第22話

「ラクエル馬車に乗るのよ~♪」


「はーい♪」


 ラクエルがシュタッと手をあげた。

 母さんは満足げにほほ笑んでラクエルの手をとる。

 完全に一番下の娘の世話を焼く母親の絵である。

 俺も馬車に乗る。

 馬車は大きい。……常識の範囲内で。

 威圧感はない。

 中に入るとすでに聖女が乗っていた。


「勇者様。ささ、こちらへ」


「どうも」


 俺が座るとラクエルは俺の横に座る。

 狭くね?

 それでもムリヤリスペースに入る。

 わんこと一緒で狭いスペースが好きなようだ。

 すぐに限界が来て母さんの隣に行ったけど。

 父さんは母さんと並んで座っていた。

 王都に行く。

 準備が整い次第……というか宿泊場所まで指定された手紙を受け取ったので急いで王都へ。

 ユーシス兄ちゃんは領地にいないと領地が回らなくなるので居残り。

 あと地味に手配書が回ってるらしいのもある。

 文官の命令拒否は案外罪が重いようだ。

 俺が王の招きに応じたら解除されるのではと予想されている。

 これも俺を蜘蛛の糸のように絡め取る作戦の一部のようだ。

 王様怖ッ!!!

 来るのは護衛のカール兄ちゃんに、ヒース兄ちゃんに、アズラット兄ちゃんである。

 特にヒース兄ちゃんは王都の大きな教会で主任司祭の任命式がある。

 王都の大きい教会で任命って、それヒース兄ちゃん偉い人になるんじゃ……。

 と不安になりながら馬車で揺られていく。

 さすがに馬車の上に乗る不審者おうさまの真似は出来ない。

 途中の街で休むことも考えて10日はかかるんじゃないかな?

 数日でここまでやって来た変態おうさまがおかしいだけだからね!!!

 一日目。

 夕方になって野営の準備。

 基本的に野営は持ち運べないものは現地調達。

 火を起こすため枯れ枝を拾う。

 ここら辺はシーフの知識だ。

 シーフ偉い。

 松ぼっくりなども回収。

 着火剤だ。

 石を並べて焚き火の場所を作る。

 着火剤と枯れ枝を並べて火をつける。

 途中、カール兄ちゃんを見つけたので声をかける。


「虫は?」


「まだ出てない」


 トコジラミとかの刺す虫が出たら、被害者の服を焚き火の煙でいぶす。

 鍋で煮るよりは効果は低い。

 だけど旅の途中なのでしかたない。

 今回はまだ出ないので大丈夫だ。

 なお小さいシラミの方は油を被って駆除する。

 ただし油は高いし、臭いし、ベトベトする。

 薬草は期待できない。

 あと今回はシェリル含めて聖職者が三人もいるので虫除けの祈祷でなんとかなるかも。

 現場に出ない貴族はショボい祈祷だと思いがちだが、虫除けの祈祷がなければ騎士も兵士もなにもできない。

 謎の熱病で全滅とかも普通にある。……と聞いている。

 庶民も同じだ。

 聖職者の祈祷依頼で多いのは、ネズミよけ、虫除け、浄化だ。

 それだけ不快だし、みんな困っている。

 今回も事前に祈祷した。

 なおラクエルに悪影響はなかったようだ。

 焚き火ができたら鍋置きを設置。

 その上に鍋を置く。

 はい、夕食が作れるようになった。

 なお俺はまだ料理は作れない。

 シーフには必須の技能だが、後回しである。

 料理を作るのは主にヒース兄ちゃんである。

 酒ばっかり飲んでるわりに舌は信用できるのだ。

 今は前ほど飲んでないけど。

 ヒース兄ちゃんを見てたら、


「ラクエルと遊んでこい」


 と言われたので探す。

 シェリルとオリヴィアが見てくれていた。

 子ども軍団の中ではシェリルとオリヴィアが王都への遠征に参加した。

 男子は居残りである。

 なのでたまには女の子どうし積もる話もあるだろうと隠れてその場を去る。

 ドラゴンの耳すら騙せる隠蔽。

 我ながらよくできたと思う。

 で、自分のテントができていたので入る。

 中では自分の荷物に自分の食料と水に……ミミックの宝箱。


「なぜいる?」


「わんわん! わたしはかわいいわんこ! 王都に着いていく!!!」


「どう見ても犬じゃねえだろ!!!」


「……ミミックは観測されるまで存在と不存在の間を行ったり来たりする生きものなの。つまりどこにでもいて、どこにもいない存在なの!」


「難しい話なのに死ぬほどくだらねえのな!!!」


「ごはんください!!!」


 カパカパ口を開け閉めする。


「会話のキャッチボールする気ねえな!!!」


「それよりも気づいた? 外」


「外?」


 改めて周囲の警戒をする。

 具体的には銅貨を一枚手に取ってミミックにぶつける。

 そこから発生した音の波、その耳に聞こえない波の方を増幅する。

 遠くまで飛ばした音をぶつけて、物に当たって跳ね返ってくる音でそこに何があるかわかるのだ。

 今回は木と人の形が見える。

 騎士たちが警戒する範囲外に10人ほどが気配を消して潜伏してる。


「化け物じみた魔法の使い方だね。もうちょっと武人ぽく気配を感じると思ったのに。あとわたしに物投げるな!!!」


 褒めてるのかけなしてるのかわからない。

 あと物投げるのはやめてやろう……イラッとすること言わなければだが。

 俺は外に出る。

 ヒース兄ちゃんを見つけて小さな声で言う。


「10人」


「合格」


 やはり気づいていたか。


「罠は?」


「もう設置した。ただし、あっちにはわざと設置してない」


 そう言って視線だけその方向に向けた。

 なるほど。そこに固まっているのか。


「じゃあやるね」


「おう」


 俺はヒース兄ちゃんの指定した方向へ手の平を向ける。


「ドラゴンブレス!」


 今回は炎。爆発するヤツ。

 貫通力なら光なんだけど、大群を殲滅するなら火属性だ。

 火焔のドラゴンブレスが着弾。

 大きな音と爆発がした。


「な、なんだ!!!」


「あ、兄貴!!! 数人吹っ飛んだ」


「お、俺は逃げぎゃあああああああああああああッ!」


 あ、罠にかかった。


「やるぞ」


 はいはい。気配を消す。

 ただ本気で気配を消すと自分が世界に溶けそうになるので、50パーセントで。

 棍を組み立てて襲撃者に近づく。

 至近距離まで近づいても襲撃者はまだこっちを認識してなかった。

 棍で思いっきり足を叩く。


「ぎゃあああああああああああああッ! 足が! 足があああああああッ!!!」


 折れてないと思うけど正直わからない。

 すると悲鳴を聞いた襲撃者たちがパニックを起こした。


「に、ニック! ぎゃあああああああああああああッ!」


「もう逃げぎゃあああああああああああああッ!」


「え? いまどうなってぎゃあああああああああああああッ!」


 次々と悲鳴が上がる。

 ほぼ地獄絵図である。

 結局、残った全員が罠で戦闘不能になった。

 はい勝利。

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