第9話

 ラクエルを倒して勇者の剣を手に入れた。

 ただし俺はラクエルを倒してない。

 倒したのは本の山だけだし、犯人はラクエルだ。

 みんなで審議中。


「どうするよ。これ」


 アズラット兄ちゃんは動揺しまくっている。

 俺ももはやわからん。


「捨てるか?」


 カール兄ちゃんに同意。


「失われた技術で作られたオリハルコン製だ。捨てるには惜しい」


 持ったら金色に光る剣。

 これ今じゃ作れないのか……。


「くっ、確かに。オリハルコン自体は鉱脈が見つかったが、加工ができないからな。人類の発展のためにも必要か……」


 アズラット兄ちゃん。

 そこまで大げさな話じゃないと思うんだ。

 たかが剣だろ。


「ところでリックが勇者ってのはどうするよ? なあ殿」


 ヒース兄ちゃんが一番俺を心配してくれてるような気がする。

 殿ってのは父さんだ。

 今まで黙っていたがようやく口を開いた。


「なるべくリックの不利益にならんようにしたい」


「不利益って……そもそも勇者って、魔王なんてもう死んでるでしょ? 意味ないんじゃない?」


「ああ、戦争も終わってるし。北部では出稼ぎの魔族も珍しくないしな」


 魔王っていうのは、百年くらい前にうちの北にある帝国のさらに北部に勝手に国を建てたファンキーなおっさんである。

 最強の戦士で、伝説の魔法使いで、革命家で、政治家で、思想家だ。

 魔王軍っていうめちゃくちゃ強い軍団を率いて亜人種の楽園を作ろうとしたらしい。

 最盛期は帝国の7割を支配したとのことである。

 国の体をなさなくなった帝国は各国に援助を要請。

 鎮圧された……と言いたい所だが、実際は戦力は拮抗。

 魔王軍が滅んだ真の理由は、魔王が病死したことによる内部闘争が原因だ。

 このおっさんのおかげで差別されまくってた亜人種は世界各地で抵抗運動を展開。

 今では公的に差別しているのは帝国くらいじゃないかなという状態になっている。

 百年前は悪の権化みたいに言われてたけど、今では再評価されてる人物だ。

 今ではむしろ帝国が悪の権化扱いである。

 ユーシス兄ちゃんに言わせれば「魔王軍なんかに負けるからこうなる」とのことである。

 なお魔王には毒殺説や暗殺説があるが、歴史家は「どうやって? 誰にも殺せなかったのに」と一蹴してる。


「だがそれでも勇者は魔王との戦で勝利を収めた。教会あたりの称号としては意味はあるぞ」


「このままじゃ政治的に使い倒されるだろうな。隠蔽するしかあるまい」


 父さんが冷静に言った。

 それは嫌である。


「でも王様に報告されるって言ってたよ」


「用意周到だな!!! 嫌がらせかよ!!!」


 そもそも王国は、あんまり魔王の被害はない。

 大騒ぎする必要はない。

 聖剣を置く意味なんてないんじゃないかな。

 とりあえず聖剣はゲットした。

 これでダンジョンからモンスターがあふれ出す心配はない。

 でも……このダンジョン。


「モンスターいなかったよね? あふれる恐れもなかったんじゃ?」


 ゴーレムのウサギがいただけだし。。


「勇者が聖剣に触れなければ、自動で戦闘型ゴーレムが全力生産されてたぴょん」


「悪質すぎるだろ!」


 どうやら俺は領地を救ってしまったらしい。

 ヤレヤレだぜ。

 さて、ここからが問題だった。


「と、扉が本に引っかかって開かないぴょん」


「……うそだろ」


 数時間をかけ片付けをする羽目になったのである。

 そして外に出る。

 すっかり暗くなっていた。

 野営か……。

 虫が出ないことを祈らねば。


「外は暗いからここに泊まっていくぴょん」


 ウサギは父さんに抱っこされていた。

 抱っこしたいから黙ってたのね。

 まずは食堂で食事。

 ウサギは暖かい煮込み料理を持ってきてくれた。


「ウサギの肉じゃないぴょん」


「悪趣味なブラックジョークはやめろ」


 口悪いなこいつら。

 食事が終わったら客間で一泊。

 俺はバックヤードにあるラクエルの寝室で一泊する。

 ラクエルの部屋は、一言で言うとかわいい部屋だった。

 そこらじゅうにヌイグルミがあって、部屋の隅に大きなカゴがあった。

 その中にいちごの模様のクッションが置かれている。

 寝床のようだ。

 俺はラクエルのカゴの横に野営用のマントを敷く。

 羊の皮のマントだ

 ラクエルはドラゴンの姿でカゴの中に収まっていたが、俺のところに来て背中をくっつける。


「リック。勇者になったね」


「なにもやってないけどな」


 なにかの動作不良だろう。

 魔道具ではたまにある。

 それで勇者に担ぎ上げられても困る。

 俺はまだ何もしてないのだ。


「パパたちの会話聞く?」


「なにか言ってるの?」


「じゃあ流すね」


 ラクエルが手を叩くと声が聞こえてくる。


「殿! もう隠せないぞ!」


 カール兄ちゃんだ。


「いやでもうちの子が勇者なんて……」


「前々から兆候あっただろ!? リックは優秀すぎるんだ」


 そこまで優秀ではない。

 大げさである。


「だが……中央に関わるのは……」


「ああ、だろうな。今まで逃げてきたからな」


「カール、そこまでにしとけ。俺たちだって中央や祖国から追い出された口だろ」


「アズラット……それはそうなのだが……ヒースお前はどうする?」


「俺はリックを守るよ。王国中逃げ回ってもいいしな」


 もういいな。


「ラクエルもういいや。不毛だし」


 なるようにしかならん。

 それに俺に決定権はないのだ。

 だとしたら考えるだけ無駄だ。


「ラクエルはどうしたい?」


「リックと一緒ならなんでもいい!」


 もう答えは出ていた。

 俺もラクエルと一緒なら、できれば家族と一緒なら。

 なんでもいいや。

 こうして俺たちは眠りにつくのだった。

 次の日、俺たちは元気。

 おっさんたちは目にクマを作っていた。

 寝ればいいのに。

 たぶん一晩中激論を交わしてたな。

 そして無言のまま帰宅するのだった。

 なお帰り道でもゴブリンやオークは殲滅された。

 そういやゴブリンもオークも亜人じゃないのな。


「話が通じないからしょうがないの!」


 だってさ。

 オークやゴブリンは大型の魔獣扱いなんだって。

 たしかに話が通じなきゃ人類扱いもできないか。

 そんなことを考えながら家に着く。

 そこからはしばらくは普通の日々が続いた。

 勉強をして稽古してラクエルと遊ぶ。

 もうなにも起こらないよね。

 って思ったある日のことだった。

 馬車がやって来たのだ。

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