第42話
王家への呪いは執拗に偽装されていた。
発症するのはそのときの王だけ。
症状は喉が渇く、足が痺れる、疲労感など。
金持ちがかかる病の症状は一通り発症する。
つまり、ありふれた病に偽装して進行する。
病気じゃないので治療の効果はない。
ヒールなんかも全く効果がない。
気が付くと足の先から腐っていったり、目が見えなくなる、黄疸が出るなど致命的な病の症状になる。
そしてさんざん苦しめた後に心臓がゆっくり止まるのだ。
この呪いの恐ろしいところは、呪いだと判明したのがごく最近ということだ。
誰も気づかなかった。
……それこそ王宮医師や高位聖職者もわからないほどの執拗な偽装。
先代の聖女が気づいたが、そのあまりの暗殺適性に恐れをなした先代の王によって呪いの存在は隠蔽された。
つまり俺は……知ってはならない機密に触れてしまったのだ。
騎士たちが人払いをする。
処刑数秒前ってことは……あるかも?
「ご安心ください。リック様が魔法書を解読したので機密ではなくなりました。あとはこの魔法が使えれば問題は解決です」
「ならよかった……ところで呪ったの誰?」
なぜか部屋の空気が重くなった。
聖女の婆ちゃんが本を持ってくる。
「勇者様。こちらを」
本を読む。
……ああ、うん。
ラクエルに渡す。
「どうしたのリック?」
「たぶんラクエルの親か親戚かだと思う」
中には黒龍の記述があった。
偉大なるブラックドラゴン。
死と破壊と殺戮の象徴にして、全人類の敵。
世界を滅ぼそうとして王に討たれた。
……と、わざわざ書くのだから、相当酷いことをしたのだろう。
ブラックドラゴンに対して。
よほど負い目があるのだ。
負い目があるからこそ、わざわざ貶めた。
思考が罪人のそれである。
「ラクエルわかんない!」
ラクエルは理解するのをあきらめた。
ま、弱い人間の仄暗い部分を理解しろって言っても無理だろう。
ドラゴンは生まれつきの強者だからな。
「ドラゴンはこんな面倒なことしないもん!」
「なあ、ラクエル。ドラゴン
ラクエルは首をかしげて考えている。
考えて、考えて、考えて答えを出した。
「あるよ」
「やっぱりね……」
「勇者様、なにがやっぱりなのですか?」
聖女の婆ちゃんに質問される。
だから俺は短く答えた。
「精霊殺しの呪い」
精霊殺しの呪いは、それと知らずに精霊を殺してしまったために呪われる話だ。
殺した本人は苦しみまくって死に、関係のない村まで丸ごと滅びる酷い話だ。
あまりにも救いのない展開にヒース兄ちゃんですら「あまり好きじゃない」と言うほどだ。
「勇者様はドラゴンを精霊だと仰るのですか?」
「精霊かどうかはわからないけど、似たようなものだと」
精霊は雑に言うと襲ってこないモンスターだ。
その中で食べられそうなものを動物と言ってるような気がする。
殺すと呪いにかかると言われてる。
言われてるだけで、根拠に乏しい。
なお客観的根拠のある分類方法はない。
「似たような……確かにそうかもしれません」
ラクエルを一瞬見た後、聖女の婆ちゃんは大きなため息を漏らした。
「たぶんブラックドラゴンが世界を滅ぼそうとしたって記述も、負い目からそう言い張ったのでは?」
「悩ましいことです」
だろうね。
でもそれは教会の仕事。
俺にはあまり関係ない。
「そもそも生まれつきの強者であるドラゴンが人間如き虫けらを殺す必要なんてあります?」
これにつきる。
もちろんこれはたとえ話だ。
ラクエルを見る限りドラゴンは情が深い。
話し合えばわかるし、そもそも人類に敵対することもないだろう。
つまり、もしドラゴンとトラブルを起こしたとしたら高確率で人間の方に原因があるのだ。
「王様……じゃなくて陛下は?」
「父は宮殿にいます」
アンちゃんが答えてくれた。
また王都か。
「その前に私を治療してくださいませんか」
「……呪われてるの? アン、痛くない?」
ラクエルが心配そうな顔をした。
ラクエルの中ではもう友だちなのだろう。
「痛くありません。ただ医師と魔道士、それに高位聖職者の見解ではすでにこの身は呪われてるそうです。発症こそしてませんが。王位に就かなければ発症しませんので」
「つまりアンにかけられた呪いを解呪すればいいんだね?」
「ええ、お願いします。私に効果があれば父の呪いも解呪してください」
了解。
「じゃあやるよ。ラクエル」
「はいはーい♪」
エルダードワーフが何を考えていたのかはわからない。
ただドラゴン語を自分たちの発音記号で書くに至った経緯があるのだろう。
この魔法の難しいところはドラゴン二体で唱える必要があること。
「ぐるるるる~」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」
ドラゴンの鳴き声にしか聞こえない。
でもこれはドラゴンの言葉だ。
なお言えない部分としては、神聖魔法なのに神への祈りがない。
つまり古代の神聖魔法は神と関係なかった可能性がある。
こいつは黙っておこうっと。
そのうち気づくだろ。
アンが光に包まれる。
胸から黒いもやが出て、光に当たって消えていく。
しばらくすると光が消えた。
完了だ。
ガルギエ伯爵がアンを診る。
「呪いは除去されてるようです」
よかった。
「経過観察が必要ですが。ただ呪いに効果があることは確実でしょう」
最後にほほ笑んだ。
機嫌悪そうな顔だったので怖い人かと思ったが、心配しすぎたようだ。
「勇者殿、この魔法を論文にしても?」
ガルギエ伯爵は小さい声で言った。
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。これは借りができたな」
正直言うと、俺とラクエルにしか使えない魔法だ。
研究が進んで似たような魔法が開発されれば、多くの人が救われるかもしれない。
隠すよりはオープンにすべきだと思う。
「では父もお願いします」
断る理由はない。
あのおっさんムカつくけど。
「かしこまりました」
こうして呪い騒ぎは幕を閉じた……と思ってたんだよな。
ちょっとだけ続くのである。
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