第34話

 しばらくは問題なく日々が過ぎ去った。

 満足な食事ができ、ラクエルと毎日遊ぶ穏やかな暮らしをした。

 結局、あの公園は練兵場として使われることになった。

 道を作ったり壁を設置するのは俺の仕事である。

 当然、家の手伝いの延長なので報酬はない。

 泣きそう。

 ラクエルはそれでも楽しそうにやっていた。

 工事が終わったころ、今度は聖女の婆ちゃんに兄ちゃんたち大人、それに父さんで【常識】の授業が始まった。

 ジャックにオリヴィアやシェリル、それにミザリーまで一緒に受講させられる。

 やーい! みんな非常識!!!


「お前とラクエルが一番常識外れなんじゃい!!!」


 なぜか父さんに怒られる。

 貨幣の種類から政治経済……ってユーシス兄ちゃんの授業とあまり変わらないじゃん。

 って思ってのが甘かった。

 世の中の【普通】を延々と叩き込まれる。

 貴族だけではなく、都市部の市民、農村の生活まで叩き込まれる。

 貴族の子弟にこういう教育してるのなかなと思ったら、


「聖女様。この教育、他で受けさせても効果があるのでは?」


 なぜかユーシス兄ちゃんが聖女に言った。


「そうですね。身分の間の相互理解のためにもいいことですね。これは教会学校の本部に提案しましょう」


 教会学校は教会がやってる慈善事業だ。

 慈善と言っているが、おおむね自分たちの教義と思想を広めるためにされている。

 とはいえ、教会は邪悪な団体というわけでもない。

 無償で読み書きや計算を習うことができる。

 ただし教会も資金が潤沢というわけではないのである程度の規模の街だけだが。

 そのおかげで、都市部の市民は文字が読めるものが多い。

 その結果、本は専門書から庶民の娯楽へと変化した。

 貸本屋が生まれ、そこで大量の本が扱われた。

 ラクエルの巣にも小説が大量にあった。

 そんな教会学校で授業として取り入れられることは、とてつもなく光栄なことである。

 実験対象である俺たちの名前が教会の歴史の片隅に残るくらいには。


「そんな目で見るなよ。別に悪い話じゃないだろ」


 父さんは無責任だ。

 自分の知らないところで名前が残るなんて恐怖でしかない。


「大丈夫ですよ勇者様。勇者であることに比べたらささいなことです」


「……名前を利用されたりとかは?」


「特にないかと」


 聖女の婆ちゃんがそう言うのなら信用できる。

 いままで嘘ついたことないからな。


「それにラクエルさんには利益がありますよ。分類は邪竜でも教会側の存在だということになりますので」


「それ人質?」


「違います。上層部に政治利用されないための保険です」


「ラクエルはどう思う?」


 それが一番重要だ。


「別にいいよ。リックと一緒に受けてる授業が残るって、きっといいことなんだと思う!」


「ならいいか」


 ラクエルはいつも天使である。

 比喩的な意味で。

 その分、俺が汚れりゃいいさっと。


 こうして授業は進んでいった。

 で、半年くらい経ったころだろうか。

 手紙が来た。

 基本的に民間の配達でうちに手紙を出すことはできない。

 行商人に託すくらいだろうか。

 なのでほぼ教会経由か国が運んでくるものに限られる。

 お茶会とかパーティーとかの招待状はまず届かない。

 これはうちが貴族としては壊滅的に貧乏なのもある。

 だが原因の多くは国や周辺の貴族に忘れられていたことにあるだろう。

 ま、知らねえわな。

 国境地帯の豪族なんて。

 で、それが変わったのがつい最近。

 なぜか一度も付き合いのない商人が次々と手紙を運んでくるようになった。

 うちも子爵家になったので商売として成立すると踏んだのだろう。

 実際、それなりに商売になっている。

 手紙の中身はお茶会やらパーティーの誘い。

 いらん。

 行く余裕はあまりない。

 金じゃなくてリソースが足りない。

 無視無視。

 で、問題はこっちの手紙。

 王様がわざわざ騎士団に運ばせた手紙である。

 中には仕事の依頼。

 図面が入っている。

 うちの領地に建物を建てろって言う命令だ。

 王都の技術者も資金も来ている。

 もう断れないね。


「何作るの?」


「わからん」


 父さんに聞くがわからない。

 ま、でも俺が作るわけじゃないので、どうでもいいっか。

 数カ月をかけて建物ができたわけだ。

 で、完成したころになぜか王様がやって来やがった。


「来ちゃった♪」


 その悪趣味なジョーク。

 本当にやめろよ。

 俺、怒るぞ。

 真面目に怒るからな!


「冗談はおいて、今日は式典をする」


 なんの式典だろうか?


「王立学校の完成式典だよ」


「王立学校? 聞いてない!」


「教えてないからな。国でも問題になってるのだよ。勇者の教育を教会にまかせていいのかと。それに友人の選定もうまくいってないようだしな」


 確かにジャックもオリヴィアも未だに教育されている。

 友だちというとラクエルとシェリル、それにミザリーくらいだろうか?

 シェリルも聖女の教育であんまり遊べない。

 ミザリーもヒース兄ちゃんに弟子入りして全力で鍛え直している。

 そうなんだよ……ラクエルとしか遊んでないんだ……。


「すべて筒抜けってこと?」


「そういうことだ。勇者、お前と話ができる優秀な子どもを集めここで教育する」


 学校か。


「それいる?」


「いるのだよ。お前のためじゃなくて、ラクエルとお前を教育すべきと主張する派閥のためにな」


「それ、俺もラクエルも関係ないじゃん!!!」


「あるんだな~。VIPの護衛名目で騎士を駐屯させることもできるし、隣国から留学生を呼ぶこともできる」


「教師はどうするのよ」


「何を言っておる。もう結果を出したものたちがここにおるではないか」


 兄ちゃんたちだ……。


「それに聖女もいる。国境が近いわりには攻めにくい位置にあることも素晴らしい。これ以上の立地はないだろうな」


 周辺になんにもないからな。

 産業もへったくれもないし。

 中途半端な農業。

 中途半端な鍛冶。

 中途半端な交易。

 失敗気味の開拓村である。

 他の国がここを取っても持て余すだけだ。

 なんという嫌がらせ!

 結局、父さんは学校の建設に賛成。

 ユーシスは大賛成。

 若い子がいる。

 それだけで経済は回るのだ。

 国軍の駐屯もあるからカール兄ちゃんも賛成。

 ヒース兄ちゃんはこだわりなし。

 アズラット兄ちゃんは最新の資料が読めるので大賛成。

 ラクエルは……。


「お友だちたくさん欲しい」


 俺も反対する意味がなくなった。

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