第14話

 先生たちが善人でよかったと思ったところでレッスン開始。

 礼法の方が問題だ。

 ユーシス兄ちゃんも参加する。


「ユーシスさんは全力で指導に当たっていました。たいへん助かりました」


 ぺこりとセーナ先生が会釈する。


「ラクエルさんはこの会釈を憶えてください」


 ラクエルがまねする。

 あら、かわいい。

 本当にラクエルって見た目かわいいよな。


「最初から細かい指導はいたしません。ただ会釈をする習慣をつけましょう」


 俺がぽかーんと口を開けて見てるとユーシス兄ちゃんが教えてくれる。


「伯爵以上、大領地の領主クラスの血縁女性の挨拶です。国はラクエルを本気で貴族に取り込むつもりです」


「なんで爵位とか階級で挨拶が分かれてるの?」


「仲間かどうかを判別するためです。成り上がりは仲間に入れない閉鎖性とも言えますがね」


 怖ッ!!!

 貴族怖い!!!


「成り上がりはどうするの?」


「どこかの分家になるか、派閥に入るなりして、そこから教師を派遣してもらって指導を受けるんです。そのためにも初めての晩餐会では針のむしろを経験するわけです。思い上がるなと」


「うわ……悪趣味」


「とはいえ、今では成り上がりの数も多くなってますので、そこまで悪趣味ではないそうです。ちゃんと教えてくれる役が配置されているとか」


「ありがたくて涙が出そう」


 悪質さが増している。

 本当に陰湿ではあるが、これも伝統を守るためには必要なのか……?


「ではリックさん。男性の挨拶を」


 へーい。

 足を組んで手を背中に回して片手を前にして礼。


「だいたいできてますね……子爵相当までは」


 うそー!!!

 これ、だめなの!!!

 ねえどうなのユーシス兄ちゃん!?


「そんな目で見ないでください。文官の私の知識ではこれが限界です」


 異常すぎる閉鎖性に俺も困惑中だ。


「地方軍司令官、中央軍将軍、提督、大臣、長官……伯爵以上は【閣下】と敬称がつく上流階級でも一握りの存在です。彼らに認められるには非公開の彼らの作法を知らねばなりません」


「あの……セーナ先生……本当に怖すぎるのですが」


「ふふ、ようこそ上流階級の世界へ。勇者であるリックくんとパートナーのラクエルさんは彼らとの接触は避けられません。時間は充分ありますので、この国だけではなく周辺国の作法も一緒に学びましょう」


 ラクエルに視線で助けを求める。

 どうかラクエル! 俺を助けてくれ!!!


「えへへ。お姫様みたい♪」


「ラクエルさん。これから本当のお姫様になるんですよ」


「えへへへへへ♪」


 喜んでいらっしゃる!!!

 対して俺は言外のヤバサに気づいていた。

 ユーシス兄ちゃんの眼鏡も曇りまくってる。

 そう……一番恐ろしいのはセーナ先生に違いない。


「リックくんのは下から上への礼です。それをこれから直しましょう。エレガントにやわらかに」


 ひいいいいいいいいッ!!!

 死ぬほど直された。


「ユーシスさん、普通この若さでここまでできるものですか?」


「いいえ。リックが異常なだけです」


「わかりました。5歳ほど先の子のカ指導内容に致しましょう」


 なんかひどくない?


 さてセーナ先生の地獄の指導が終わり、体を動かす時間。

 先生はカール兄ちゃんとアルバートおじさんだ。

 中庭で訓練。

 アルバートおじさんはニコニコしてた。

 ちゃんと礼。

 騎士の薔薇を捧げる礼。


「リック殿は弓はお得意ですかな?」


「シーフの弓なら」


 ヒース兄ちゃんの指導である程度は使える。

 ただ狩人ベースの弓だ。

 騎士のはわからない。まだその段階にない。

 騎士の弓は一番最後に教わるのだ。


「なるほど神殿騎士では弓が全ての基本になります。神殿騎士に伝わる伝承ですが。太古の昔、人はゴブリンやオークに絶滅させられそうになってました。それを哀れんだ神は人に弓を与えました。我々は弓でゴブリンやオークに対抗し文明を築くことができたのです」


 それはヒース兄ちゃんから聞いたことがある。

 獣人やエルフやドワーフを入れた人類はもっといろんな種族がいたんだけど、ほとんどが魔獣や魔族に絶滅させられたって。

 だから神殿では弓を特別視してるって。


「ということで神殿武術では体を鍛えながら弓を鍛えます。それではこれを」


 狩人がウサギとかの小さな獲物を狙う弓を渡される。

 あまり力はいらないけど威力が弱いやつだ。

 アルバートおじさんは兵士が使う普通の弓を持っていた。


「汗を掻くので脱ぎましょう」


 そう言ってアルバートおじさんは上着を脱ぐ。

 ……すげえ筋肉。

 腹筋バキバキだ。

 カール兄ちゃんも大概だが、さらに絞り込んでる。

 すげえ。

 なお父さんは筋肉量は負けてないが腹が出ている。


「それでは弓の基本を」


 片膝をつき弓を放つ。


「基本形で射ったら立ちます」


 立って撃つのかな?


「そうしましたら思いっきり体を反って後ろに射ちます」


「はい?」


 ものすげえ筋肉のおっさんの信じられないほどの柔軟性。

 ぐにゃってなって後ろに射ったよ!!!


「前方から剣で切られますので、後ろに反った形からぐるっと体を回して前から来る刃をくぐり、即座に射つ」


 うおおおおおおおおおおお!

 今度はぐにゃんっと体を回して低い姿勢から射つ。


「次は横から。まずは右。先ほどと同じ要領でかわして射つ。そして左も同じ」


 き、筋肉が伸縮自在に動いていく!

 に、人間ってすげえ!

 それにしても激しい動きなのに息一つ切れてない。


「というのを十往復するのが準備体操ですな」


「準備体操?」


「はい」


「えっと……的とかは?」


「当てる当てないは技術にすぎません。まずはどんな体勢からも弓を射る筋力と柔軟性を養います」


 カール兄ちゃんはとても興味深そうに見ている。


「弓は成長と共に大きくします。ご安心ください。実際に模擬戦をするのはずっとあとです」


 ラクエル助けて。

 確実にマッチョになる。


「ラクエルもやるー!!!」


 ゴリマッチョ育成計画発動。

 ラクエルはドラゴンだからマッチョにはならないだろう。

 だが俺がマッチョになってしまう!!!


「今日は初回ですので準備運動だけで終わりにしましょうか」


 はい! アルバート師匠!!!


「それが終わったら懸垂やるぞ」


 カール兄ちゃんのバカー!!!


「強いヤツはみんな懸垂が得意だ。懸垂こそが至高。ガハハハハ!」


 うわーん!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る