第35話
ミミの錠前金具に縄をつける。
ラクエルと手を繋いで、いつものお散歩。
……絵面が狂っているのは俺もわかっている。
連れているのも自分をポメラニアンだと言い張るミミックだ。
言葉が通じるミミックというだけでもおかしいのに、ポメラニアンと言い張っている。
ポメラニアンには言葉は通じないはずなのに。
「ミミちゃん、天気ですね~」
「良い天気ですね~ラクエルお姉ちゃん」
と狂った絵面の散歩をする。
だいぶ現実から目をそらすのが上手になった。
そんな中、ガラガラと音がする。
馬車だ。
馬車はもー……、もー、見飽きた。
うちの領地だけで数百台の馬車がやって来た。
豪商。
奨学金受給者。
貴族。
中央の騎士。
の子弟だけじゃない。
うちの派閥に取り込もうとする貴族の使者。
学校を監視するために派遣された間者。
学校を守るために雇われた兵士。
人が集まっていることを聞きつけた商人。
他国から様子を見に来た外国人。
それについてきた貿易商。
もうね、突貫工事だったよ。
俺とラクエルで全部、全ての建物を作ったよ!!!
ラクエルの本を見て、わざと100年~300年くらい前の様式で屋敷を建てた。
【放置されてた】って言い張ればそう見える。
別に建物を隠蔽する必要はなかった。
ただ俺が作ったことは隠したい。
王様みたいにラインをわきまえてるなら安全だ。
だけどそういうラインを読めない輩に知られたら、俺かラクエルがキレるまでいいように使われる。
敵対心剥き出しだった公爵の野郎はまだ善良だったと言えるだろう。
世の中にはもっとえげつない輩がいるのだ。
そういう連中を事前に排除する仕組みが必要だ。
古都に偽装するのも【いやいや、こんなところに古都なんてねえだろ!】ってツッコミを入れられる人にしかわからないようにするためだ。
そのくらい教養があると裏の意図を汲んで……というか王族が裏でなにかやってるのを察知して高い確率で火遊びはやめてくれるだろう。
壁も作ってユーシス兄ちゃんの再開発計画に沿って中央に学校と父さんの屋敷を設置。
そこから放射状に街を設計した。
ユーシス兄ちゃんはヤバいくらい優秀だと思う。
もちろんアズラット兄ちゃんも大活躍だ。
都市の配置の魔術的意味などはアズラット兄ちゃんの仕事だ。
ユーシス兄ちゃんが三徹くらいから壊れていったのが怖かった。
「ボケ」「コラ」「カス」しか言わなくなったのが本当に怖かった。
アズラット兄ちゃんはヤバい薬を飲んで眠気を飛ばしてた。
二人ともあとで絶対壊れる。
俺が領主になったら徹夜は禁止しようと思う。
そうそう、で、馬車だ。
ガラガラと音を立てて、俺が突貫工事で作った石畳……というか、領地を広げる際に出た岩を砕いたものをギュッと圧縮して敷き詰めた道路を走っていく。
すると俺たちを見たのか馬車を止めて顔を出す。
見るからにお坊ちゃんといった感じの男の子だ。
全体的にふくよかだ。
「おい、お前頭悪いのか?」
だいぶ偉そうだ。
いきなり態度が悪い。
「絵面が狂ってるのは理解してるよ」
ラクエルはぴょんぴょん跳ねる。
「ミミはポメラニアンなんだよ♪」
「ポメ……」
「わかる。本当にそれな!」
「ミミはポメラニアン。小さくて可愛いわんちゃん」
「自分で言うな!!! って……ミミックってしゃべれるのか?」
ミミックを知っているらしい。
ってことは騎士か冒険者とつき合いのある商人か下級貴族の子どもだろう。
馬車を見るとかなり豪華だ。
おそらく貴族の子どもだ。
「俺も喋るミミックと会ったのは初めてだよ」
「……そ、そうか」
キャパを超えたらしくツッコミすらしなくなった。
「じゃあね!」
手を振って去ろうとすると、いきなり大声を出す。
「貴様ぁッ!!! 俺をヤンソン男爵が長男、トマスと知っての狼藉か!!!」
「狼藉って、声かけてきたのそっちじゃん」
面倒な子だな。
常にイライラしてるタイプだ。
怒鳴り散らすのは自分に自信がない証拠だってカール兄ちゃんが言ってた。
犬も弱い個体ほどよく吠えるんだよね。
「うるさいぞ平民! 土下座しろ!!!」
「え、やだ」
「貴様ァッ!!! こんなカワイイ子をはべらせおって! 貴族の俺をバカにしてるのだな!!! 土下座しろ!!!」
うっわ、ただの嫉妬だった。
かっこ悪!!!
「ええい、こんな街など我が家の権力で焼き払ってくれる!!!!」
うーん、そろそろシメようかなと思ったときだった。
騎士の集団に取り囲まれる。
紋章を見たら教会と王国軍の混成部隊だった。
そりゃ監視されてるか。
トラブルだと思って出てきたんだね。
「ヤンソン男爵家のトマスと言ったな」
ひげ面のたぶん隊長がうなるように言った。
「おい騎士! あの無礼者を捕まえろ!!!」
……かわいそうに。
トマスはまだ自分の運命がわかってない。
「無礼なのは貴様だ!!! この方はマクレガー子爵のご長男リック様だ!!!」
と騎士は言ったが、男爵と子爵はほぼ同格。
言われてもなんてことはない。
威張る必要もない。
だがトマスはなぜか驚く。
「こ、こいつが勇者ぁ!?」
「自分で名乗ったことはないけどね」
「この貧乏くさい、間抜けなツラのガキが勇者ぁッ!!!」
殴っていいか?
ちょっとイラッとした。
すると騎士たちがトマスを取り押さえる。
「トマス! 貴様ぁ! 被害を出すつもりか!!!」
なにその危険物扱い。
「そんなつもりはない! だが! だがあまりにも貧相な!!!」
「貴様ぁ! まだ言うか!!!」
そのとき俺の脳裏に完璧な解決プランが浮かんだ。
「カール兄ちゃん曰く、【アホは騎士団で鍛え直せ】」
それを聞いた瞬間、隊長がにやりと笑う。
「トマス・ヤンソン。騎士団で性根を叩き直してやる! なあに、お父上にはちゃんと報告してやる!」
「うそだろ!!! おい、やめろ! 離せ!!!」
こうしてトマスは強制的に騎士コースに入学になったのであった。
確かに、騎士コースでも領主の息子とたたき上げは待遇が違う。
でも最終的には脳筋も体験する。
領主の息子は強制的に騎士になるんだからよかったのではないだろうか?
部下の気持ちがわかるいい領主になることだろう。
「おい、お前! マクレガー! 助け、うわああああああ! 離せ! 離せえええええええ!」
こうして気がついたころには学校の開校が近づいてきたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます