに使った?

 まさかー。


「並べ終わったぞ」


 トマスが書類を渡してくる。

 時系列順の支出っと……。


「……ラクエルどう思う?」


「うーん、嘘つき?」


 ですよねー。

 そこにあったのはいいかげんな数字の数々。

 そりゃ物資不足になればどんどん物価が上がるものだが、そんなレベルではない。

 デタラメの極みである。

 そもそもなんで公国が襲ってこないと確信してたのだろうか?

 襲ってこないと思い込むより武力を整えた方がまだマシだ。


「政治工作に使った?」


 つまり、戦わずに外交で解決しようとしてた。

 そもそもが公国の政治的失敗による侵攻だ。

 世論……というよりは主戦派をひっくり返す工作をしていた。

 シーフを使って。

 いやシーフも計画の一部だろう。


「リック、でもなんでだ? 戦った方が楽じゃないか? それに……金の無駄だ」


 ジェイクは首をかしげてる。

 完全同意だ。


「……北の戦いに専念したかった?」


「それで最悪の結果になったと」


 誰か犯人がいるより数倍酷い結末が見えてきた。

 いろんな思惑が交差した結果、一番愚かな選択に突き進んでいたわけだ。

 しかもこれ、同じ状況ならまた起こる可能性がある。

 さらに言えば、政治工作しなければ公国が暴走することもなかった可能性がある。


「ユーシス兄ちゃんに聞いてくるわ……」


 クラスのみんなでユーシス兄ちゃんのところに行く。

 ユーシス兄ちゃんはニヤニヤ笑ってる。


「答えにたどり着いたようですね」


「みんなアホだった……」


「そういうことですよ。歴史上の愚かな選択のほとんどは、当事者になれば回避不能です」


「……うわぁ」


「みなさんも、人生で起こる困難は一人で解決できると思わない方がいいです」


「そんなオチ!?」


「だって伯爵閣下が処分されなかったのは、外交による解決が陛下からの使命だったからですよ」


 あのヒゲ!!!


「9割いけそうだったんでしょうねえ。北方に兵と物資を集中させようとして結果これです。そりゃ公国ボコボコにして、その後もおもちゃにされ続けますって。おそらく最近のクーデターも……」


「怖い!!!」


「みなさんは相手が論理的に最適な選択をしてくるとは思わない方がいいです。敵を信用しすぎないように」


 初回にしてはハードすぎやしないか?

 こうしてユーシス先生の絶望授業は名物になっていくのだった……。

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