第10話

 俺たちは屋敷の2階で馬車を見ていた。

 馬車はやたら大きく、そして装飾過多だった。

 無意味に何頭もの馬が引いている。

 そして軍団とも言えるほどの人数のやたら重武装の騎士が護衛していた。


「見せびらかして敵国を威圧するための馬車ですよ。愚かな……うちが国の任命した領主だということを知らないようですよ」


 ユーシス兄ちゃんは額を押さえていた。

 頭が痛くなったみたいだ。


「いいですかリック、あれが無能な文官を厚遇した国家の末路です。殿は温厚で器が大きいので気にしませんが、他の領主だったら激怒して中央に戦いを挑むことでしょう」


 なおその殿こと父さんだが、ラクエルの巣からウサギを一匹持ってきた。


「ココちゃん、パパとお散歩行きましょうね」


「は~い♪」


 かわいがりすぎている。

 ウサギの方も父さんにべったりだ。

 すでに膝の上の住民と化している。


「殿、教会の使者がいらっしゃいましたので、散歩はあとにしてください」


「ちッ! 何しに来やがった!!!」


 使者のことなんて本気でどうでもいいようだ。

 ウサギとのリラックスタイムを邪魔されてガチギレである。

 馬車が止まる。

 兵士が旗を振る。


「教会騎士団です。教会と言ってますが国の騎士ですよ」


 まぎらわしい!!!

 馬車の先頭にいた軽装備の男がうちの屋敷に近づいてくる。

 その男が持っていた角笛を吹く。


 ぶおおおおおおおおおお~ん。


「うるせえ!」


 本当にうるさい。

 バカじゃないの!?


「リック、あれは【出てこい】という意味です」


「やたら尊大な強盗かな?」


 せめて家に入る前は腰を低くしろやと。

 あきれていると屋敷の門を開いた。

 完全武装のカール兄ちゃんがヘルメットを脇に抱えて出てくる。

 脇にはカール兄ちゃんの部下たちが大きな、門と同じ大きさのうちの家紋と王国の旗を振っていた。

 めちゃくちゃ重そう!


「正式に王国の領主として任命された我が主人に、いくさの角笛を吹くとは不調法にもほどがありますな」


 サーッと男の顔が青ざめる。


「あ……え? 王国に任命? え、ここは豪族がいるだけの……え?」


「我らは税もルート男爵閣下経由で納めておりますが。それでありながらこの仕打ち。説明を求めます」


 うん、うち、完全に存在を忘れられてたわ。

 男は馬車へ全力疾走。

 審議が行われる。

 ラクエルがとことこ歩いてきた。


「なんで、あんなにめんどくさいことしてるの? はやく本題に入ればいいのに」


 まったくである。


「いいですかラクエル。上から下までバカだからです。マネしちゃいけませんよ」


 バカ認定入りましたー!


「様式美や儀礼は必要ですが、バカが運用するとああなります」


 今度は一目見て将校とわかる豪華な鎧を着用した騎士がやって来る。


「神殿騎士騎士長のポスタルである! 行き違いがあった模様。領主様にご面会を!」


 やたら目つきが悪く、しかもあごひげがさらにガラを悪くしている。

 でも悪人じゃなさそう。


「あいわかった。領主にお伝えする」


 カール兄ちゃんがそう言うと中に入ってくる。


「殿。出てこいと言ってます」


「しかたないなあ。行くか」


 殿、こと父さんは嫌々外に出る。

 アズラット兄ちゃんも護衛に加わる。

 ヒース兄ちゃんは俺たちの子守だ。

 なお母さんは、使者をいちおう歓待するための準備で走り回っている。

 父さんは王国軍の軍服で出て行く。

 いきなり攻撃されたときのために腰には剣を差している。


「王国騎士団がなんのご用でしょうか?」


 思いっきり下手に出る。


「そ、それが、勇者のことでしてな……」


「勇者のことだから事前に連絡もせず、蛮族を威圧するための馬車で来たと?」


「い、いや……」


 顔が真っ青になっている。

 文官のやらかした尻を拭くとか、ちょっとかわいそう。

 するとポスタルはいきなり頭を下げた。


「申し訳ありませぬ。まさかここが王国領土だったとはつゆ知らず。い、いや王国の記録にもございませんでした!」


「え?」


 記録にすらないレベルで忘れられてた?

 いくらなんでもそれは……。


「いいですかリック。あれは優秀です。認めるものは認めて素直に謝ってしまう。しかも本人の過失ではないうえに相手はかつては同じ軍属、文官のやらかしたことの尻を拭くのは日常茶飯事。同情してもらえるはずです」


「……同業者だからブチギレだったらどうするの?」


「文官の悪口で自分も被害者アピールをして煙に巻きます」


「……いま初めて大人になりたくないと思った」


「安心してください。15歳になれば自動的に大人になれます。拒否権はありません」


 地獄すぎる!!!

 父さんも一瞬嫌そうな顔をした。


「あいわかった。謝罪を受けよう」


「その……ルート男爵に関しては調査いたします」


 ルート男爵。

 自分の預かり知らないところで人生最大のピンチが訪れてる模様。


「それで……要件でございますが……勇者がこの地に現われたと神具によりお告げがありました」


「なるほど。では屋敷の中で続きを致しましょう」


 馬車がうちの前まで来る。

 中から出てきたのは、痩せたお婆さんと俺と同じくらいの年の少女だった。

 それを見てるとなぜかラクエルがチョップしてくる。


「ちょ、痛ッ! なに!? なぜに!?」


「なんかむかついたの!!!」


 お婆さんが屋敷に入る。

 俺たちは呼ばれるまで待機。

 だけどやりとりは聞こえてきた。


「今代の聖女様です」


 お婆さんの方は聖女っていうには干からびている。

 かといって少女の方だと小さすぎる。


「勇者は上におられますね。それと竜の気配」


 お婆さんがはっきり言った。

 それを聞いた瞬間、驚きすぎて声を失った。

 なぜわかる?

 怖いのですが!!!


「当てずっぽうかもしれませんが……いやわかると考えた方が自然ですね」


「聖職者のいない場所で暮らさないといけない人生は嫌なんだけど!」


「高位聖職者でもなければわかりません。だいたいヒースがわからないなら大丈夫です」


「なんでそこでヒース兄ちゃんが出てくるのよ?」


「あいつ元聖職者です」


「ちょ、マ?」


「本当ですよ。彼がシーフになった理由は自分のいた修道院の孤児を養うためですよ」


 そういやヒース兄ちゃんは酒クズだけど、わりと質素な生活をしている。

 送金もよくしてたな……。

 聖人じゃないか!

 ちょっとだけ師匠を見直した!

 シーフ凄い!

 シーフ偉い!

 なんてほっこりしてたら階段を上がる音がしてくる。

 廊下に出ると音の主と目が合った。

 あの女の子だ。


「勇者いた」


 なぜわかる……。

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