第11話

「勇者ッテ誰。俺知ラナイ」


 こういうときは猿になって誤魔化そう。


「勇者」


 俺を指さす。


「邪竜」


 ラクエルを指さす。


「……なぜわかる?」


「見える」


 勇者マークでもついているのだろうか?


「神気が見える。邪竜からは……瘴気はないけど偉大な力を持っているのはわかる……よどんだ気配は全く感じないけど……」


 ラクエルはなぜか少女の姿で俺の腕に抱きついてる。

 ガルルルルルとなぜか威嚇もしてた。


「かわいい」


 なぜか女の子はラクエルをなでなでする。

 ラクエルは攻撃はしないが「がうがうがう」と吠えた。


「髪さらさら」


 頭なでなで。


「がうううううううううう!!!」


 アゴなでなで。


「ふみゅううううううん……ぐううううううう!!!」


 一瞬落ちたな。

 耳の横カリカリ。


「ふんみゅううううううううう……うう! がうがうがう!!!」


「ラクエル。がんばらなくていいぞ」


「ふみゅう……」


「安全そう」


「がうがうがう!!!」


「がんばるなって。もう仲良くしちゃえって」


「でも、でも! リック取っちゃ嫌!!!」


「取らないって。ば? ええっと……」


「シェリル。よろしく勇者様」


「リックだ。剣抜いただけの一般人な」


「ラクエル!」


「よろしくラクエル……勇者様は彼?」


「つがいー!」


「???」


 シェリルが首をかしげた。


「あまり気にするな」


「そうね」


 子どもに見つかってしまえば、親が来るのは時間の問題だ。

 すぐに婆さんが上がってきた。

 婆さんは俺を見つけるとその場で伏せた。


「勇者様。まさか私の代でお目にかかることができるとは……」


 感極まったのか鼻をすする。

 やめてそういうの。

 本当に苦労してドラゴンを倒したら調子にのるけど、そういうのが全然ないとテンション下がるだけだから。


「いや……あの……ただ剣を抜いただけなんです! 本が降ってきた事故なんです!」


 たぶん、汚部屋のせいで台座が腐っていたのだ。

 それか本の雪崩の衝撃で台座が壊れたとか。

 とにかく俺が何かを成し遂げたわけではない。

 特別な人間でもない。


「いいえ。御身から神の加護、つまり神気が見えまする。勇者様を導くのが聖女の役目! そう私が……という年でもないので次代の聖女であるこのシェリルに託します」


「……あの」


「なんでしょうか勇者様」


「魔王は百年前に死んだんじゃ? それも病気で。勇者になったとしても誰を倒せと?」


「……」


 黙るな。


「ラクエルは倒しませんよ。家族なので」


 わけわからん勇者の使命とか言われても従う気はない。

 悪を倒せとかのフワッとした物言いに従うタイプでもない。


「……いえ家族を倒すような使命を神は与えませぬ」


「でしょうね」


 よし言質取った。

 これで矛盾したこと言われても「聖女様がそう言ったもん!!!」ですませればよくなった。

 相手が理詰めで否定してきたらバカのフリすればいい。


「すいぶん賢いのですね……」


「元神官でシーフの弟子ですので」


「……まさか! それはヒースでは?」


「たいへん徳の高い男です。普通の男なら他人のために地位を捨ててシーフになるなどできません」


 やだ。婆ちゃんのこと好きになっちゃう!

 俺チョロい。

 わかっちゃいるけどチョロすぎる。


「ですがヒースは不器用な男。不満を内にためて酒で忘れようとする男です。もっと違う師が存在するのでは?」


「文官のユーシスでしょ、魔法使いのアズラットに、騎士のカール……」


「ユーシス……あの味方を切り捨てる方針に反対して上司を殴り出奔したという……」


 なにやってんのユーシス兄ちゃん。

 ユーシス兄ちゃんは必死に目をそらしている。

 マジで殴ったんだね。


「それにカール……先の戦で村を焼く作戦に【卑怯千万! 騎士として同意できぬ】と反対し、村人を逃がすまで味方の軍を単騎で足止めしたという……将軍閣下も【兵としては失格だが人間としてはまことにあっぱれ】と賞賛したとか……」


 カール兄……あんた……よくその場で処刑されなかったな……。

【命令違反だけは絶対するな】って言ったのあんただろが!!!


「アズラット殿の名前は知りませぬが一騎当千の強者なのでしょう」


 クソ優秀なのに国を追われたんだからやらかしたに違いない。

 つうかうちの兄ちゃんたち!!!

 癖ありすぎだろが!!!


「なるほど。国に帰って報告させていただきます。真の勇者の誕生だと」


「いやだから戦う相手もいないのにやめて」


「わかります。くだらぬ人間の争いのために勇者様を使うなど言語道断。来るべき世界の破滅に備えて我らがお護りいたしましょう」


 ……さらに話のスケールが大きくなった。

 なにか……この場をおさめる口八丁、いやでまかせはないものか。

 俺は冷や汗を流した。

 そして俺の腕にしがみつくラクエルと目が合った。

 俺は酒を飲んだ翌日のヒース兄ちゃんのような表情になってしまった。

 これしかない。


「私は邪竜ラクエルを浄化せねばなりません」


 神に言われたとは一言も言ってないもんね!!!

 単なる個人の感想ですが、なにか?

 こうして俺はこの日、汚い大人に片足を突っ込んでしまったのだ。

 人間ってこうやって汚れていくのね。


「リック……大丈夫? 泣いてるけど」


「大丈夫……これが男の世界ってヤツなんだなって心が一杯で」


「ラクエル。リックはいま心で泣いてるの……」


 シェリル、お前はわかったようなフリをするな!


「でもね、私は知ってるよ。リックは私を守ろうとしたんだよね!」


「……うん。わかってくれてうれしい」


 まあ確かにラクエル討伐をしなくて良い方向に話は進んだし、言質も取った。

 そもそもそんなの兄ちゃんたちが許さないという印象も与えた。

 大勝利と言っても過言ではない。

 でもユーシス兄ちゃんが授業で言ってたな。

 大昔の兵学者が【大勝利は実質負け】って言ってたってな。

 調子にのってるし、勝利のせいで考え方に変な癖ついたから修正しないと次は大敗するよって。

 こういうときこそ慎重にならないとね。

 はい冷静。

 ヒース兄ちゃんが言ってた。

 人間は他人のためなら全力を出せるけど、自分の利益のためだと途端にポンコツになるって。

 一番目はラクエルを守ること。

 二番目は両親を守ること。

 三番目は兄ちゃんたち。

 四番目に領地の利益っと。

 自分の利益は最後っと。

 とりあえずこれで行こうっと。


「勇者様。人生三週くらいしてない?」


 シェリルが首をかしげる。

 してない!!!

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