第38話

 講義が始まる。

 初回はオリエンテーション。

 廊下に黒く塗られた板が置かれて、そこに講義計画表がろう石で書かれていた。


「ラクエル、貴族の男子は王国騎士と神殿騎士の武術は必修だって」


 平民だと武術系は片方だけでいいらしい。

 となると徴兵される可能性のある王国騎士コースに人が偏るだろう。

 実は弓使えた方が待遇いいから執拗に弓を訓練する神殿騎士の方が正解である。

 あとでジェイクくんに教えてあげようっと。


「貴族の女子は……お茶会と社交、詞と楽器だって」


 女の子はやることが多いからたいへんだ。


「へえ、ドレスの採寸するから女子は購買に集合だって」


「男子は?」


「明日訓練用の鎧の採寸だって。自前のじゃダメなのか」


 鉄の鎧は重いんだよな。

 軽装の方がうれしい。


「あと女子は楽器の発注もだって。ラクエル演奏できる?」


「ラクエル楽器得意だよ♪」


 初耳である。


「なんの楽器?」


「弦楽器ならなんでも~。人間の姿じゃないと弾けないけど」


 意外な特技である。

 計画表を見ているとミザリーがやって来る。

 なぜか騎士団の制服を着てる。


「おっす」


 俺はシュタッと手を上げる。


「おはよ」


 ミザリーはゆっくり手を上げて返事。


「おはよー♪」


 ラクエルは両手で喜びを表す。

 ミザリーは学習計画を見るとため息をついた。


「シーフの講義がない……」


「ヒース兄ちゃん、神学の講師だからな」


 聖女だと偉すぎるのでヒース兄ちゃんが半ば強制的に必修である神学の担当になった。

 主任司祭は講師ができるくらいには偉いのである。

 なのでシーフの講義は神学担当が補充される来年度以降である。


「とりあえず僕は王国と神殿騎士のを履修する」


「詩と社交は?」


「僕にそんなことができるとでも?」


「一緒に受けようよ~」


 ラクエルが言うとミザリーは悲しげな顔をする。


「ムリ。詩に社交なんて……僕に死ねというのか!!!」


 ミザリーのその目は本気だった。

 俺たちが頭の悪そうな話をしてると、今度はシェリルとアン様が来た。


「おはようございます」


 臣下の礼を取ろうとしたら止められる。


「おやめください。今の私はただの学生ですので」


「では……、屋敷はどう?」


 アンの屋敷は丘っを作って、その上に建てた。

 広くて伝統的で権威のあるデザインだ。

 学校を見下ろすロケーションだ。


「ふふ、父も喜んでましたよ。わかってるじゃないかって」


 あのおっさんに喜ばれてもうれしくない。

 だけど、アンもまんざらじゃなさそうだ。

 よしとしよう。


「ミザリーさん、私たちと詩と社交の授業受けましょう」


 あ、これ断れないやつだ。


「え、僕ぅ? い、いやだ! 社交やお茶会なんて絶対嫌だ! 絶対嫌だ!!!」


 断っちゃった。


「うふふ。シェリル」


「はーい。ミザリー。こっちに行こうね。お茶会用のドレス発注するから」


「ま、待て! 僕はそんなひらひらした服なんて着ないぞ!!! や、やめろ! やめろー!!!」


 意外に強いシェリルの腕力で引きずられていく。


「ラクエルさんもドレス頼みましょうね!」


「お姫様みたいなやつ?」


 ラクエルはわくわくしてピョコピョコ跳ねてる。


「ラクエルさんは子爵家のお姫様ですから」


「うわーい! お姫様!」


「ではラクエルさんを借りていきますね」


 なんだから乗せられたような。

 そのままラクエルはシェリルにお持ち帰りされた。

 俺は楽器に頭を悩ます。

 才能ないんだよねえ……。壊滅的に。

 悩んでるとジャックとオリヴィアがやって来た。


「あ、若。おはようっす」


「おはようございます。若旦那様」


 二人が家臣化してるのは誰の目にも明らかだった。

 友人としてはこれはダメか……。


「当然、坊ちゃんは騎士過程、王国と神殿両方取るんですねよ?」


「取らないとお説教されるからね」


 ものすごい表情でお説教される姿が目に浮かぶ。

 俺に選択の自由などないのだ。


「俺は神殿騎士のコース履修するか迷ってるんですが……正直どうです?」


「弓は特殊技能だからできると軍での待遇いいよ。しかもちゃんと教師に習ったものだったら。軍でも冒険者でも引っ張りだこじゃないかな?」


 実際、弓兵は狩人に教わったとか自己流とかが多い。

 その狩人だって短い期間軍にいたとかだ。

 そのせいかある程度の精度を持つ弓兵はエリート扱いだ。

 騎士になっても通用するスキルだ。


「若が言うならそうなんだろうな。じゃあ受けます」


「うん、じゃあ騎士の授業で」


「うっす」


「オリヴィア。ドレスの注文あるから女子は売店前で集合だって」


「社交ですかー……。若はどうなんですか?」


「男も詩をある程度書けないと婚活で詰むって聞いたことある」


「若は関係なさそうですね」


「まあそうなんだけどさ!!!」


 否定はできない。

 ところがジャックは焦っていた。


「え……初耳なんですが」


「うん、女子からしたら詩を読んで相手の教養を測るみたいよ」


「怖い! 女子怖い!!!」


「ジャックくんは婚活必要だしね」


「え……?」


「だってうちの家臣。独身の男ばかりだし」


「うわああああああああああッ!!!」


 それは魂の叫びだった。

 人生の墓場とかそういうんじゃない。

 知らんやつに値踏みされるという未知なる恐怖だった。

 わかるよ……本当につらい。

 剣だけ振ってればいい生活なんてどこにもないんだ。

 爵位を持ってない地方領主の娘とか、軍の上司の娘とか、男爵家の末娘とかだと俺が楽できてうれしいな。

 精神崩壊するジャックくんとは反対にオリヴィアはやる気満々だった。


「男を選ぶにも詩の善し悪しがわからないとですよね!!!」


「ですよねー」


 本当にたくましい。

 そのままオリヴィアは売店に行く。

 ジャックくんと二人になった。

 正直あまり会話が進まない。

 何を話そうか考えてると、今度はセバスチャンとジェイク、それにカーラがやって来た。


「勇者! おはよう!!!」


 カーラが元気よく挨拶する。

 声が大きい。


「女子は売店でドレスの注文だって」


「……セバスチャン。私のサイズあるかしら?」


 ……うん、はい。

 ちっちゃいもんね。


「お嬢さま。ご安心ください。サイズがなければ作りますので。私が」


「セバスチャンが!!!」


「リック……執事はなんでもできるんですよ」


 執事シーフ説だと……。


「なにボケ散らしてるんだよ。年齢不問の学校なんだ。小さい子のサイズも想定してるっての」


 ジェイクはあきれた。


「じゃ、売店にお嬢さまの共で参りますので……」


 セバスチャンはそそくさと行ってしまう。

 男三人が取り残された。

 一番会話がうまそうなセバスチャンはいない。

 どうする俺!!!

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