第15話

 あれから数カ月が経過した。

 懸垂する。

 懸垂はいつまでたってもキツい。

 回数増えたからなんだろうけど。

 まだ成長期じゃないので、マッチョにはほど遠い。

 ジョージとジャックが一ヵ月ほど前にようやく練習に参加した。

 アルバート先生に言わせると。


「ようやくリック殿に追いつきましたので」


 だそうである。

 正直言うと追いつくほどは引き離してない。

 懸垂が終わったら、三人とラクエルで弓の準備体操。

 さすがにオリヴィアは見学。

 それが懸命だ。

 体ができてないので強い弓は無理。

 狩猟用の小さな弓でやる。

 片膝ついて前。後ろの敵を射つ。低い体勢で左右。

 終わったらロッドを持って二人組で練習。

 俺はジョージと組む。


「死ねやああああああッ!!!」


 物騒だが冗談である。

 だが打撃は本気。

 長い木製ロッドで俺の胴めがけて思いっきり振り抜く。

 俺は縦に持ったロッドで防御する。

 10回防御したら攻守交代。

 今度は俺の番だ。


「くたばれええええええッ!!!」


 思いっきりぶつける。

 やりすぎだと思うかもしれない。

 だけど手を抜いたらめちゃくちゃ怒られるのだ。

 カール兄ちゃんにもアルバート先生にも。

 こういうのは思いっきりやった方が逆に安全なんだそうだ。

 全力なので一往復で疲れる。

 だけど三往復はしないといけない。


「うおおおおおおおおおおお!」


 ガチャンガチャンともはや木から出る音じゃない。

 必死に防御。


「でりゃあああああああああッ!!!」


 このままだと木が折れる。

 だけど気にしない。

 折った方が褒められるし、折ってもすぐに作ってくれる。

 ロッドは神殿に伝わる作り方がある。

 ロッド状に削りよく乾燥させた木材を、生薬のお茶に放り込んで煮るのだ。

 そうすると鉄のように強いロッドになるそうだ。

 それを練習で折りまくるのが恐ろしい。

 しかも練習の段階が上がると木材から鉄のロッドに変わるそうだ。

 そりゃ強いわ。神殿騎士。

 フィジカルが無敵すぎる。

 こんな稽古ずっとやってたら、そりゃ腹筋割れますわ。

 でも俺たちはまだいい。

 今日のラクエル当番ジャックは悲惨だ。


「ほい!」


 どごーん!!!

 ジャックくんは防御ごと持って行かれる。

 自ら跳んで威力を削ろうとする。

 だけど俺たちは知っている。

 それだけじゃ威力は大して変わらない。

 結局空中でバランスを崩して受け身。

 さらにゴロゴロ転がる。


「はあ、はあ、はあ……」


 わかるー。

 体の芯からめきめきめきって変な音するよね。

 それがわかっているのでラクエル相手だと一発で交代。

 一往復で終了になっている。

 だけどその一往復が難しい。


「う、うおおおおおおおおおッ!!!」


 俺たちのかけ声とは違って本気の咆吼だ。

 ジャックくんのヒザが笑っている。

 ヨロヨロとラクエルに近づき。


「らああああああああああああッ!!!」


 渾身の力でロッドを振るう。

 ぽこんぽこんと情けない音がするが、俺たちは笑わない。

 だって明日、明後日の自分の姿だもの。


「ジャック! 見事である! 休んでよし!!!」


 アルバート先生が声をかける。

 ジャックはその場にへたり込む。


「ジャック、ヒールかけてあげる」


 ラクエルはジャックくんに手をかざす。

 最近憶えたヒールだ。

 痛みが消えるので便利だ。


「ふう……」


 まあスタミナや疲労は回復しないのだが。

 はいジャックくんは休憩。

 俺とジョージくんで練習再開。

 今度はカール兄ちゃん。

 剣の練習だ。

 小さな盾を装備。

 もちろんさっきと同じだ。

 思いっきり盾に剣をぶつけていく。


「死ねええええええ!」


 ジョージくんもはややけくそ。


「やめろ喧嘩じゃない!」


 そうだそうだ!!!


「本当に殺すつもりでやれ!!! 一切手加減するな!!!」


 マジかよ。

 とはいえ基本の型と同じだ。

 獅子の型で腰を落とし、振り下ろされる剣を受ける。

 受けながら後ろに下がっていく。

 10回斬ったら交代。

 こっちも本気で剣を盾に打ち付ける。

 刃引きだけど頭に当たったら大怪我するらしい。

 だけど手加減はしない。

 逆に危ない。

 疲れるまでやる。

 王国の正規軍もやべえ。

 喧嘩売らないようにしようっと。

 そしてラクエルが俺の顔を見る。


「暇」


「お、おう……」


「稽古したい」


 しかたない。

 俺も本日の犠牲者になるか。

 俺は盾を構える。


「来いや!!!」


 もうヤケ。


「どーん!!!」


 聖剣ユーザーの根性みせたらあああああああッ!!!

 剣がやってくる。

 ラクエルの場合、盾で受け止めるんじゃなくて、盾でぶん殴るくらいじゃないと怪我する。

 だから俺はラクエルの剣を盾でぶん殴る。

 一回目!

 パリィ成功! はじき返した!!!

 二回目!

 少し成功! 受け止められた!

 三回目……。


「本気で行くよ!!!」


 ……嘘だろ。

 このとき、俺は完全にゆるゆるになった頭が空っぽになっていた。

 さらに極度の疲労から筋力に頼らない別の力を喚起したのだ。

 盾を中心に光が走った。


「嘘だろ……いくらなんでも速すぎるだろ!」


 カール兄ちゃんが焦った声を出した。

 ラクエルの本気を光る盾が受け止める。

 行ける!

 受け止められるぞおおおおおお!!!

 別の力がパワーなのだああああああああああッ!!!

 ふははははー!!!


 ぶしゅッ!!!


 あん?

 鼻血が出た。

 子どもにはよくあることだ。

 ただ本当に鼻血ブーな出血は……あんまりないよね。


「まずい! オーバーヒートだ!!!」


 視界が真っ黒になった。

 カール兄ちゃんに抱っこされたのは憶えている。


「嘘だろ。身体強化だと! 才能ありすぎだろ」


「まったく……末恐ろしいとはこのことですな。神聖力か魔力による強化か。どちらにせよ天才には変わりありません」


 ラクエルの泣きそうな声が聞こえた。


「リック大丈夫! 私が調子にのったから……」


「いえ、ラクエル嬢。リック殿は勇者の力に目覚めました。力に体がついていかなかっただけ。じきに目覚めましょう」


 じきに……もう僕、眠くなっちゃった。無理……。

 こうして気づいたらベッドに寝かされていたのだ。

 なお隣でラクエルが眠っていた。

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