第12話
邪竜ラクエルを浄化する。
自分で言っといてアレだが……この口からでまかせは成功した。
聖女の婆ちゃんは「そうですか! そうですね!!! それこそ勇者!!!」とテンション上がりまくり。
だって魔王もういないもの。
敵なんてどこにいるのよと。
魔王は死んだけど、大人しくなった邪竜はいるわけだ。
俺が浄化するというのだから、その流れになるのは自然な流れではある。
でも俺の知らないところで期待値が上がるのは勘弁して欲しい。
とりあえず、聖女の婆ちゃんとシェリルがここにいることになった。
あと護衛の神殿騎士さんたち。
彼らは上層部の命令をもって正式にここに駐屯することになる。
父さんの部下ではないが、王国の任命した領主なのである程度は指揮に従ってくれるとのことである。
父さんから給料は出さなくてもいい。
安いのはいいこと……。
「リック、俸禄を出さなくていいのは指揮命令系統が教会にあるという意味です。それに本当に出さないでいいと思いますか? お布施という形で出すことになりますからね」
教会が少し嫌いになったわ。
「聖女様経由で国に援助を頼みました。嫌とは言わないでしょう。なにせ我が領地の存在を忘れてましたから。普通なら反乱の一つも起こされるところですからね!」
根に持っている。
そりゃ怒るよね。
領地運営側の立場でも王国に勝てないとわかっていながらも、怒らなきゃならない場面か。
怒らなければなめられる。
それを教会の仲裁で円満に解決できるのだから、王国としても渡りに船か。
国としては金は払うけど頭は下げなくていい。これ重要。
うちは書類上賠償金をもらったからなめられないし、国相手に無駄な血を流さないですむ。
教会は俺に恩を売れるし、うちの領地に介入する正当な理由を手に入れた。
三方にメリットがある。
もし敗者がいるとしたら、今から大人の世界で生きていけるか不安になった俺だけだろう。
大人の世界怖い。
そういうわけで俺は通常の授業に加えて、聖女様による宗教の授業が始まった。
神官の資格を持つヒース兄ちゃんが講師補佐である。
最初は寓話から。
「つまり嘘がよくないというのは、嘘が習慣になることを避けるためです」
聖女の婆ちゃんが昔話の解説をしてくれた。
初回は嘘つきの話。
嘘ばかりつく男の子が悲惨な最期を迎える話だ。
「例えば相手を思いやる嘘。矢が肺を貫いた兵士にかける言葉はどうなんですか?」
「他人を思いやる嘘。例えばこれから死ぬ兵士に【大丈夫。きっと助かるよ】と声をかけるのは悪いことではありません。それが自分の利益のためでさえなければ。自分の利益のために嘘を習慣にすることは恐れるべきです」
「リック、酒場で話を盛ったりするのをやめろと言ってるんじゃない。自分を大きく見せるな。誤魔化すな。思いやりを持て。素のままで生きろと言ってるんだ」
「……ヒース。酒場で話を盛るのは誰のためでしょうか?」
「え……? みんなを楽しませるため?」
「違うでしょ! あなたのためも半分あるでしょ!!! いいかげんにしなさい!!!」
やーい怒られた。
ヒース兄ちゃんはいつもと違って神妙にしている。
「……そうですね。私は自分に嘘をついていたのかもしれません」
「ヒース、あなたはシーフになった。その選択を悔いているのですか?」
「ただ、許せないのです。悔いている自分の心が。違う人生があったかもしれないと考えてしまう自分の弱さが」
「……弱いことは罪ではありません。難しいでしょうが受け入れなさい。私でよければいつでも話を聞きます」
「感謝いたします」
「それと……聖女の権限においてこの地の主任司祭に推挙いたします」
「私は……すでに辞めた身。資格がありません」
「資格ならあるのでは? すでに何年も結婚式や葬儀を執り行っていることは調べました」
「他に僧侶がいないからしかたなく代理しただけです」
「ならこの地唯一の司祭でいいではありませんか。期待してますよ」
そう言うと婆ちゃんは部屋を出て行った。
兄ちゃんは男泣きしていた。
俺もラクエルもそっと部屋を出る。
授業どこじゃないな。
廊下でシェリルに会った。
「勇者様、授業は?」
「ちょっとそっとしたいんだよな。なー?」
「そうだねえ。大人にはいろいろあるんだよ」
「なにその二人の世界!?」
シェリルが抗議するとラクエルは【へへーん】と悪い顔をした。
ラクエルもだいぶシェリルになれてきた。
いても威嚇することはない。
「そういう子には、お芋あげない」
「みゃー!!!」
ラクエルの負け。
シェリルは干し芋をわけてあげる。
すっかりおやつで懐柔されたな。
「勇者様はこれから?」
「カール兄ちゃんとの稽古だったんだけど、神殿騎士から【神殿騎士の剣も教えろ】ってクレーム入ってさ。日程調整でお休みだって」
王国騎士団の剣術と微妙に違うそうだ。
上位の貴族は両方習うんだって。
貴族名鑑にすら名前がない我が一族には関係ないと思うのよ。
「神殿騎士の型ができるかどうかで伯爵以上の家格かわかる。勇者様はぜひ習得すべき」
「うちは貴族ですらないんだけどね」
するとシェリルが首をかしげた。
「なに? 俺なんか言った?」
「すでに聖女様が男爵に推挙した。国も介入できるから叙爵する予定。次の貴族名鑑には載るはず」
「聞いてねえ」
「男爵以上だと中央から官僚を入れる必要がある。それでおじさまは嫌がってる」
「監視?」
「そう監視」
なるほど。俺が勇者を笠に着て、調子にのるのを防ごうというのだ。
もちろん俺の家族が調子にのるのも許されない。
俺になにかさせようというんじゃなくて、釘を刺しておくつもりだ。
「いいんじゃない。左遷だと思って来る人じゃなければ」
「それは問題ない。おそらくものすごく優秀な官僚か、実績のある学者だと思う」
「なぜに?」
「12歳になったらアカデミーに入学させるため。徹底的に詰め込む。少なくとも真ん中より上の成績にするつもり。上位の貴族はすでに教育をはじめている」
へー。
俺も教育受けてるけど、だいぶ偏ってるもんな。
ちゃんと教えられる人が来るのか。
いいことだ。
「私はいらないと思うけどね」
そうかな?
で、このあと自覚するんだ。
うちの教育がおかしいことを。
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