第41話

 さてヒース兄ちゃんの聖典の授業だ。

 必修なので男子も女子も教室に集まる。

 まずはオリエンテーション。

 神話の話でもするのだろうか?


「まずは聖典を読みこめ。聖典をおおよそ暗記したら、次はこいつだ」


 複写魔法で作られた新しい本だ。

 古代語で書かれている。

 タイトルは【聖典】。

 ほう……。


「そしてこいつな」


 タイトルは【古代魔法】……聖典の授業?


「古代魔法から復元した、現在わかっているだけの神聖魔法が書かれている。解説以外は古代語だ」


 つまり現代語版聖典から古代語の聖典を解読して、それができる前提で古代神聖魔法を憶えろと……。

 いや、それをエルダードワーフ語でやったら頭おかしい扱いだったじゃねえか。

 なに考えてるの?

 まだ人間の言語だから俺は楽だけど。

 さすがに教室がざわつく。

 彼らを代表するようにアンちゃんが手を上げる。


「はい、アン様。なにか質問でも?」


「あの……先生。難しすぎると思うのですが?」


「私も思います」


「ではなぜ?」


「この教室にできるものが二人いるからです」


 俺は誤魔化すように汚い笑顔になる。

 ラクエルは空気を読まずに手を上げる。


「はい、ラクエル」


「はーい先生! 私とリックはできるよ!」


「ま、こういうことです。アン様をはじめとした上級貴族の子は新訳版は頭に入ってるでしょ?」


 上級貴族には必須のスキルだ。

 神聖魔法は教会の聖典の一節が呪文になっている魔法だ。

 この神聖魔法の存在によって教会は奇跡の体現者として権威を持っている。

 なにせ聖典には【血を止める加護】や【傷口を縫い付ける加護】、【傷口の腐敗を防ぐ加護】などの超実戦的な魔法が書かれているからだ。

 聖典の現代語版はオープンにされている。

 ただ神聖魔法として使うのは難しい。

 だけど王族や上級貴族は血眼になって神聖魔法を習得する。

 司令官の死は敗北に繋がる。

 それを防ぐためにも上級貴族は神聖魔法を習得するのだ。

 大金を積んで偉い聖職者に家庭教師になってもらうほどだ。

 子爵以下の我々はそこまでの余裕はない。

 だから気合で勉強するか、上級貴族に取り入って教えてもらう他ない。

 とはいえ、男爵子爵だと後方で指揮ってよりは家臣率いて自分も突撃というパターンが大半。

 神聖魔法を唱える前に死ぬか戦闘不能になってることが予想される。

 攻撃魔法で火力を増やした方が生存確率が高いのだ。

 なので神聖魔法を捨てるという選択肢もある。

 怪我の種類によっては戦後に苦しんで死ぬこともあるけどね。

 そんな俺たち下級貴族と比べたら王族のアンは聖典に詳しい。

 暗殺の危険にさらされる王族は最優先で神聖魔法を教育されてる。

 上級貴族よりもさらに深く神聖魔法を習得している。

 アンはヒース兄ちゃんの問いに答える。


「ええ、王族の義務ですから。新訳版なら一通り」


「そこの二人は古代語版と……俺の知ってる限りじゃエルダードワーフ版も頭に入ってます」


「エルダー……ドワーフ……待ってください。お二人はエルダードワーフ語ができるんですか?」


「ええ、国王陛下と聖女様には報告済みですよ」


 するとアンちゃんが立ち上がった。

 ずんずんと俺たちの座ってるところへ来る。


「お二人とも、話があります!」


「は、はあ、なんですか?」


「翻訳して欲しい本があります」


「いいですけど。聖典と言い回しがかけ離れたものとか、当時の専門用語だらけのとかは無理ですよ」


 例えば当時の楽器のレッスン本とかは無理だ。

 今と楽譜の表記自体が違う。

 古い楽器の知識が必要だ。

 そういうのは楽器が得意なラクエルでもないとわからない。


「いえ、神聖魔法の本です」


「なら……できる範囲でなら」


 とその場で答えてしまったのがよくなかった。

 ヒース兄ちゃんが笑顔になる。

 え? ちょっと来い?

 なに?


「俺は教授として上に相談せにゃならん。わかるな?」


「うん?」


 後日、というか次の日。

 強制的に学校は休みになった。

 王都からの騎兵がやって来て厳重に守られた本を俺に渡す。

 で、その場にアズラット兄ちゃんと、ヒース兄ちゃん、それに聖女の婆ちゃんとシェリルまでに囲まれる。

 それだけじゃない。

 ものすご~く、気難しそうな爺さんもその場にいた。


「えっと……あの人は?」


「宮廷魔術師のガルギエ伯爵閣下だ」


 ヒース兄ちゃんが教えてくれる。

 なんだか機嫌が悪そうだ。


「機嫌悪いの?」


「いや、それより馬車を飛ばしてやってきたんで疲れてるんだろう」


 偉い人の中でうちの領地に急いでやってくるのが流行ってるのだろうか?

 少なくとも翻訳はそんなに急ぐ必要はないはずだ。

 本を渡される。

 すると部屋の外が騒がしくなる。


「みんな見に来たみたいだよ!」


 ラクエルがうれしそうに言った。

 俺と違ってラクエルはすでに友だちを大量に作っている。

 ラクエルを見に来たんじゃないかな?


「それで翻訳してほしい本って?」


「こちらです」


 アンがそう言うと騎士が本を持ってくる。

 中を開くと確かにエルダードワーフの言葉で書かれていた。

 だけど俺は言った。


「エルダードワーフ語ですが、言葉じゃないですね。ラクエルわかる?」


 ラクエルに渡す。


「うーん。発音記号だね、ご・ご・ご・ごあ……これって!?」


「ドラゴン語だよね。意味は厄災を取り除く加護」


「【厄災】じゃなくて【呪い】だよ!」


 ラクエルに訂正された。

 呪いの解除か。


「確か、解呪の加護って新訳版にもあったよね?」


「それでは解除できない呪いの解除が目的です」


「解呪できない呪い?」


 初耳だ。

 ヒース兄ちゃんを見ると冷や汗を流していた。

 そんな恐ろしい呪いがあるのか……。


「蝕む血の呪い……現在の魔法では解呪不可能な死の呪いです。即効性こそありませんが、じわじわと着実に弱らせ死に至る呪いです」


「へえ、誰が呪われてるの?」


「父です」


「へー……嘘だろ!!! あのおっさん呪われてたの!? 元気すぎるだろ!!!」


 行動力無限大とかの人外じみた生き物だろ!?

 俺が驚いてるとラクエルが言った。


「この魔法、呪文自体がドラゴン語だよ。ドラゴン……とリックにしか使えない魔法だね」


 ……やるしかないか。

 確かにあのおっさんは最高にウザくて、強引で、人を罠にはめようとしてる悪党だ。

 だけど知り合いだからな。

 しかたないなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る