第23話

 罠はすごく簡単なものだった。

 草をただ結んだもの。

 足を引っかけると転ぶ。

 転んだ先には屋敷の裏にある沼に生えてるヒシの実を乾燥させたもの。

 尖った三角で刺さると痛い。

 全力で踏むと足を貫通する。

 転んだ先にこれがあったら……戦意喪失するよね。普通。

 いやホント。

 さらに木と木の間にロープを張ったもの。

 引っかかると普通に転ぶ。

 当然転んだ先にはヒシが撒いてある。

 落とし穴とかもいいんだけど、一番お手軽なのはヒシだ。

 冬前にいくらでも取れるし、乾燥させるだけだから作るのが楽だ。

 大きくないので持ち運べるし、取れたてを茹でると美味しい。

 もう一度言う。

 乾燥させる前のを茹でるとめちゃくちゃ美味しい。

 こんな都合のいい植物があるだろうか。

 さてヒシでもあきらめない人用に、矢とか木の杭が飛んでくるとかの大型獣用の罠がある。

 人間がかかったらほぼ死ぬ。

 こっちはちゃんと警告してるのに突っ込んでくる方が悪いよね?

 で、捕まえてみるとごろつきにしては顔がきれいだ。

 ごろつきはすぐ喧嘩するので鼻が曲がっていたり、歯が欠けてたり、耳が欠けてたりするのだ。

 全員を捕縛。

 カール兄ちゃんが手をムリヤリ開いて見る。


「うーん、ごろつきじゃねえな。リックわかるか?」


 唐突な試験である。


「お、おい、おめえらなんなんだよ!!!」


 無視して観察。


「剣ダコだね。両手にあるから双剣使いかな?」


 剣を真面目にやると指の皮が剥ける。

 結構酷い怪我になる。

 直るとタコができる。

 つまりこいつは剣士だ。


「正解。他には?」


「こっちのおっちゃんは耳が腫れてる。ちゃんとレスリング習ったんだと思う。中央の正規兵はサポーターつけて耳が腫れないようにするんだよね? 腫れたら針で血を抜いて腫れを抑えるとか」


「まあな。中央じゃ耳の腫れもない方が喜ばれるな」


「つまり地方の騎士?」


「もしくは元騎士」


「このおっちゃんは手の甲に拳ダコ。体型から剣闘士かな?」


 借金を早く返す方法として剣闘士がある。

 剣闘士は闘技場で戦うのを仕事にしている。

 剣って言ってるけど、素手の試合の方が多い。

 死亡率は意外に低い。

 そりゃそうだ。

 商品が壊れて喜ぶ商人はいない。

 闘技場で人を殺したがるのは芸術家だ。

 ……とは、何代か前の王の言葉だ。

 なぜ伝聞形ばかりなのかって?

 うちの領地に闘技場ないもん。


「地方の騎士団じゃ剣闘士上がりも多い」


「うちは?」


「いない、剣闘士は稼げる。こんな田舎に来ない」


 悲しい。

 落ち込んでるとラクエルがよしよししてくれた。

 優しい。

 こっちもいい子いい子。


「それはいいけどこれどうする?」


 確かにどうすればいいかわからない。

 おそらく地方領主の手駒。

 それも私兵だろう。


「これも王様の罠?」


「さすがにそりゃねえだろ。罠だったらもっと上手くやる」


 ですよねー。

 こいつらから雇い主辿られたら終わりだ。

 なんか嫌な予感がするなあ。


「リック、お前も気づいたか」


 とヒース兄ちゃんがぬうっと森から現われる。

 その手には若い女が捕まって引きずられていた。


「誰? 彼女?」


「違えよ。こいつらと違う勢力……要するに陛下の手駒だ。殿に会わせろって」


「えー……」


 父さんが嫌そうな声を出した。

 ちょっと待って、いま全然気配察知できなかった。

 いつの間に出てきたの?

 ねえ、もしかして父さんもやべえやつなんじゃ……。


「はーい勇者パパですよ~」


 やる気のない声を出す。

 解放された女性は父さんにひざまずいた。


「現在、王都までの道中。【お忍びの陛下が王都に戻っている】という噂を流しました」


「なぜに!?」


 思わずツッコんでしまった。

 王様……ホント邪悪すぎるだろ!!!


「あー、リック。前回、秘密を教えてやって貸し、今度は殿に借りを作ろうって魂胆だろ。こうやって強引に持ちつ持たれつの関係にしようって腹だな。殿を伯爵にするために数年かけて貴族を整理するんだろうな」


 結局に血にまみれた爵位じゃねえか!!!

 そんな悪夢みたいな贈り物いらねえって言ってんだよ!!!


「ホントあのおっさん邪悪すぎる!!! 父さんなんか言ってやって!!!」


「いいんだよ。【この野郎、いつかぶん殴ってやる】って思わせといて最終的には俸禄で補填するんだろ。損にはならん」


 ウキーッ!!!

 悔しい!!!

 いいように手の平で転がされてる感が気にいらない。


「あの……陛下はご自身が邪悪なのは自覚しておりますので……」


 女性が言った。

 それフォローになってない。

 公言してるやべえやつじゃねえか。


「ラクエル……オレコワイ……」


「よしよし」


 ラクエルに頭をなでてもらう。


「あの……勇者様はこの意味を理解されてるのですか? そのお年で……」


「完璧に理解してるぞ。怖がってるのがその証拠だ」


「これは作戦変更の提案が必要ですね……」


「そう理解して頂けるとこちらも助かる」


 ラクエルが唯一の癒しだ。

 みんな腹黒すぎる。

 剥き出しの腹黒を見せつける蜘蛛の糸に自ら突っ込んでる。

 ヒース兄ちゃんが鬼みたいな事を言い出す。


「ユーシスに習っただろ? 貴族ならそのくらいできるようにしとけって!」


「地方豪族の子だもん!」


「もう違います~。子爵家の跡取りです~。学校入るころには伯爵家の跡取りになります~。学校も騎士学校じゃなくて貴族学院になりました~」


「ふええええええええええんッ!!!」


 貴族学院は貴族の子を教育する機関だ。

 要するに領地経営を叩き込んで、立派に税金を納める側にするのが目的だ。

 ユーシス兄ちゃんが言ってた。

 つまり……運動より学力重視。

 コネを作るためにお茶会しまくる生活が待ってる。


「ラクエル……一緒にひきこもろうね」


「それが許されるわけねえだろ。お前の場合、教会内での地位も固めないといけないからな。覚悟しとけよ」


「なぜにタスクが積み上がっていく!!!」


「あきらめろ!!!」


「助けてラクエル~」


「もう世界滅ぼしちゃう?」


 その発言を聞いた瞬間、全員が凍った。

 重い沈黙。


「冗談だよ♪」


「ですよねー!!!」


 一番焦っていたのは女性だ。

 たぶん王国側のシーフ。

 だらだら冷や汗を流している。


「……作戦変更を強く提案します」


「俺もそうした方がいいと思うぞ。リックが壊れる前に」


 ヒース兄ちゃんも同意した。


「では下手人の引き渡しを……」


 引き渡して休憩。

 しばらくすると闇夜から商人に偽装したシーフの集団が来る。

 みんな足音しないからほぼ確定だ。


「引き渡し、確かに確認しました」


 そう言って闇夜に消えていく。

 カール兄ちゃんがぼそっと言った。


「お前さあ、これから監視増えるぞ」


「なぜに!!!」


「邪竜と世界を滅ぼさないように」


 滅ぼさねえっての。

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