第20話

 ものすげえ角度のヒゲが圧を放つ。

 あごひげも先端が鋭角で天を突いている。

 なんだろうか。アホっぽい。

 カール兄ちゃんは対応のため下に行っていた。

 騎士がいないと締まらんのだと。

 で、俺や母さんも呼ばれてラクエルと手を繋いで下に行く。

 なお服は普段着。

 聖女の婆ちゃんが用意してくれるって言ったけど辞退。

 服装で教会のひも付きを思われると困る。

【教会にツバはつけられてるけど、まだひもはついてないよ】という感じでお願いします。

 そう素直に聖女の婆ちゃんに言ったら納得してくれた。

 外に出ると王様と近衛騎士団がいた。

 俺は小さな声で父さんに言う。


「近衛騎士団がいるのになぜ馬車の背に乗った?」


「止めたけど乗ったんだそうだ。それほど大きな出来事だったと思ってくれって」


 カール兄ちゃんも同意する。


「王都で遠くから拝見したときはもうちょっと威厳があった。王の杖のせいだろ」


「そこまで重要なの?」


 そりゃ金銭的価値は高いんだろうけど。


「王と王位継承権を持つものにとっては死活問題だろうな。例えば公爵あたりが手に入れて真の王を名乗って王に戦いを挑むとかな」


「うわぁ……関わりたくない」


「だろ? だったら陛下に渡してしまえばいい。あとはどうなろうが知らない。殿の決断は無難な選択だったと思うぞ」


 王様が近づいてきた。

 父さんがひざまずいて臣下の礼を取る。

 俺も母さんもラクエルも臣下の礼。

 よかった。

 セーナ先生……あなたの指導はいま役に立ってます!!!


「領主マクレガー一家にございます」


 名前を言ってはならない。

 だって平民だもの。


「ふむ、勇者は……」


「リックにございます」


 大丈夫か王様。

 親父の名前聞く前に俺のを聞いたぞ。

 答える親父も親父だけど。


「ふむ、勇者と聞いたが……」


 視線は俺からラクエルへ。


「娘のラクエルにございます」


「ふむ……教会から伝説の邪竜と聞いているが……」


「勇者が浄化したため危険はございません」


 はい嘘。

 浄化なんてしてない。

 危険性がないことは保証できるが。


「なるほど……勇者の親を名乗りなにかよからぬことを企てているわけではないようだ。貴公の忠誠心を試してすまなかった」


 なぜか遠い目をして王様は言った。

 絶対嘘だ。

 テキトーなことを言ってテンション爆上がりの奇行を誤魔化しただけに違いない。

 こいつはそういうやつだ。

 そういう顔してる!


「ふむ、それで杖というのは?」


 ソワソワしてる。

 王族が隠せないほどのテンション爆上がりである。

 聖女の婆ちゃんが聖句が書かれた布にくるまれた杖を持ってくる。

 聖句は杖を豪華に見せている。

 古代語って絵みたいでかっこいいんだ。

 ただ、聖女の婆ちゃんやラクエルから古代語を習っている俺は知っている。

 聖句に書かれているのは「食べる前に神に祈りを捧げましょう」とか「親を大事にしましょう」とか「先祖に感謝しましょう」とかである。

 これ、教会でちゃんと教育を受けたものだけ知ってること。

 そして知っていると、言うのが恥ずかしいので口外しなくなるというものだ。

 そんなありがたい布に包まれた杖を聖女から受け取る。


「これが……王の杖……祖父が悪の魔道士サドラーに奪われたという……」


 おお、悪の魔道士!

 悪役の出現に俺はテンションを爆上がりさせた。


「あの野郎……祖父に左遷されたのを恨んで杖を盗みやがった! しかも追手をかわしたあげくダンジョンでのたれ死ぬなんて!!!」


 原因は死ぬほどくだらなかった。


「クソ! あんな野郎のせいで祖父が責任を取って腹を切って自害なさるなんて……」


 結果は悲惨だったようだ。

 少し同情する。


「……とにかく、王の杖の奪還。まことに天晴れ!!! 爵位、領地、金銀財宝! 欲しいものを言え! そうだな。勇者を我が娘の伴侶に……」


「がるるるるるるるるる!!!」


「それは……、世界が滅びそうなので遠慮してもらうとして。好きなものを言え! むしろ高望みしろ!!!」


 無茶言いやがって。


「伯爵位か? なあに適当な家を潰して爵位を確保しよう。このために王家は弱みを握っているからな。遠慮することはないぞ!!!」


 いらねえよ、そんな血にまみれた爵位。

 全方位に恨みを買った状態でスタートとか嫌がらせにしかならねえよ!!!

 それがわかっている父さんも母さんも嫌そうな顔してる。

 とうとう聖女の婆ちゃんが助け船を出してくれる。


「陛下。子爵はいかがでしょう? リック殿は勇者です。これからも手柄をあげるでしょう。焦る必要はありません」


「う、うむ。そうだな。子爵なら領地はここで据え置き、代わりに俸禄を支給する形にしよう。それなら我の権限でどうにでもなる。そうだな。それにしよう!!! マクレガー子爵! これからも励め!!!」


 王様は、ばんばんっと父さんの肩を叩く。

 少し前まで国から忘れられてた豪族だったのに、とうとう子爵家になってしまった。


「あ、そうそう。勇者よ。お披露目をするから王都に来るように」


 なん……だと……。

 着ていく服がない。


「あの……陛下」


 父さんが気づいてないので代わりに言うしかない。


「なんだ勇者よ」


「王都の貴族の前に出ていい服がありません」


 いまだって普段着だよ!

 王様の前に普段着で出たんだっての!!!

 親! あちゃーって顔するな。

 コネないんだからこうなったら王様に頼るしかないだろ!

 今回は聖女の婆ちゃんでもよかったんだけど。

 でも王様にちゃんと意味は伝わったようだ。


「……あ、うん。あー……誰か。注文しておけ! 一番いいものを家族全員分な!!!」


 雑。

 でも国のトップなんてこんなもんか。

 そして王様はさらにカール兄ちゃんを見た。


「そこの騎士殿のもな。正直言おう、あの話を聞いた時はシビれた。困ったときに助けられずにすまなかった。よい主を得たな。今度も励め」


「はッ!」


 というわけでみんなで王都に行くことになったのだ。

 田舎もんで、成り上がりで、胡散臭い勇者だ。

 しかも邪竜付き。

 不安しかない。


「都会、楽しみだね~♪」


 あ、でも、どうでもよくなってきた。

 ラクエル喜んでるし。

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